25 / 31

【二十五】大切 *魔王

 魔王は、執務室で指を組んで、肘を机についた。その上に顎を載せる。  ――ジークが可愛くてたまらない。  今、城の中にいると考えるだけで、幸せな気分になる。  見ているだけで抱きしめたくなるし、キスをしたくてたまらなくなる。 「でもな……焦るのではなく、ゆっくりでいいから、ジークには俺を好きになってほしいものだな」  ロイはそう呟いて、苦笑した。  まだロイも、ジークの気持ちを確信できないでいる。  ジークの事が大切でたまらなくて、つい押し倒してしまいそうになる己を、ロイは必死で制している。大切すぎるから、絶対に傷つけたくないという想いが強い。 「どうしてこんなに好きになってしまったのだろうな」  考えてみるが、分からない。じわりじわり好きになった。そしてそんな自分が、ロイは嫌いではない。ジークを好きになれたことが嬉しい。  それからロイは、書類を一瞥した。  秘宝についての調査の結果の続報だ。古文書によると、秘宝の在り処は、既に分かっていた海底遺跡と天空の塔の他に、二か所――竜の巣とミミルネ山脈と判明した。 「全てをそろえれば、古代の遺物を停止させられる。そうすれば、もう勇者は生じない」  ロイは、魔王城に一つだけ伝わっていた宝玉を、引き出しから取り出した。虹色に輝くガラス玉に見える。 「しかし、山脈のどこにあるのかは不明だし、竜の巣に至っては、大陸中にいくつかあるから特定に時間がかかるな」  難しい顔をしたロイは、暫く宝玉を見つめていた後、それをしまった。  それから窓を見る。本日は、三日月だ。巨大な白い月が、窓の外によく見える。  三日月の夜は、魔族や魔王としての力が弱まる。  ただ、利点もある。  元来魔王に限らず魔族と人間は、魔族の魔力が強すぎるため、子供を作る事が出来ない。だが、三日月の夜に限っては、魔力が低下し、人間に近づくため、人間との間に半魔をもうける事が出来る。 「いつか、ジークとの間に子供が出来たならば、きっとかわいいのだろうな」  そんな幸せな空想をしたロイは、静かに目を伏せた。 「俺が魔王だと知っても、ジークは受け入れてくれた。まずは、それでいい。一歩ずつ、この気持ちをジークに知ってもらえたならば、俺は幸福だ」  そう口にしてから、目を開けて、ロイは立ち上がった。  執務室から出て、ジークが滞在している客間へと向かう。既に深夜であるから、音をたてないように扉を開けた。するとジークが、ベッドで寝入っていた。微笑して歩み寄り、ロイは、すやすやと眠っているジークの髪を撫でる。ジークの茶色い髪は、一本一本が細い。ロイは、この触り心地をとても気に入っている。  それからロイは、屈んでジークの頬に口づけてから、近くの椅子を引いた。  座して紅茶をスキルで淹れてから、静かにカップを傾ける。  ジークの寝顔は、いくらでも見ていられる。ジークが安心して眠れる場所を、ずっと提供していきたい。そのためにも――人間の国との諍いは起こしたくない。勇者という存在も、二度と現れないような世界にしたい。  ただ、ジークが神託を受けなかったのならば、この出会いは無かったといえるから、その点は、ロイも感謝せずにはいられない。ジークと出会えた事は、本当に奇跡のような幸せの到来だった。  そのまま朝まで、ロイはジークの寝顔を見ていた。  日の光がカーテンの向こうから差し込んでくる頃になって、ジークの瞼がピクリと動いた。ジークはゆっくりと起き上がり、眠そうな瞳をロイへと向ける。 「おはよう、ジーク」 「あ……おはよう、ロイ」  嬉しそうな笑顔を浮かべたジークを見て、ロイの胸が温かくなる。自分を見てジークが微笑んでくれる事が、とても嬉しい。 「朝食にしよう」  ロイはそう告げ、テーブルの上に料理を用意した。そしてジークとともに、椅子へと移動する。本日の朝食は、白身魚のムニエルだ。切り分けて食べながら、二人で談笑する。ジークといると、会話が途切れない。話したい事がいくつでも生まれてくる。かといって、沈黙が訪れても、気まずいとは感じない。ジークの空気感が、ロイはたまらなく好きだ。 「ジーク、何か不便はないか?」 「ない。俺は十分よくしてもらってる」 「そうか?」 「ああ。それに――毎日ロイの顔が見られるから、それだけで俺は嬉しいんだ」  微苦笑しているジークを見て、ロイは胸を射抜かれたような心地になった。ジークは、心を揺さぶるような可愛い台詞を口にしてくる。きっと無自覚なのだろうが、あんまりにも可愛くて、都度都度ロイは、ジークを抱きしめたくなってしまう。だが今は食事中なのだからと、そんな内心に蓋をした。 「俺も同じ気持ちだ。ジークがそばにいてくれると、俺は幸せになれる」 「ロイ……俺でよければ、ずっとそばにいさせてくれ」 「ジークがいいんだ。俺は、ジークがいなければ、幸せにはなれない」  本心から、ロイはそう考えている。  ロイの言葉に、ジークが目を真ん丸にしてから、赤面して、顔を背けた。  耳まで真っ赤になっている愛しい相手の姿に、ロイは幸せな気持ちになる。  照れて初々しい反応を見せるジークが、本当に大切でならない。  こうして朝食のひと時は流れていった。

ともだちにシェアしよう!