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【二十四】努力したい

 目が覚めた俺は、飛び起きて、大きく息を吐いた。  それから視線を彷徨わせると、椅子に座っていたロイが顔を上げた。手には書類を持っている。その姿を見たら、体から力が抜けた。 「ついていてくれたんだな。ありがとう」  俺がそう伝えると、テーブルに書類を置き、微笑したロイが立ち上がって歩み寄ってきた。ロイは俺の頬に触れ、優しい目をした。俺は惹きつけられるように、その紫色の瞳を見る。 「いいんだ。俺もついていたかったんだからな。そろそろ食事にしよう」  ロイは、優しい。  俺は頷き、ベッドから降りた。そしてロイと共に、テーブルへと向かう。  そこでロイは指を鳴らして、食事を用意してくれた。本当に不思議な魔術だ。料理が出てくる魔術なんて、聞いたことがない。スキルには、【料理召喚】というものがあるが、ロイのスキルは、【孤独耐性】のはずだ。  俺は椅子に座り、ハンバーグを見た。チーズがのっていて、溶けている。  それから、隣に座ったロイを一瞥した。ロイがいてくれるだけで、本当に安心する。俺は、ロイの事が心底好きらしい。  ハロルド達の事を思い出す。鬱屈とした気持ちになりかけたが、ふと思った。どうせ誰かに暴かれるのならば、俺は――ロイと結ばれたい。と、考えて、俺は自分の思考を振り払うべく、首を振った。何を考えているんだ、俺は! 初めてはロイがいいだなんて、俺はどうかしている。  そもそもロイは、こんなに優しくて、格好良いのだから、きっと相当モテるだろう。俺では外見的にも、中身も、釣り合わないように思う。けれど俺は、ロイが好きだ。だから、ロイにも、俺の事を好きになってもらえるように、頑張りたい。心からそう願った俺は、努力しようと決意した。 「味はどうだ?」 「美味しい」  ハンバーグを切り分けて、俺は口に運ぶ。ロイは隣で書類を眺めている。  仕事が忙しそうだが、それでもそばにいてくれるのが、とても嬉しい。 「ジーク」  食後、ロイが俺の名前を呼んだ。そちらを見ると、ロイが両手ではさむように俺の頬に触れる。そしてロイは、額を俺の額に押し付けた。目が合う。 「この後は、仕事で、少し部屋を出る。ジークはここにいてくれ」 「分かった」  俺が頷くと、ロイがきれいに笑った。それから立ち上がり、部屋を出ていった。  一人になった俺は、室内を見渡す。どの調度品も、高級感に溢れている。 「……ここって、何処にあるんだろうな?」  漠然とそんな事を考えてから、俺はもう少し眠る事に決めた。  ――翌朝。  俺は日の光を感じて、目を覚ました。熟睡した俺は、上半身を起こしてあくびをした。 「……これから、どうしようかな」  俺は思案しながら、腕を組む。  ロイのそばにいたい。そしてロイの家はここらしい。 「この家がある土地の冒険者ギルドを拠点にしようか。それ、いいな。いつでもロイに会えるかもしれない」  俺は自分の考えに満足し、両頬を持ち上げて笑いながら、一人頷く。  それから少しして、ロイが顔を出した。 「おはよう、ジーク。朝食にするか」 「ああ、ありがとうな」  優し気な瞳のロイに、俺は微笑を返した。それから、朝食の前に座って、俺はコーンクリームスープを銀色のスプーンで掬いながら、ロイを見た。 「あのな、ロイ」 「なんだ?」 「俺、この土地の冒険者ギルドに行きたいと思ってるんだ。ずっと泊めてもらうのも悪いしな」 「――ずっとここにてくれて構わないぞ?」 「いや、それは申し訳ないから」  俺が苦笑すると、ロイが不意に透き通るような瞳をした。真剣な顔で俺を見つめている。 「……この土地には、冒険者ギルドは存在しないんだ」 「え? 大陸全土にあるはずなのに?」 「唯一存在しない国、それがここだ」  その言葉に、俺は首を傾げた。 「何処なんだ?」  果たして、そんな国はあるのだろうか? 聞いたことがない。  するとロイが、じっと俺を見た。眼光に射すくめられそうになる。 「俺はお前に対して誠実でいたいから、きちんと話したい」 「?」 「ここは、魔王国だ」 「!」  その言葉に、俺は目を見開いた。確かに魔族は冒険者にはなれないから、魔王国には冒険者ギルドは存在しないという知識は、俺にもある。 「ジーク。俺は、人間ではないんだ」 「魔族ってことか……?」 「ここは、魔王城だ。そして、魔王の名前はなんだった?」 「魔王の名前はロイ……え? ロイが……魔王?」 「ああ、そうだ」 「っ」  唖然として、俺は目を瞠った。目の前のロイが、魔王? 何度も瞬きをして、俺は現実である事を確認してしまった。 「俺を倒すか?」 「そんな、そんなはずがないだろ! 倒さない!」  反射的に俺が答えると、ロイが不意に柔和な顔に戻った。緊張感が途切れ、俺は柔らかくなった空気に飲まれた。 「そうか。これからも、今まで通りに、俺と話をしてくれるか?」 「勿論だ!」 「ありがとう、ジーク」  そう述べたロイの表情は、とても穏やかで優しかった。 「では、少し仕事に戻る。ゆっくりしていてくれ」 「ああ。分かった」  こうして俺はロイを見送った。一人になった室内で、俺は腕を組む。  ロイが魔王、か。そしてここは魔王国。人間の国ではない。そこにいる俺は、果たして、何ができるのだろう。ロイは、決して悪しき存在ではない。しかし人間の各国に誤解されている。俺は、その誤解を解きたいけれど、一体何が出来るのだろうか。 「好きな人が、誤解されているのは辛い」  無意識に呟いた俺は、やっぱり『好き』なのだと、自分の気持ちを再確認した。  本当に、ロイの事が好きだ。大好きだ。だからこそ、ロイのために、何かしたい。  日中、俺はそうして、ずっと己に出来ることについて考えていた。  しかし何も見つからないままで、夜訪れたロイと顔を合わせた。ロイの顔を見ただけで、俺の胸はトクンと疼いて、ときめいてしまう。今、部屋に二人きりという状況も、心臓に悪い。ドキドキして、心臓が煩い。 「ジーク」  ロイが甘い声で俺の名前を呼び、両腕で俺を抱き寄せた。  俺は鼓動の音が聞こえてしまったらどうしようと怖くなる。  ――俺は、ロイに告白してしまいたい。好きすぎて、辛いからだ。  けれど、もう少し、俺は努力をするべきだと思う。ロイに、好きになってもらうための努力だ。そして欠片でもよいから、脈を感じてから、告白する方がいいと思う。ロイは、優しいけれど、別に俺を好きなわけではないように思う。何せ俺を前にしても、いつも余裕そうに微笑しているのだから。俺なんて、動揺しっぱなしで、真っ赤になってばかりなのだから。そう、片思いだ。今はまだ、俺の。

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