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今日はユートにとって成吾に拾われてから初めての外出だった。
一ヶ月前、路頭に迷っていたユートはエリート外科医の成吾のペットになった。支配する側とされる側。成吾が説明してくれたダイナミクスというものを、ユートはまだよく分かっていない。しかし、ひと目で恋に落ちた成吾に愛されたい一心で、彼の望みである「支配」を受け入れた。
支配といっても、『お手』と言われれば手を出し、『お風呂だよ』と言われれば服を脱いで成吾についていく簡単な仕事がほとんどだ。たったそれだけで成吾はたくさん褒めてくれて、ユートの心を満たしてくれる。命令だといってひどいことは何もされない。
ただし成吾は大学病院の外科医として激務をこなすかたわら研究にも力を入れていて、留守にする時間がとても長い。外に出てはいけないユートはひとり、人の気配のない部屋の窓から外を見下ろしながら、ときには何日も帰ってこない成吾を待ちわびることになった。
──寂しい思いをさせてごめん。でも、ユートがちゃんとお利口さんでいたら、必ずご褒美をあげるから、待ってて。
帰ってきてもすぐに出かけて行く成吾を見送りながら、夢見ていた約束の日。今日それがやっと叶った。
ユートにとって久しぶりの外。降り注ぐ夏の日差しは眩しくて、街中で鳴いているセミは記憶よりずっと大声だった。なぜかとても緊張してしまって、車を降りた後はずっと成吾の腕にくっついていたら「ずいぶん大きなセミだな」と笑われた。
まずはスタイリストと会ってぼさぼさだった髪や、いじったことのない眉を整えてもらって、シンプルな部屋着からよそ行きの服に着替えた。容姿に全く信のないユートだが多少は見栄えが良くなったと自分でも分かった。成吾も喜んでくれて、あれもこれもとスタイリストに薦められるままに沢山服を買ってくれたので、いま成吾の愛車のポルシェのトランクと後部座席は、ユートの新しい服が入った紙袋が山積みになっている。
それから猫と遊べるカフェでお茶をしたり、海辺の公園で観覧車に乗ってその中で何度もキスをしたり。ユートの望みを成吾はなんでも叶えてくれて、あっという間に時間が過ぎた。
あまりに楽しくて夕日が沈んで暗くなっていく海を見ていたら、帰りたくなくてユートはわんわん泣いてしまった。
「気が早いな。俺としては今日のデート、これからが本番のつもりなんだけど」
成吾が苦笑しながらよしよしとユートの頭を撫でてくれる。仕事のある日はしっかりとセットしている前髪を今日はサラリとおろしていて、それもとてもかっこいい。
「じゃあ……まだ帰らなくて良いんですか……? もう少し一緒にいられる?」
恐る恐る聞いてみると、優しく抱き寄せられた。
「ディナーがまだだろ。それに、ユートを紹介したい人がいるんだよ」
「僕を??」
成吾がうなずく。ディナーは、味にうるさいのに外食は面倒だと嫌う成吾が唯一通うレストランで。そして紹介したい人というのは、そのオーナー兼ソムリエのルイ。世界のあちこちでレストラン経営を手掛ける実業家で、成吾の幼馴染であり親友だという。
「言っとくけど、言いつけはちゃんと守れよ」
浮かれていたところに成吾から念を押されて、あわててうなずいた。
成吾のペットであるユートは成吾以外の人とは目を合わせず口も利いてはいけない。だから今日のデートでは誰かに話しかけられても目を伏せて無視した。胸が痛むのは気にしないふりをするしかない。
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