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第1話
(急がば回れって、本当なんだなぁ)
と、木崎千聖(きさきちせ)は思った。それと同時に、少しだけ羨ましいなとも思う。
あまり人通りの多くない別館の校舎裏は告白をするにはうってつけで、今まさに誰かが胸に秘めた想いの丈を披露しているらしい。
(……間に合うかな)
校舎の壁を背に吐いた大きなため息が、春の麗らかな陽気の中に混じって消えていく。
この時期はどうしたってこういう現場に遭遇しやすい。卒業式に告げられなかった想いが、春のあたたかさに包まれてもう一度と芽吹くのだろう。
いつもなら静かにその場をあとにするのだけれど、今日ばかりはそうもいかない。
千聖の目的地である部室棟へは、ここを通らなければたどり着けないからだ。
面倒くさがらずにいつもの道を通ってくれば良かった。
そうすれば、こうしてあと少しのところで足止めを食らうことも、他人の告白を聞いてしまって気まずい思いをすることもなかっただろう。
そもそも、今日が日直でなかったら、日誌を届けたついでに担任に頼まれごとをしなかったら、部活に遅刻しそうになることもなくて、こうして近道をしてしまおうなんてずるい考えも持たなかったに違いない。
そうたらればを並べて立てて、いくら原因を追求したところで、この状況が変わらないのは承知のうえだったけれど、そうでもしていないと、遅刻してしまいそうな焦りで空気を読まずにこの場を飛び出してしまいそうだった。
千聖が何度も行ったり来たりするせいで、舞い上がった土埃が朝磨いたばかりのローファーの輝きをくすませる。それを手のひらで払おうと屈んだところで、ようやく二人の間に結果が出たらしい。
「悪い、俺好きなやついるんだ」
ぎく、と体が強ばる。耳から流れ込んだ声が脳の回路を伝い勢いよく処理されて、千聖にその声の主を教えてくれる。
「……え? 翔護……?」
壁越しに確認する勇気はなかった。
でも、姿を見なくたって千聖にはそれが誰かすぐにわかる。
だってそれは、千聖が長年片想いを燻らせている相手ーー内藤翔護(ないとうしょうご)のものだったのだから。
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