27 / 70

第27話

 ドク、ドク、心臓が忙しなく動き始める。 (え、他には誰もいないけど……ここで捨てる……?)  翔護の他に、そこには誰もいなかった。  ただ風にさらわれた緑がさわさわと音を立てているだけで、弁当を代わりに食べてくれるような人の姿も見えない。  ぎゅっと握った拳の中に汗が滲む。  誰もいないのだったら、もう答えは一つしかない。  ――捨てられる。  翔護は器用だ。だから、食べていないのにそれっぽい感想を言ってくれる。  優しくて、それでいて、ひどく残酷。  翔護の指がゆっくりと包みを開き、弁当箱の蓋を開ける。 (……捨てるなら、いらないって言って欲しかったな)  そうしたら、食材を無駄にすることもないし、諦める準備だって少しずつしていける。  無残に捨てられる現実を見ていられなくて、千聖が目を逸らしたとき、 「いただきます」  はっきりと耳に届いた。  壁越しに顔を確認しなくたってわかる。もう千聖の細胞にまで刻まれた声。翔護の声。  そこに翔護ひとりしかいないのはわかっていたけれど、自分の目で見なければどうしても信じられなくて、千聖は勢いよく校舎裏へ視線を戻した。滲んだ涙の粒が、風に乗って地面にやさしく染みを作る。  きちんと手を合わせ『いただきます』と呟いた翔護が、弁当に箸をつけている。 (捨てて、なかった)  ちゃんと食べてくれていた。 「うまっ」  誰もいないと思っているのだろう。おかずを勢いよく口に頬張った翔護がそんなことを呟くので、千聖は飛び出して、抱きついて、そのまま大好きって口走ってしまいそうだった。 (はぁ~……)  瞳が潤む。 「よかっ……た」  安堵と喜びで、唇が震える。  両手で口を覆い静かに息を吐き出してから、千聖は名残惜しさに後ろ髪を引かれながらもゆっくりとその場を離れ教室へと向かった。長居をして、覗き見ていたことを知られるわけにはいかない。  その日の夜、受け取った弁当箱はやっぱりいつものように軽かった。 「……なにニヤニヤしてんだよ」 「ふふっ、なんでもない」  喜びで、心が弾む。  手のひらの中の小さな箱の重みを、千聖はずっと忘れられないだろうと思った。

ともだちにシェアしよう!