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第26話
「むかーし、俺がもうちょっと薄い方が食べやすいって言ったの覚えてたろ? 今日のおばさんが作るのより小さくて食いやすかった」
「……っ」
きゅっと胸の奥が疼く。
なんで、そんな風に言うんだろう。気付いてしまうんだろう。
翔護はずるい。そうやって、また千聖を好きにさせる。
そんなことを言って、喜ばせて、自分は千聖のことを避けて距離を置くくせに、千聖を翔護から離してはくれないのだ。
「あとは、ゆで卵はもう少し半熟で二つ入ってると嬉しいかな」
「明日は、もう少し半熟にする!」
綺麗な半熟にするにはゆで時間が難しいのだけれど、翔護がそういうのなら卵を何個使ってでも一番美味しい半熟卵をマスターしてみせると思った。
「ははっ、すげぇ気合い。期待してる」
――っていうから。そう嬉しそうに笑ったから……!
ゆで卵は一番良いゆで時間を調べて、きっちりタイマーで測って、最高の半熟状態にしたものの半分を二つ、まるごと一個を入れたのに。翔護の昼食は、次の日もその次の日も購買部で買ったものだった。
でも、帰ってくると不思議と弁当箱の中は空になっていて、味をきけばきちんと食べたような見事な食レポが返ってくる。
あやしい。とてもあやしい。
誰かに食べさせている?
代わりに食べてもらって、それで味の感想もその人に言わせているとか……。
(あやしい)
だから、千聖は翔護を尾行することにした。あれこれ頭で考えていても、答えは全部千聖の想像でしかない。自分の目で見るのが、一番はっきりする。
昼食時に食べないことを考えると、自ずとその前後の時間が疑わしくなってくる。
でも、休み時間に何かを口にしている様子はなかったし、かといって、放課後はすぐに部活が始まってしまうから食事を摂るようなまとまった時間はない。おにぎりやパンならまだ可能性はあるけれど、千聖が渡しているのは弁当だ。あの量を食べ切るには無理がある。
「……ふむ」
探偵よろしくノートの端にメモを書き込んで、状況を整理する。
とすると――残る可能性、一番あやしいのは、朝練が終わり一時間目の授業が始まるまで。そこならば、四十分程度の時間がある。
朝練後、いつもならうっかり鉢合わせをして気まずくならないように、時間をずらして教室へ向かうのだけれど、今日は翔護のすぐあとを追うように部室を出た。
部室棟を出て教室のある本館へ向かうには、渡り廊下を渡り、右に曲がらなければならない。
部室棟を出た翔護は、渡り廊下の真ん中あたりで左へ曲がった。
左へ行くと文化部の使う別館があるが、文化部は朝練がないのでこの時間に使うものはほとんど……というか、まったくと言っていいほどいなかった。
(なんでそっち……?)
ますます、あやしさが募っていく。千聖のあやしさ検知レーダーは、さっきからびんびんに反応しまくりだ。
こっそりと後をつけ、校舎の陰から様子を窺う。
別館の校舎裏へ迷いなく進んだ翔護は、きょろきょろと辺りを窺い、誰もいないことを確かめてから段差に腰を下ろした。
そして、スポーツバッグの中から何やら大事そうに包みを取り出して膝の上に乗せる。
(――あ!)
お弁当!
翔護の膝の上に恭しく乗せられたのは、千聖の渡した弁当だった。今朝も「食べてもらえますように」と願いというよりも念に近い想いを込めて包んだそれを、見間違えるはずがない。
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