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第25話

 部活を終え家に帰ると翔護はすでに帰宅しているようで、玄関には靴があったけれど姿は見えない。きっと、二階の自室にいるのだろう。姿が見えないときは、大体そうだ。  ダイニングテーブルには、今朝渡した弁当箱がさみしくぽつんと置かれていた。  中身がまるごと残ったままだと知ってはいても、その存在を目の当たりにすると改めてがっかりしてしまう。  保冷剤を一緒に包んでいたとはいえ、丸一日経った手作りの弁当を食べるのは少し怖かったけれど、自分のがんばった証をこのまま捨ててしまうのは悲しい。  翔護が残したものを目の前で食べるのは当てつけのようで性格が悪いなと思ったが、今日の千聖の夕飯はこれにしようと弁当箱を持ち上げる。 「あれ?」  思ったよりも、軽い。  今日の昼、翔護がこの弁当を食べていないことは、自分の目で見て知っている。  なのに、なんでこんなに軽いのだろう。  どく、心臓が跳ねる。  またそんな勝手な期待をして。  傷つくことがわかりきっているのに、鼓動が逸ってしまう。  とくん、とくん、昂ぶりに急かされるまま包みを開き、弁当箱の蓋を開けると、中身はからっぽで米粒一つ残さず綺麗になっていた。 「え……?」  驚きに目を瞠る。  まさか。  だって。  どうして――……?  千聖が驚き、動けないでいると、二階から下りてきた翔護がダイニングへ顔を覗かせた。  弁当箱を手に固まっている千聖を見て、気恥ずかしそうに首の後ろを掻く。 「あー……おかえり、弁当うまか」 「食べたの⁉」  翔護の言葉を皆まで聞かず詰め寄ると、千聖の勢いに面食らった彼は、少し不貞腐れたように唇を尖らせた。 (え、か、かわ……)  普段見せないような表情に不意を突かれてどきりとする。 「え、食べたけど……なんだよ、いけなかった? つか、食べろって持たせたの木崎じゃん」  それは、 「そ、うなんだけど……」  てっきり、カツサンドに負けて食べてもらえなかったと思っていたから、拍子抜けしてしまった。  へなへなと崩れ落ちそうになる体に力を込め踏ん張って、握りしめたままの弁当箱を見る。何度見ても中身は空っぽで、綺麗に完食されていた。  でも、本当に食べたとは限らない。 (証拠隠滅のために捨てたのかも)  なんて、いやらしいことを考えてしまう。 「どれが美味しかった?」  ずるい聞き方だと自分でも思う。まるで、意地悪な姑のようだ。 「どれって、答えづらい聞き方すんね」 (ほら、ほらほら!)  苦笑する翔護に、やっぱりと思う。 「どれもうまかったけど」  食べていないから、そうやってどれも美味しかっただなんて無難な答えで誤魔化そうとするのだ。 「やっぱからあげかな。あれ、お前が作っただろ?」 「へ?」  意地悪ついでに中身を全部言ってもらおうかなんて考えていると、翔護から思いがけない返事が返ってきて戸惑う。  怖い顔をして詰め寄っていた千聖の顔からは鳩が豆鉄砲をくらったように角が落ちて、翔護はそのあまりの変わりようにぷっと吹き出した。 「そ、そうだけど……なんでわかるの?」  レシピは母に教えてもらったとおりだ。味なら母のものと同じはずで、そもそも千聖の料理を食べたことのない翔護に、それを千聖が作ったかどうかなんてわかるはずもないのに。

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