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エピローグ

 国語科の教員を舜が目指していると知ったとき、鳴海は度肝を抜かれたものだった。 「鳴海はカウンセラーになるんだろ」 「選択肢の一つにはしてるけど、まだはっきり決めてない」 「同じ学校で、お前はスクールカウンセラー、俺は教師。おやつを持ってサボリにいく」 「……本当に先生になる気あるのか?」  気がつけば夜になっていた。  乾いた静寂には空調の振動音が僅かに響いている。他の宿泊客の微々たる気配、街を駆け巡るサイレン、些細なノイズも鼓膜にじわりと伝わってきた。 「同級生と卒業旅行には行かないのか」  ベッドに片肘を突かせて悠々と横たわる舜の問いに「行かない」と、鳴海は即答した。 「二人で遠出して一泊するか?」  バスローブを身に纏った鳴海は振り向く。こちらを眺めていた彼をまじまじと見、また正面を向いた。 「部屋食で露天風呂付き。源泉かけ流し。二泊してもいいかもな」 「贅沢だ」 「卒業祝いだ、俺が出す。最も適したバイト代の使い道だろ」 「ううん。お年玉もずっと貯金してるし、舜との旅行になら使ってもいい」  舜と一緒に二度目のシャワーを浴びた。湯船にも浸かって温もっていた肌が、ちょっとした昂揚感に新たな熱を帯びていく。 「修学旅行はいつも不参加だったし、家族以外と旅行に行ける日が来るなんて……ッ、びっくりした、舜……?」  ベッドで寝そべっていたはずの舜に、出し抜けに背後から抱きしめられる。相変わらずボクサーパンツしか着用していない恋人にどぎまぎしつつ、鳴海は苦笑した。 「寒くないのか?」 「平気だ、お前が温いから丁度いい」  窓辺に立つ鳴海はカーテンの隙間から外を覗いていた。  午後九時を過ぎても、まだ覚醒している街明かり。色とりどりの光で飾りつけされ、どこまでもキラキラと瞬いていた。 「特別な人と酔い痴れるスペシャルな夜景。陳腐なキャッチコピーだと思ったが、鳴海が一緒だと確かにスペシャルに見える」  遥か上空では分厚い雲の切れ間に小さな月が浮かんでいた。 「舜はずっと消えなかった火種を吹き消してくれた」  鳴海がコツコツと貯めてきたであろう貯金を使わせないためには、どうしたらいいか、旅先はどこにするか、思い巡らしていた舜は首を傾げる。 「火種? そんな物騒なもの、即消すに決まってるが……」  鳴海は首を傾げたままでいる舜を肩越しに見、くすぐったそうに笑う。 「髪の色はもう違うけど」 「鳴海、一体何の話をしてる?」 「ナイショだ」  かつて縋った月は雲に隠された。深まりゆく夜の片隅で、誰よりも恋しい、冴え冴えと耀くアルファに鳴海は背伸びしてキスをする。  心臓が一つになりそうな抱擁に惜しみなく我が身を捧げ合い、二人のこれからを彼と夢見た。 end

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