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第5話

   ガヤガヤと言い合う声が聞こえて眠りから目覚めるとこのキラキラの部屋には誰もいない。 「ッだ ら、 あけ って!」  扉の外から僅かに聞こえてきた声に思わずベッドから飛び降り、足を縺れさせながら扉へと走る。 「タカギッ!」  扉の外はまたキラキラなお部屋で、人型の狼さんに掴みかかるタカギがいた。 「スミレ!!」  僕の声にタカギはパッと此方を振り向く。あぁタカギだ。思わず駆け寄って抱きつこうとしてブレーキをかける。  ほっそりとしたタカギのお腹が異様に大きいのだ。お腹をジッと見つめる僕を見て、困ったように笑いながら両手を差し出した。 「ほら。大丈夫だからおいで。」  スススと恐る恐る近づいて、タカギの横側に周り込んで抱きついた。 「たかぎ。たかぎ。うぅー、たかぎぃ。」  ひっくひっくとタカギの肩に顔を押し付けて泣く僕の頭を乱暴にがしがしと撫で回しながら僕の名前を呼ぶ声は震えていた。 「迎え、行けなくてごめんな。こっちが落ち着いて転移で迎え行こうとしたら、お前の結界に弾かれちゃって。俺の力なら行き来出来ると思ってたのに、お前の結界予想外に強かったわ。」  肩に顔をつけたままフンフンと頭を振るとクスリと笑う声。  顔みせてと言われてそっと顔を上げると両頬に手を添えて至近距離で覗かれる。 「ん。本物のスミレだ。相変わらず綺麗なスミレ色。」 「うぅ。ほんもののたかぎだぁ」  乱れた髪を耳にかけて手櫛でとかれると気持ち良くて、つい目を閉じてしまう。 「髪伸びたなぁ。」 「ん。自分じゃ切れないもの。」  編んであげると椅子に促され丁寧に櫛を入れてサラサラにしてくれた後に腰までの長い髪を一本に編み込んでいく。良くこうやって髪を束ねたり編んだりしてくれてた。  あぁ、懐かしいなぁ。 「よし、出来た。髪長姫っぽい。」  伸ばしっぱなしだった髪がスッキリと纏まってて視界が広い。  目の前の鏡を見て、僕の後ろでニコニコとしているタカギより更に後ろに険しい顔の狼さんともう一人男の人がいる事に気がついた。  僕の目線に気づいたのか近づいてくると丁寧に一礼して、笑みを浮かべる。 「お初にお目にかかりますスミレ様。ユーシの番のライオネルと申します。お会いできて光栄です。」  思わずタカギとライオネルさんを何度も交互に見てしまう。  それをみてタカギが吹き出しながら助け船を出してくれる。 「こいつ畏まられた事ないから普通に接してやって。んでスミレもキョロキョロし過ぎ。挨拶は?」 「あ、う、えっと、スミレです。よろしくお願いします?」 「語尾を疑問系にするなよ。」 「えへへ。自己紹介初めてだ。嬉しい。でも上手く出来なくてごめんなさい。」  人に会う機会がなかなかなくて。そう言うと皆悲しそうな顔をする。  すると今まで黙っていた狼さんが口を開く。 「クレイグだ。クレイグ・オールストン。クレイグと呼んでくれ。」 「スミレです。よろしくお願いします。」  ペコリと頭を下げると編んだ髪をそっと撫でられた。 「綺麗な髪の色だな。」 「タカギがいたところのスミレっていう花と同じ色だから名前もスミレです?」  うーん。敬語だと話すの難しい。「だからなんで語尾が疑問系になるんだよ。」とタカギが文句を言う。 「敬語じゃなくていいよ。」ってライオネルさんが言ってくれたから敬語は止める事にした。 「僕、名前思い出せなくて。タカギがつけてくれたの。」  たぶん三つくらいまで呼ばれていた名前はあった。  でも保護されて、タカギに出会うまで誰にも名前を呼ばれなくて忘れてしまったのだ。 「目も髪も綺麗な青紫色で、俺のいた世界の菫って花に似てるからスミレ。ちっさくて可愛い花だよ。」  タカギが僕の説明を補ってくれるが、何より気になる事があるのだ。 「タカギ、お腹に赤ちゃんいるの?」  ピシリとタカギの顔が固まったのがわかる。 「お、おう。いる、みたいだな。」 「おぉ。」  凄い。タカギのお腹に赤ちゃん。 「でもタカギ、赤ちゃんは女の人に出来るって言ってたよ。」  男と女で性交すると出来るって言ってた。 「人は男女が基本。獣人はどっちでも孕ませられるんだと。俺もお婿さん的な感じで嫁いだと思ってたからまさかBL的な展開だとは思わなかったわー」  タカギはちょっぴり遠い目。でもお腹をさする手は優しい。 「お腹触って良い?」 「いいぞ。」  ライオネルさんを見るとにっこり頷いてくれたからそっとお腹に手を伸ばした。  不思議な感触。ここに赤ちゃんが入っているなんて。  僕は心の中で「元気に育ちますように」と願って魔力を流す。 「何かしてくれた?今日は何だか腹が張ってたのにスッと楽になった。」 「元気に育つおまじないだよ。」  タカギは笑顔でありがとうって言ってくれたけど、ライオネルさんは慌ててる。 「ユーシ!張ってるなら休まないと!何故言わないのっ?」 「これくらい普通だから。もう痛くないし。」  そんな言い合いも仲むつまじくてこっちまで笑顔になってしまう。 「タカギ、運命の人に出会ったらその人にだけ名を呼ばせるって言ってたよね。ライオネルさんがユーシって呼んでるってことは出会えたんだね。良かったねぇ。」 「ちょ、バカ!余計なこと言うなって!」  ぽぽぽっと真っ赤になって狼狽えるタカギに「そんな可愛い事を!」と詰め寄るライオネルさん。タカギを軽々と抱えて僕のところに来る。 「スミレ君。貴重な情報ありがとう。俺たちは少し用が出来たから、そこの狼さんと自己紹介の練習したらどうかな?スミレ君の事色々教えてあげてね。」  そう言うと喚くタカギと部屋を出ていった。  残されたクレイグと僕はパタンとしまったドアの音で我に返ったのだ。 「自己紹介の練習、付き合ってくれる?」 「スミレは俺の事が怖くはないか?昨日はやり過ぎたと反省している。すまない。」 「昨日は恥ずかしかったけど、不思議と怖くはなかったよ。」  それに、僕ばっかり気持ち良くなっちゃってごめんね?  恥ずかしいけどそう詫びると、ぐうっと堪えるような声がして、昨日の狼さんと重なって思わず笑ってしまう。人型だと表情が動かないクレイグが僕の笑い声につられて少しばかり口角を上げて、それがとても嬉しい。 「練習、するか。」  と手を引いてソファーまでエスコートしてくれるクレイグは文句無しに格好良かった。

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