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第16話
その日は朝からそわそわそわそわ。
何となく、なんとなーく夕食後に違和感があって「そろそろ出てくるの?」ってタカギのお腹に問いかけたらキックという名のお返事があった。いつ、なにがあっても駆けつけられるようにその日はクレイグと早めにお風呂に入って、ついうろうろと寝室を歩き回ってしまう僕の為に狼さんになってくれたクレイグに咥えられてベッドにぽいっとされて、のし掛かられてそのフカフカに埋もれていたらいつの間にか眠りについていた。
夜中にハッとして起きた。魔法は自粛してたけど、それどころじゃない。自分では外れない狼さんの腕を魔法でゆっくり持ち上げて、急いで駆け出す。気配でわかったのかクレイグも飛び起きたけど僕も気にせず駆ける。
直ぐに追い付かれたけど、クレイグは走りながら僕を抱き上げて目的地のライさんたちの部屋の前まで走ってくれた。
「番の出産でライオネルも気が立っている筈だ。生まれるまでここで待とう。」
そろりと降ろされるが僕は気が気ではない。そわそわは次第に大きくなっていく。
だってあんなに大きなお腹だった。医師たちは赤子が大きいから早めに出さないとって。赤ちゃんはお腹の中が居心地良すぎるみたいで中々出てくる素振りもなく…
ぶわりと背中が粟立つ。
僕はクレイグの制止を聞かずに扉に手をかけた。
灰色狼の赤ちゃん。
生まれたての赤ちゃん。
目は開いていないからその瞳は見られないけど、ライさんのエメラルドグリーンかタカギの黒か。
明らかに様子がおかしいのに見えない瞳の事を考えてしまう。
泣かないっ、呼吸が!と慌て出す医師たち。
医師よりもライさんよりも僕よりも、タカギが一番早く動いた。
汗だくでぐちゃぐちゃなままで癒しの力を使う。
気力も体力もない状態でそんなに魔法を使ったらだめだ!
「ユーシ!やめて!」
「やめてじゃねぇだろ!」
ライさんの泣きそうな声とタカギの怒鳴り声に我に返る。
タカギの元へ駆け出してちびちゃんに声をかけながら治癒を施す。どんどん魔力を吸われていく初めての感覚に戸惑いを隠せない。こんなに魔力を使ったのは初めてだ。
少しして小さくミュウミュウ鳴き出した赤ちゃんを見て、ホッとしたように笑ったタカギはそのままぶちりと糸が切れたかのように横たわる。
「ユーシっ!!」
ライさんの悲鳴に慌ててタカギにも治癒を施して二人してスゥスゥと寝息をたててるのを聞いたら緊張が溶けたみたいに身体中の力が抜けていく。
頭がぐるぐる、部屋もぐるぐる回る。うーん。こんなに魔法を使ったことあんまりないけど、治癒魔法は魔力の消費が凄いって習ったような…?命を助けることは命を削ることって言われてた。
あ、やばいかも…僕の狼さんが焦った顔で走り寄ってくるけど床に頭から倒れるのが先だったかと思う。
「もう魔法は使ってはいけないわ。」
「おかーさん、なんで?」
「魔法を使うと怖い人に連れていかれてしまうかもしれないの。そんなの嫌でしょう?」
「うん!ぼく、ずーっとおかーさんといたいから、もうまほうはつかわないよ!おかーさんだいすきだもん!」
「お母さんも****を愛しているわ。私の可愛い子。」
暖かい木のおうち。この親子は誰?
「この子の力は素晴らしい!きっとこの国を守る盾になる。」
「やめてください!この子を連れていかないで…!お願いしますっ、お願いしますっ…」
おかーさんが子供を抱き締めて泣いている。
ぎゅってしてるけど、蹴られて転ばされて男の人が子供の腕をとる。
「おかーさん!おかーさん!!」
「****っ!返してください!私が何でもしますから!どうなっても良いですから!****は返して!!」
男の人の足にしがみつくおかーさんをその人はまた蹴って、持っていた剣で刺した。
「いやぁぁぁぁ!おかーさん!」
「煩い子供ですね、良いですか?貴方が国の為に頑張ればこの母親は生き返ります。」
「うっ、うぁっ、ほ、ほんとに?」
「ええ。だから泣かずに余計な事は言わずに従いなさい。わかりましたか?」
「うっ…ぐすっ」
「良いですか?貴方は三歳。ここに捨てられていたから拾ってあげます。国の為に命を捧げなさい。そうしたら母親が返ってきますよ?…返事をしなさい!」
「は…い。」
また場面が変わる。
「なー、お前なんでここで結界はってるの?」
「拾って貰ったからだよ。」
「結界はってて何か良いことでもあんの?」
「この国の為になるよ。」
「なんでこの国の為になりたいの?」
「…なんだっけ?忘れちゃったからたいした理由じゃないのかも。」
「ふーん。俺、タカギっていうの。仲良くしてなー。お前は?」
「名前、あった気がするけど思い出せない。まぁ、子供を捨てる人がつけた名前だからなくてもいいの。」
「本当に名前なくてもいいって思ってる?」
「…?なくてもいいって言われたよ。」
これは、誰の記憶だっけ?
「三日も考えたわ!」
「何が?」
「お前の名前、スミレって呼ぶ事にした!名前ないと不便だし。」
「スミレ…僕の名前?」
「おー。嫌?」
「嫌…じゃ、ない。タカギ、ありがとう。」
「お!初めて俺の名前も呼んだな!」
パチリと目が覚めた。
目の前には大好きなクレイグ。何か…痩せた…?やつれた…?
倒れたから心配させちゃったよね。ごめんねと、閉じている瞼に口付けを落として戻ると勢い良く引き寄せられて強く強く抱き締められた。
「ハァ…良かった。」
「心配かけてごめんなさい。」
眉が下がって悲しい顔。もうこんな顔させたくないって思ったのに。本当にごめんなさい。
「タカギとちびちゃん!無事…だよね?」
「タカギは…」
「え?」
「めちゃくちゃ怒っているぞ。」
「う、」
怒ってるタカギ、想像できる…
「それ以上に感謝しているがな。でも、俺は心配し過ぎて死ぬかと思ったぞ。医師たちは魔力の欠乏が原因だから寝てれば治ると言っていたが…体は大丈夫か?」
「うん。大丈夫みたい。どれくらい寝てた?」
「四日だ。」
「え?」
「四日も寝ていた。」
そんなに眠っていたなんて、凄く凄く心配かけちゃったな…それなのにまた心配をかけようとしている。
「あのね、クレイグ、お願いがあるの。」
「珍しいな?何だ?」
「あの王様たちのところ連れていって欲しい。まだ聞きたいことはある?」
「いや。もうないからそれは良いが…タカギにスミレが起きたら直ぐに知らせるようにと言われている。」
「んー。怒られるのが二回に増えちゃうから、戻ってきてからタカギに会いに行く。すぐだから…だめ?」
「俺も今回ばかりは怒りたいんだが。スミレのおねだりは可愛いからな、では、もうあんな事はしないと誓ってくれ。これでスミレの目が覚めなかったらタカギ達も一生苦しむことになっていた。俺は、すぐにスミレの後を追っただろうな。」
クレイグが珍しく怒っている…けど、僕が悪い。
「はい…ごめんなさい。もっと自分を大切にするって約束したのに破って。言い訳だけど、魔力使いすぎってほど使ったことなかったの。これからは気を付けます。」
頭をぐりぐりと撫でられて唇に軽いキス。
「じゃあ、行くか。」
「クレイグ、僕の事、嫌いにならないで欲しい。」
「なるわけないだろう?」
何を言っているんだ?と物語るその顔に安心して腕を伸ばした。
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