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番外編 スイレンのつがい
「…いかない」
「ふざけるな。時間や決まりを守れ。」
「…いかない。お腹いたい。」
「ふざけるな。お前はライオネルに似て健康優良児だ。狼の獣人が腹なんか壊すか!」
「う、うぇ、い、いかないぃ。」
「お前は外見はライオネルだが中身は俺にくそ似ている。だからお前のしたたかな嘘泣きくらい見破れるぞ。ふざけんな。っていうかお前は今いくつだ。もうすぐ九つだぞ。」
「九歳は子どもとスミレは言っていました。僕にはつがいを守る義務があります。スミレは僕が泣けばイチコロです。」
「いきなり昔のスミレみたいな敬語やめろ。そんでディスってんな。」
下唇をきつく噛んでこちらを見ずに俯く、いつの間にか随分と大きくなった息子の手を取る。
「スイレン、いいか、よく聞け。スミレの腹にいる赤ん坊がお前の番かもしれないというのはわかった。だが、それがお前の学校へ行かない理由にはならない。」
「…でも、スミレ体調悪いって。」
「ただの悪阻。現段階でスイレンに出来る事はない。それに、スミレは獣人じゃない。ってことは腹の子も、モモのようにヒトかもしれない。俺たちは匂いや番がよく分からない。大人になった時に学校をさぼっていたような奴にクレイグが我が子をくれると思うのか?それに、スミレの番はクレイグだぞ?ここのところお前がスミレの腹にべったりなせいでびっきびきになっている、クレイグの青筋見えていないのか?少しでも気に入られるように、番に相応しいように、守りきれるように努力しろ。」
「………いく。」
「…それに、最近そっちばかりで俺もモモもさみしい。」
ようやくあげてくれたその顔は、子どもらしくて思わず頬が緩む。両手を広げれば少し照れながらも胸に顔を寄せてくれる。自分の顎にスイレンの髪が触れてくすぐったい。獣人は成長が速すぎて驚くことばかりだ。
暫く物思いに耽りながら抱き合っていたが、扉を開ける音で我にかえる。
「ユーシ、スイレン、話は終わった?」
俺が答える前にスイレンが離れてライオネルと向き合う。
「はい。僕の考えが浅はかでした。沢山学んで、どうやったらつがいを世界一幸せに出来るのかを何通りも考えたいと思います。」
ピシリと敬礼をして大人びた口調で宣言すると、ライオネルの胸にもぴょんと飛び込んで、直ぐに離れて歩きだす息子に本日何回目かもわからない「大きくなったなぁ」という思いが溢れる。
「あ、」
ドアノブに手をかけたスイレンが振り返る。
「父さん、僕がね?最近つがいにべったりで、クレイグさんがスミレにべったりで、代わりに父さんがお仕事ばかりだからとってもさみしいって、母さんが言ってた。ごめんね?僕、勉強も魔法も武術も頑張ります。」
「ばか!」
「あと、沢山の辞書を重ねて持っていました。カトラリーより重いのに…」
「おい!ふざけんな!お前ら何でもかんでも言いつけるな!」
満面の笑みになった直後に心配そうに眉を寄せたライオネルが近づいてくる後ろで、涼しげな顔で手を振る我が子。本っ当に良い性格をしている。
小さなため息をひとつ。しょうがない奴だと、自分の居場所であるライオネルの腕の中に入るためにこちらからも一歩踏み出した。
結局俺はスミレやスイレンに気持ちの代弁をして貰っているのだ。
母が第三子を出産した。それにともない、暫くは父と部屋から出ない(出して貰えない)生活をするだろう。その穴を埋めるようにクレイグさんが忙しくなる。
僕はふふ、と笑みを洩らす。
「スミレ!お腹なでなでしてもいーい?」
「うん、いいよ。撫でてくれてありがとうね。」
母は僕の事を自分に似てしたたかだと言うけれど、自分ではそうは思わない。まず、母は優しくて、素直で謙虚で責任感が強い。素直じゃないなんて言っているけれど、その表情や仕草は言葉なんていらないほどである。
父も僕もそんな母が大好きなのだけど、僕の性格は父の方に似ていると思う。だって父が心から笑っているのは母やスミレたちの前だけであるし、執務中の父の周りの空気は張り詰めている。
弱味を見せず、作り物の笑顔で相手を油断させて、懐に潜り込む。父は腹黒いのだ。
父は良く、母の事を閉じ込めておきたいと溢しているし、少しでも他の男の匂いがつこうものなら小柄な母を抱き潰して、嬉々としてお世話している。
うん。僕は父似だ。つがいの為ならどんなことでもするであろう自分を想像して笑みを浮かべる。
「うわあ。スイレンが撫でたら沢山動いてるよ?」
丸くて大きなスミレのお腹。もうすぐ出会える事がとても嬉しい。
「ぼく、早く会いたいなぁ。」
「あのね?まだ内緒だけど、たぶん狼さんだと思うの。」
どちらでも嬉しい。どちらでも本当に嬉しいが、獣人であればヒトであった時よりも早くつがえるだろう。
成人だってヒトよりもはやい。
「どっちでも、嬉しい。」
「うん。スイレン、狼さんでもね、本能よりも気持ちを優先させてあげてね?」
「それは、もちろん。」
獣の本能もヒトの心も全部全部欲しい。だから、大丈夫。
「あとね?」
「うん。」
一呼吸置いて、合わされた視線の先の綺麗なスミレ色の瞳にドキリとする。
「いつまでねこさんかぶってるの?」
「…え」
「そういうの、猫被りって言うんだよ。」
気づいていたのか。
「ねこさんかぶるのは、ライさんくらい大人になってからでいいよ。」
「…なんで」
「ん?」
「なんでわかるの?」
「ふふっ。だって、僕、スイレンのお兄ちゃんだもの。」
思わずつがい越しにスミレにぎゅうっと抱きついた。
「小さくて可愛い僕じゃなくても、この子をお嫁さんにくれる?」
「それはこの子が決めることだけど、どんなスイレンも僕の可愛い弟だよ。」
あぁ、この人には敵う気がしない。
でも、スミレが気づいているということは…
「…母さんも?」
「スイレン。母は強し、だよ?」
「僕の可愛いつがいを撫でさせてください。」
「ふふ。はい、どうぞ!」
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