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番外編 スミレの初めてのお買い物

   今日は、初めてのお給金日。  スイレンが生まれて3ヶ月がたった。タカギは子育てもあるし、僕は侍女さんたちと過ごしたりクレイグと過ごす事が多いのだけれど、自分でお仕事をしてスイレンとタカギに贈り物をしたいと相談したらクレイグが一緒に考えてくれたのだ。  僕には何もなくて。魔法は得意だけれど、皆魔法がなくても生きていける。  沢山悩んで、最近はマイリィさんに縫い物を教わっているところだったから、御守りを作ることにしたのだ。沢山の願いを込めて、少しだけ幸せになれるような御守り。  色とりどりの糸を使って、小さな刺繍を入れながら一針一針丁寧に縫った。  一度に沢山は出来なかったけれど、ある程度たまったら王宮の使用人通路の一角に机を置かせて貰って御守りと、こちらへ来てからタカギに貰った可愛くて美味しいショコラが入っていた缶を硬貨入れとして置いておいた。  本当は売り子さんもしたかったけれど、クレイグが許してくれなかったのと、王宮で盗みを働くものはいないと説き伏せられたのだ。  それに、王様の番の僕が売っていたら、気を使って欲しくないのに買ってくれる人たちも出て来てしまうだろうと考えた。  やはり、女性が多いからか恋の御守りが良く売れる。  僕は缶をジャラジャラと振ってその重さにうっとりとする。僕でも、お金を稼ぐことが出来たのだ。とっても、嬉しい。  クレイグにお金を稼いでみたいと力説していたから、糸や布なども最初は買って貰っていたけれど、売り上げの中からぴったりの金額を返した。  恥ずかしいことに、僕は糸や布がいくらくらいなのか。何故、安いものから高いものまであるのかがわからなくて…計算や勉強はタカギのおかげである程度はできるけれど、次は常識、とタカギに言われていた意味をようやく理解出来た。  大好きな料理長さんのフルーツゼリー。入っているフルーツは何なのか、今の旬、時価。僕は何も知らない。ただ美味しいだけ。  元々学ぶことしかやることがなかったというのもあるけれど、知識が増えていく事に喜びを感じる。  今日は何を知る事が出来たか、クレイグに報告した時の優しい瞳に喜びを感じる。  何度か御守りを販売して、目標金額は達成できた。  明日はいよいよ初めての城下町でのお買い物。  クレイグも一緒に行ってくれると言っていたから、今日はお仕事が忙しいらしい。  僕は自分用の御守りを握りしめて一人でベッドに潜り込んだ。  ふわりと頬がくすぐったくて、意識が浮上する。 「すまない。起こしてしまったか?」  申し訳なさそうに、横になったまま抱き寄せるその腕に頬を寄せた。 「ううん。朝まで会えないと思っていたのに、おやすみが言えるの嬉しい。」 「可愛いな。俺も嬉しい。」  ちゅ、ちゅっと額や頬へのキスに、思わずクレイグの首に腕を回して、御守りを握りしめていたことを思い出して枕の下へ仕舞う。 「それは何の御守りなんだ?」 「うん?うーん、ないしょだよ!」  内緒だとは思わなかったのか、一瞬きょとんとしたがすぐに悪戯な顔をして、じりじりと近づいてくる。 「内緒なら、吐かせるまでだ。これでどうだ?」 「え?ッひゃあっ!くふふッ!!ふ、ひゃ!」  思い切り擽られて笑いが止まらない。 「どうする?言うか?」 「ふはは!ひあッ、いうっ、言うから!!や、めて!」 「で?何なんだ?」 「んもー、くすぐったいよ。ふふっ。」  脇腹がひくひくとして、笑いが止まらない僕の頭を大きな手が珍しくわしゃわしゃと撫でる。 「あのね?最初はね、クレイグとずっと想い合っていられますように。ってお願いしようとしたの。」 「それは嬉しいな。だが最初ということは変えたのか?」    ちょっぴり不満げな顔をするクレイグが可愛い。 「うん。僕がクレイグの事を好きなのはこの先も変わらないから、クレイグも僕の事をずっとずっと好きでいてくれますように。ってお願いにしたの。」  途端にぎゅうっと抱き締められる。 「俺にも作って欲しい。」 「うん?御守り?もうひとつ作る?」  クレイグには一番最初に作ったものをあげたのだ。無病息災の御守り。タカギにはあいつには必要ないわーって笑われたけど。 「あぁ。俺の気持ちは変わらないから、スミレがこの先もずっと俺の隣にいてくれるように、一緒に歩んでくれるように。」 「…御守りがなくても僕はずっと隣にいるよ?」 「あぁ。でも、欲しい。それに俺も、これがなくてもずっとスミレが好きだ。」  真面目な顔をして、視線を合わせて告げるクレイグに恥ずかしくなって、クレイグの胸元に顔を押し付けて隠す。 「羞恥心覚えたのか?」  くつくつと笑う振動が伝わってくる。 「恥ずかしいから狼さんになって。」 「狼じゃ抱き締められないだろう?」 「…じゃあぎゅってして。」 「もう、してる。」  抱き込まれて、背中を優しくぽんぽんとされて。  気づけば夢の中だった。 「おおっ。クレイグ、お肉が。凄く大きなお肉が、あります。焼かれてるっ。」 「ははっ。スミレ、手を離すなよ。肉、食うか?」  串に刺さったお肉は普段食べているようなナイフとフォークで食べるようなものではなく、そのまま齧る。 「クレイグ!あのフルーツは良く夕食に出るものだよね?ね?」 「あぁ、良くわかったな?…スミレ、ゆっくりだ。転ぶ。時間はまだまだあるし、今日だけじゃない。これからは好きなところへ好きなだけ行こうな。」 「わあ!赤ちゃんのお店。あそこ見たい!」 「…聞いてないな。ほら、スミレのみたいところ全部見よう。」  差し伸べられた手のひらに僕の小さな手が乗る。  きゅっと繋いで歩きだす、その足取りは驚くほど軽い。  だいすき、だいすき。何度言っても足りない想いがじわりじわりと溢れだす。  にこにことその高い位置にある大好きな人の顔を見つめれば掠めるようなキス。  とさりと音がして、後ろを振り返ろうとしたけれど沢山の気になるものがあって思考が拡散される。  視界の端に、回収されるマイリィさんを見た気がした。 「はい、タカギ!お祝いだよ!」 「おー。楽しかったか?ありがとな。早速使うわ!」  タカギへの贈り物は伸びた前髪を留めるシンプルな髪飾りにした。金色の縁にエメラルドグリーンの綺麗な石がひとつだけ埋め込まれたもの。  髪が邪魔だと嘆いていたから、今度これを使って前髪を編み編みしてあげるのだ。 「あと、これはスイレンに。あげても良い?」 「おう。何を買ってきてくれたの?」 「スイレンにはね、狼さんの形の歯固め。最近色んなものをあぐあぐ噛んでいるから良いかな、と思って。あとは、あぐあぐすると涎がすごいから、よだれ掛け。あと、可愛いお洋服と帽子、それと最近、髪が延びてきたから赤ちゃん用の柔らかい髪紐でしょう。あとね、これは音がするボールで、これが…」 「まて。スイレンに貢ぎすぎだろ。そんで俺への贈り物の差がでかすぎる。」 「…えへ。お給金、ほとんどスイレンに使っちゃったから、タカギへの贈り物はクレイグと一緒に買ったの。」 「…スミレが自分で頑張って稼いだ金だから、使い道には何も言うことないけど、有り難く使わせて貰うけど、自分のものとか、クレイグに何か買ったりさぁ。いや、嬉しいんだけどさ。」 「あのね、クレイグはお金じゃ買えない欲しいものがあるから良いんだって。それでこれからね、あげることになってるの。何かは教えて貰えてないけど…」 「…これからめっちゃ喰われる予定じゃん…こわ。」 「それでね、ライさんにも行く前に好きなものを聞いたらタカギって言ってたから来週3日間スイレン預からせてね?ちゃんと侍女さんたちと一緒にお世話するから安心して。…ごめん。この約束でライさんから買い食い用のおこづかい貰ったの。お肉、すっごく美味しかった…。えへ。」 「バカ!悪魔と取引してんな!」 「クレイグがその3日間はライさんもお仕事お休みになるって言ってたから、たまにはゆっくりしてね。」 「バカ!そのうちの2日は確実にゆっくりさせて貰えねーわ!むしろ完徹だわ!」  タカギは怒っているけど、スイレンを抱き上げて、くるりと回ってお別れのキス。そのままタカギに抱きつけば、ほっぺをむにっとされたけど、買い物行けて良かったなって頭をぐりぐり。  クレイグに手を引かれながら、これから自分が抱き潰されるなんて思っていない僕は、喜色満面でタカギの部屋を後にしたのだった。

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