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クレイグ視点 1
俺のつがい。それがあの結界の向こう側にいるのではないかとはずっと思っていた。
国の境界まで結界が張られるようになり、つがいの気配を感じた。当時の俺は、ただの喧嘩の強いガキ。両親は共に国の要職についていたが、この国は世襲制ではない。自分が何になるかなんて考えていなかった。堅苦しいのは苦手だ。将来は冒険者として様々な国へ行くか、飲み屋でも開くか、と漠然と考えていた。
それが、あの結界に残るつがいの気配を感じてから考えが180度変わったのには自分でも笑ってしまう。
まずは、権力が欲しい。戦争をふっかけるタイミングも和平を保つのも、自分で決めたい。国は二の次、つがいが最優先。全てはまだ見ぬつがいの為。それを堂々と民に告げたら、いくらつがい以外に興味を持たない種族たちだとしても王にはなれなかったであろう。
結界の向こう側へ行きたいのに、結界は破れない。
獣人たちは武力、人は魔法。これ程、己の無力さを嘆いた事はない。これ程の結界を張っているということは、確かな実力の持ち主であろう。しっかりとした地位に就いているのであろう。もし、この結界を破れたとしても、人であるなら。あちらでの生活に満足しているなら。俺の事をつがいと気づかず、認めず、受け入れて貰えないかもしれない。
それでも、会いたい。
きっと、出会ってしまったらもう離してはやれないだろうが許して欲しい。
転機が訪れたのは、和平の印としてタカギが送られてきた時だ。
「グァウッ!」
つがいの匂い。思わず腕を取り、引き寄せた瞬間、隣で珍しく笑みを浮かべて王宮を案内していたライオネルに、牙をむけられた。
一瞬で抱き込まれ、ライオネルの胸に入る彼は華奢で小さく、漆黒の瞳も髪も綺麗だ。だが、違う。かなり惹かれる匂いではあるが、彼ではない。
「すまない、間違えた。」
「間違えたとか何か失礼じゃね?」
グルグルと威嚇してくる友人と、抱き込まれて息苦しそうな落ち人。
「自分のつがいの匂いがした気がした。そちらの国にいるはずなんだ。結界から、つがいを感じる。その為に、和平の条約を結んだ。」
「つがい…やっぱそういうのもある世界なのか。んで、こいつは何怒ってんの?」
「お前は何も感じないのか?」
「えー、嫌悪感はないけど。そういうの獣人特有な感覚だろ?俺、ヒトだし異世界人だしなぁ…あ、俺タカギっての。よろしく。」
いい匂いとか、相性の良い匂いとか、そんな感じ?
とへらっとするタカギに簡単に自己紹介し、ライオネルも落ち着き一息つく。
「たぶんクレイグが感じたのはスミレの匂いだと思う。別れに抱き締めて来たから。迎えに行く約束もしてるから、協力して。」
そして真顔で言い放ったのだった。
詳しく聞こうと身を乗り出せば、タカギは自分に向けて「解除」と呟く。途端に上塗りされるつがいとは違う匂い。
「こんなこともあろうかと、自分の匂い消してた。スミレのまでは気にして無かったわ。どんだけ鼻いいんだよ。あと、消してんのにこの人ずっとべったりだし、どっちでも変わらなそうだから解除。意外と魔力食うんだよなぁ。」
あぁ、もう暫く聞けそうもないな。
つがいを最優先させるのは当たり前の事だ。
変わらない?そんなわけあるか。隠していてもあんなんだったのだから、解除したらこうなるに決まっている。
お願いだから、直ぐに…せいぜい3日くらいで出て来てくれ、と出会ったばかりのタカギを担いで歩く幼馴染みを見送った。
柄にもなく、そわそわと1日を過ごし、翌日朝食をとっているとライオネルの来訪を伝えられる。
「…どうした?何故ここにいる。」
「ユーシに、無理矢理犯したら一生好きにならないって宣言された…」
「あー、耐えるしかないな、」
耐えるしかない。つがいにそう言われたら守るしか選択肢はない。
「獣人は知性がないのか?って聞かれてさ、あるって答えたら…嫌いではないし、ちゃんと一から惚れさせてみろって。…昨夜は添い寝した…だけ。」
落ち込んでいるライオネルに申し訳ないが笑みが溢れる。こいつは何でもそつなくこなすし、交渉も上手い。なのにこうも落ち込むとは。やはりつがいは偉大だ。
「ユーシもそろそろ来ると思う。教え子を解放したいそうだ。それがユーシの願いなら、私も動くよ。」
「…解放?」
「幼い頃から監禁されて自由もなく結界を張らされ続けている子の教育係だったって。クレイグさ、昨日焦って洩らしてたけど、結界のとこ良く行ってるよね?その子が原因?」
「あぁ。つがいだ。結界のところが特に強く感じる。」
「おはー」
弛い挨拶と共にゆらりと扉を開けるタカギに一目散に走りより、エスコートするライオネル。
ありがとう、と微笑んで告げるその瞳は慈愛を含んでおり、こいつらは放っておいてもそのうち纏まるだろうと安堵する。
挨拶もそこそこに、タカギは本題に入る。
「クレイグ、あんたは王様だし獣人だし、ヒトは嫌いかもしれないけど、…助けたい子がいる。協力して欲しい。無理ならでていく。俺、転移特化型だし。あの国出るとき、魔力封じ解いたし。」
出ていく、とタカギの口から出た時、テーブルにヒビが入ったのだが。
「喜んで協力しよう。その為に物資の支援の交換条件に神子を求めたんだ。」
にっこりと笑みを浮かべるタカギはライオネルにとっては見惚れるようなものだろうが、俺には悪魔の微笑みにみえた。
「あの子の為にライオネルに嫁がなくても良いぞ。名目は婚姻だが、タカギの意思を尊重する。」
ビキ、とまたしても音が鳴る。
「いや、俺も見かけ程若くないしちゃんと自分の事も考えられるよ。男に嫁ぐとは思ってなかったけどな?漠然とだけど何か、ライオネルなら大丈夫って思えるし…つがいとかは良くわかんねーけど。」
な?と微笑むタカギとテーブルから手を離したライオネル。
初見から、良い奴だと思えたタカギと幸せになって欲しい幼馴染。
早く、会いたい。と己のつがいに思いを馳せた。
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