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第1話 嫁入り

 生まれ育った母国サルド王国を出立(しゅったつ)してから2週間と3日かけて、エスタシオン王国の王都、カリエンテに入り… 王宮までの道を進みながら、馬車の窓から街並みをながめ、ペルデルセ王子はため息をついた。  エスタシオン王国、国王プラサの10人目の妃として、オメガのペルデルセ王子は隣国サルド王国から嫁入りする。  両国の間で、貿易に関する契約を結ぶことになり、その友好の印としてペルデルセ王子とプラサ王の婚姻が決まった。 「あ~あ…」 <僕の母国サルド王国なら、他国の王族を迎えるとなれば国をあげて歓迎の気持ちをあらわし、花嫁を一目見ようと街道ぞいは人だかりが延々(えんえん)と王宮まで続くのだけど…>  そうならないのは、すでにプラサ王の正妃にはアルファの王子が何人もいて、そのうちの最初に生まれた王子が、王太子として立っているからだ。  つまり… 10人目の側妃になど大した価値も意味も無く、民にとっては珍しくも、喜ばしくも無い。  ペルデルセは自分で自分を嘲笑い、うなじがちょうど隠れる程度に短くした、(つや)やかな黒髪をかき上げ… 深緑色の瞳を憂鬱(ゆううつ)そうに陰らせた。 「ああ… この日が、ついに来てしまった…」  愚痴をこぼし、ペルデルセは窓の外の景色を見るのを止めて、背もたれに身体をあずける。 「そうすねるなペルデルセ! プラサ王は我が国の学園に1年だけ在籍していたことがあって、彼とはその時仲良くなったのだが… なかなかの美男子だと保証するよ!」  隣国に嫁ぐペルデルセに付き添って来た、2番めの兄メディシナが、向かい側の座席から慰めるが… ペルデルセの憂鬱な気持ちに、あまり効果は無かった。 「陛下は怖い人? それとも優しい人?」 「オメガにはとことん優しいアルファだったと思う、お前好みかも知れないぞ?」  子どもっぽい質問の仕方をしたペルデルセに、兄メディシナは微笑んだ。 「そう言うけどメディシナお兄様… 僕は10人目の妃でしょう? きっとプラサ陛下は初夜が終われば、僕の顔を見たいとも思わないでしょうね」  ペルデルセは意地の悪い笑みを浮かべた。  ―――このペルデルセ王子は、オメガの身でありながら、母国サルド王国で散々アルファたちと派手に(たわむ)れ、素行不良(そこうふりょう)で嫁ぎ先が見つからず… 友好国であるエスタシオン王国に有益な貿易関係を持ちかけたついでに、ペルデルセ王子の婚姻を受け入れさせたのだ。  要するにペルデルセ王子は、サルド王国から厄介(やっかい)ばらいされたのである。 「だがペルデルセ、お前も王族に生まれたのだから、自分の義務を果たすことを忘れてはいけないぞ? 生まれた時から何不自由無く、今まで安穏(あんのん)と暮らしてこれた日々の対価は返さなければ」   静かに兄のメディシナはペルデルセを(さと)す。 「でもお兄様、この結婚は僕へのお仕置きで、義務と言っても我が国には、何の利益も無いのでしょう?」  無駄なことだと分かっていても、ペルデルセはつい兄に八つ当たりをしてしまう。 「そうでもないさ、商売には好機(こうき)というものがある、この国は20年前の王族同士の政争で国が荒れていたが、プラサ王が即位してから落ちつきつつある」  八つ当たり程度では兄は動じず、ペルデルセを淡々(たんたん)と諭し続けた。 「その商売の好機が、今だと言うのですか?」  すねていても、ペルデルセは兄の話に少しだけ興味を持ち、チラリと顔を見た。 「このエスタシオン王国は、まだまだ貧しくはあるが、何がうまっているか分からない未開発の土地がたくさんあるだろう? それに私はプラサ王の友人だから、我がままも言い合えるし」 「ああ、なるほど…」   サルド王国で金を稼ぐのが一番上手い、2番目の兄の意見は、いつでも他とは一味違うのである。 「何より、この国がもっと富めば、我が国へ流れて来て、犯罪を犯す者も少なくなるはずだ」  大がかりな密輸組織や窃盗(せっとう)団は捕らえてみれば、隣国であるこの国の流民たちで構成されていることが多かった。  ペルデルセの目にうつる、馬車の窓から見える景色の中にも、王宮近くとは思えないほど、物乞(ものご)いや浮浪児が多く、貧困者があふれている。 「確かに… 上手く貿易関係を築いて、お互いの国同士が富めるようになれば良いと言うことですね?」  何か考える時のくせで、ペルデルセは細い顎を指でなでながら、兄を見た。 「とにかく、卑屈(ひくつ)になるな! 気に入らなければ自分で工夫して、気に入るようにするぐらいの気概(きがい)を持て!」 「分かってはいるのですが…」 <王族の義務だと分かってはいても、僕を求めてもいない相手に嫁ぎ、後宮に死ぬまで軟禁(なんきん)されるのかと思うと、憂鬱なのです… お兄様…>  胸の中に初恋の人の面影がよぎり、ペルデルセは眉間にしわを寄せた。

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