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日常とすれ違い①※

 慣れというのは恐ろしいものだ。  例え異常であったとしても、二度、三度繰り返すうちに慣れてしまうもの。良く言えばさまざまに順応できる人間様は偉大であるが、悪く言えば単なる言いなりで諦めが得意なだけ。  怠け者でぐうたらなのが人間の本質だし、特にこんな風に、底辺で泥水を啜るような生活をしている安達(あだち)真夜(まよ)の生活なんてものは、底辺も底辺。ど底辺なのだろう。  ……考えれば普通の生活が送れる人生なんかじゃない。  真夜は暗い室内を眼球だけ動かして見渡す。部屋に立ち込める精の匂いを隠すために振りかけられた芳香剤の匂いは甘さを通り越し、鼻につく。塗り替えたと店長が言っていた天井も隅のほうはすでに塗装が剥げ掛けており、お世辞にも清潔とは言い難い。  寝転がっている板で作られた簡易ベッドは寝返りを打つたびに背中が痛く、体を包む布団も重たいしかび臭い。  六畳ほどのベッドしかないこの部屋は、見慣れた安達家の寝室ではない。いわゆる、時間制の風俗だ。他の店との相違点をあげるとしたら、他の店へのスカウト以外なら何でもしていいというグレーゾーンの濃さだろうか。 「……何だよ……まだ寝てないの」    眠そうな声を枯らして寝返りを打ってきた傍らで寝ていた一人の男は、口角を上げて下世話な笑みを浮かべる。意外と筋肉がついている腕が真夜の肩を強引に引き寄せた。  先ほど浴びたシャワーで使ったのか、店特有の安っぽいシャンプーの香りが強く香る。鼻を動かしているとつままれた。反射的に口を開ければ塞がれる。目元をいやらしく歪めた男は、舌先を蠕動させて彼の口腔を弄った。  太腿を這い上がってくる掌が、淫猥な手つきで首をもたげはじめた陰茎を握る。真夜は無抵抗に受け入れる。ズボンのなかで股を弄られるのは好きではないが、どうせ抵抗など無意味だ。慣れじゃないね、諦めってやつ。  熱を帯びた吐息を首筋に感じる。男は上体を起こして、馬乗りになってきた。子供みたいに目をきらきらと輝かせ、彼のシャツをめくりあげる。先ほどまで散々、弄られた乳首は赤くなってぽってりと垂れている。 「今度ここに、ピアス開けようよ。そしたら、乳首だけでイけたりして」  この男が言うと冗談に聞こえない。  指の腹で乳首を押しつぶしこねられているうち、熱を持ってじくじくと痛みだす。扱かれている陰茎もまた、硬度を増す。 「ピアッサーで、真夜の綺麗な乳首……ぷすって開けるんだ。その瞬間、突っ込んだらどんなに締まるか、考えてみてよ」  言われた通りに想像してみる。  この男が下品な笑みを浮かべて、自分のふくらみの無い胸をわし掴み乳首に針を突き刺す。その瞬間……血玉がふっくらと浮いて、叫びたいぐらいの痛みに悶えている間。杭を打たれる。 「ふは、勃起してる」  男の言うとおり、真夜の股間は痛いぐらいに張り詰めていた。  男が出て行ってしまうと、ベッドとラックしかない部屋は余計にがらんどうになる。ベッドに寝転がって部屋を見渡しているうち、隣の部屋から嬌声が聞こえる。  ……ヤメテ……シンジャウ…シンジャウヨォ……  切れ切れに吐き出されるその声は、苦しさに満ちている。悦びから程遠い声の主は、毎回客に恵まれない。  たまに控室という名のロッカールームで顔を合わせるけど、背中や首、足に数多の傷を作っている。顔だけ勘弁してもらっているという男は、真夜よりかわいらしい顔つきをするひ弱な男だった。  のそのそと体を起こして、ラックの上に乗った白い煙草の箱から一本取り出す。きっとあいつが残して行ったものだ。唇に煙草を含み、火を点ける。軽く吐き出してみれば、口腔がすうすうと冷たい。メンソール煙草だ。  ぼんやりと股の間を見つめる。男が出した粘液があふれ出している。内臓が出ているような不快感が、何だか好きだった。手で粘液を取って、口に含む。青臭くて苦い味が広がった。

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