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 デアンジェリス家の4人の息子のうち、3番目のニックが一番まともだと思われていた。長男は少年院へ行く代わりに軍へ入れと判事に命じられたのを受け入れて難を逃れたものの、次男は頑固に拒絶してスタテン・アイランドの施設でお勤め中。末っ子もしょっちゅう学校で問題を起こし、最近転校されられた。つまりとうとう、面倒を見られませんと匙を投げられたのだ。  少なくともニックは高校を中退した後、自分で自分をどうにかしている。家には滅多に帰らず知人の家を転々としているそうだが、警察の厄介になって親を呼ばれるような悪さはしていない。  勿論、19歳に出来る事なんて限界はあるだろう。だが同時に、自分で自分の尻を拭わねばならない年齢でもあった。お袋さんは真面目に働く堅気だし、ソーシャルワーカーも殆ど住み込みのように出入りしていた家だ。彼には、幾ら何でも奈落までは落ちないで済むだけのチャンスがあったのだから。  それでも失敗したのなら、原因は大抵、怠惰か欲を掻いたかのどちらかだ。  多分彼は前者で、己は後者なのだろう。大学の夏休み、トライベッカにほど近いバスハウスへアルバイトとして雇われた初勤務の日、同僚だと引き合わされた時、エリオットはそう思った。「同い年だろ、仲良くしろよ」と言われて、曖昧に笑い返したのはこちらのみ。軽く顎でしゃくる動きをされただけ、まだマシな方だろう。  ニックは昔から滅多に笑わない。常に退屈そうな仏頂面を浮かべ、じっとあのコーヒー色の瞳で相手を射竦める。幼少期に緘黙症を疑われて病院に連れて行かれたと言うのも宜なるかな。  今もこんなまじまじと上から下まで眺め渡され、何とも落ち着かない。面接を受けた時から、こいつ全く空気読めないなと思っていたオーナーの馬鹿笑いも、今回ばかりは救いだ。仕事を教えでやってくれと言われ、ようやくニックは剣呑な上目を上司の方にずらした。頬杖を突いていたカウンターから身を起こし、首を振って付いてくるよう示す。  ここがタオル室、こっちがランドリーボックス。ブラシとバケツと洗剤、客が出たら掃除、個室は1時間に1度見回ること。淡々と説明される間に、エリオットは辛うじて「久しぶり」と口にすることが出来た。 「こっちの方に住んでるの」 「ああ」  短く答えた後、「お前、ホモなのか」と直球で続けられれば、流石に一歩後ずさってしまった。 「うん、まあ……出来たらあまり吹聴しないで欲しいんだけど」 「こんなところで働いてる時点でお察しだろ」  そう言う君はどうなんだい、と聞く勇気が、エリオットにはとても持てなかった。  ワールド・トレード・センターがへし折れる前後位の林檎の街周辺には、こう言うタイプのゲイの出会い場が辛うじて残っていた。利用するのは良い年こいたおっさん達ばかり。何人かはHIVを患っているって噂だから、ゴム手袋忘れんなよと忠告された時には、思わずそのまま裏口から逃げ出してしまおうかと思った。  だが一度決めた事を途中で諦めるのは、己の矜持が許さない。  そうでなくても、近頃は物入りが過ぎる。中学生位までは、己の家庭が黒人にしては及第点な経済環境だと信じて疑わなかった。事実、倹しく暮らしている限り、不自由を感じることなく生活を送ることが出来た。両親には心の底から感謝している。  けれどここ数年、将来について考えれば考えるほど見てしまうのだ、世の上澄というものを。眼鏡が欲しい、保険適用では無い洒落たフレームのもの。大学の学費。大学院の学費。来年には車が。出来れば素敵なアパートの部屋も、せめて就職した頃には。その他にも、あればあるだけ使いどころがあるのが金銭と言うものだ。  マクドナルドでドライブスルーの窓口に張り付いているのでも全然構わない。だがこの店の入り口に貼ってあった求人募集のチラシの時給のほうが、少しだけ、ほんの少しだけ実入が良かった。暇な時間は勉強していても良いと言われたし、何より押しかけて来た地元の友人達に冷やかされる心配が無いのは心底有り難かった。

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