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第6話 僕を抱く人の名前
ベッドに寝転がるアユダルに覆いかぶさるようにして、客は顔を近づけた。
「……っ」
あっ! キスされる―――っ?! …と身構 え、アユダルはあわてて目を閉じる。
…だが、途中で客はフッ… と小さなため息をつき、顔を近づけるのを止めてしまう。
「アユダル…」
「……はい?」
あれ? 何で止めちゃうの?!
名前を呼ばれて、アユダルはおずおずと目を開け、自分をじぃっ… と見下ろす、青玉色 の瞳を見あげた。
「お前は… その、キスは大丈夫か?」
「はい?」
「娼婦や男娼の中には、キスを嫌がる者がいると聞いたことがある… 身体は売っても、心は恋人のものだという意味らしいが…?」
客は困った顔で、アユダルにたずねた。
「僕… 僕には恋人なんていませんよ?! いたとしても… 男娼になる時、別れたと思いますし…」
「なるほど、それもそうだな… それでキスは平気か?」
「はい! 僕はキスをしたことが無いので… 旦那様がよろしければ、お願いします… ええっと… その… 教えて下さると、嬉しいです」
ううっ~… 自分で言ってるうちに、すごく恥ずかしくなって来た! 初めてのキスを自分から、ねだるなんてぇ~!
「そうか… わかった」
客はゆっくりと顔を近づけ、アユダルの額にチュッ… と軽くキスを落とし、ホッ… とした様子でほほ笑む。
「・・・・・・」
わあっ! この人、僕が初めてだと聞いて、すごく… すごく… 気をつかってくれているんだ?! 僕は男娼なんだから、もっと好きにして良いはずなのに…… 優しい人…
ドキドキとしていたアユダルの心臓が、突然キュゥゥゥッ…… と何かに捕まえられたように、息苦しくなった。
客の温かい唇が、アユダルの唇にチュッ… と軽く落ちて来た時は… 心臓がドクンッ…! と跳ねて、その後にギュウンッッ……! と大きな手で、にぎりしめられたみたいに痛みだす。
「あ… あの! 旦那様…? お名前をお聞きしても良いですか? 僕を… 初めて抱く方の… お名前を憶 えておきたいのです」
アユダルは勇気を出してたずねてみる。
「レウニール」
「レウニール様…?」
「ああ…」
「お名前をお呼びしても… 良いですか?」
「好きにすると良い」
「ふふっ…」
男娼に名前を聞かれるなんて、嫌がるのではないかと思ったけど…
嬉しくて思わずアユダルは笑ってしまう。
レウニールも気分を害した様子も無く、ニコニコと笑うアユダルに釣られたように、微笑み返す。
「アユダル…」
背中がゾクゾクするような、低く艶 のある声でレウニールに名前を呼ばれ、今度こそアユダルは成熟したキスで唇を奪われた。
「んんっ…!」
僕に初めてのキスをして… 僕を初めて抱く人の名前はレウニール様! とても美しい、アルファの男性レウニール様!!
アユダルはギュッ… と締めつけられるように痛む胸に、自分を初めて抱く男の名前を、深く刻 み込んだ。
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