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第35話 夜明け前

 カチッ… カチッ… 小さな金具を引っ掛ける金属音が、薄暗い室内で響き… アユダルはふと目覚めたが、寝ぼけまなこでぼんやりと天井を見ていた。 「なんだ、アユダル… 目覚めていたのか?」  ギシリッ… と(きし)む音を立てて、騎士服を着たレウニールがベッドに腰を下ろす。  腰には幅広の剣帯を締め、剣まで下げていて、あとはマントを上から羽織(はお)れば、レウニールの帰り支度はすべて整う状態だ。 「レウ…ニー…ル…様…? んんん~っ…??」  もう、帰ってしまうの? ああ… レウニール様を引き止めたいのに眠くて、身体が重い… そうだ、僕を愛人にしてくださいと… お願いだけでもして… 僕の気持ちを伝えないと…… ううっ… 眠いぃぃ……  ふあぁぁ~~ と… アユダルは大きなあくびをして、眠くてパッチリと開かない目を、指先でこする。 「無理をさせたな、すまない… まだ夜明け前だから、もっと眠ると良い…」  微笑みながらレウニールは屈んで、小さな額にキスを落とし、アユダルの乱れた茶色の髪を丁寧に手櫛(てぐし)()いだ。 「んんん~…?!」  あれ… 気のせいかな? レウニール様… 笑っているのに、すごく寂しそうな顔をしている…? 何で? どうして?  アユダルはレウニールの大きな手を捕まえて、自分の頬をスリスリとこすり付けて甘えた。 「このままお前を(ひと)()めにして、私の手で幸せにしたかった! 私が隠者(いんじゃ)のままなら、お前を妻に出来たかも知れないが… 私は王太子殿下に忠誠を誓い、騎士団に復帰すると約束してしまったから… 殿下を守るために、お前をここに置いて行くしかない…」  権力争いが最も激しい場所へと戻るレウニールは、自分の弱点になりうるアユダルを、側に置くわけにはゆかないのだ。 「・・・っ」  妻?! 僕を置いて行く?! 待って、レウニール様… 置いて行かないでください… ああ… だめだ… 眠くて、眠くて、頭が回らない… 「お前ならきっと、素晴らしい治療師になれる… 誰からも尊敬され、愛される… この国の宝物のような治療師に…」 「レウ…ニール…様…」 「私の孤独を癒してくれてありがとう、アユダル… お前がこの国で生きていると思うだけで、私は頑張れそうな気がするんだ! お前の幸せを、心から祈っているよ… さようなら…」 「ん……」  レ…ウ…ニール…様ぁ… ああ… 眠い、もう……だめ…ぇ……  眠気に勝てず、アユダルは重いまぶたを閉じた。   スゥ――… スゥ――… スゥ――… と穏やかな寝息を立てて、あっと言う間に眠ってしまった、アユダルの唇にレウニールは、最後のキスと愛の言葉を贈った。 「可愛いアユダル、愛しているよ… 愛している…」  夜が明ける前に、レウニールはアユダルを置いて去った。

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