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第36話 別れの後

 トンッ… トンッ… と肩をたたかれ、アユダルは目覚め、うう~ん… と、寝転がったまま背伸びをする。 「ほらほら、あんた! 早く食事をとって、治療師様の所へ行きなよ!」  ベータの女性使用人に声をかけられ、アユダルは(だる)い身体をノロノロと起こした。 「んん?」 「もう! 娼館なんかで、いつまでも寝ていたら、他の子たちのように、尻から根を張っちゃうよ?! 出て行けるなら、早く出て行きな!」  ベータの女性使用人は、言葉はきついがアユダルのためを思い、厳しい言葉で娼館を追い出そうとしていた。 「でも、僕はまだ治療師様に、見習いをするかどうか返事もしていないよ?」 「何をノロノロしてるんだい?! あんたみたいな地味で不器用な人間が、まさか男娼を続ける気なのかい?!」  ベータの女性使用人は怖い顔で、アユダルをにらんだ。 「そうではなくて僕は…」  男娼は辞めるけど… いつまでも側にいられるように、僕はレウニール様の愛人に… 『お前の幸せを、心から祈っているよ… さようなら…』  不意にアユダルは、眠る直前に… レウニールに告げられた別れの言葉を思い出した。   「そんな…!」  僕はまだ、気持ちを伝えてないのに… レウニール様に何も伝えてない!! そんな… そんな…! もう、会えないの?! 2度とレウニール様に会えないの?!  顔を真っ青にして、アユダルは呆然とした。 「おやおや! これは困ったねぇ!! こんな高価な忘れ物をするなんて… さすが金持ちのお貴族様は違うねぇ~!! まぁ、そのうちお(やしき)の使用人か誰かが、取りに来るだろうけど…」 「…忘れ物?」  ベッドの上で、レウニールに抱かれた(あと)が残る肌をさらしたまま… 動揺し身体を震わせていたアユダルの耳に、ベータの女性使用人が放ったあきれ声が届く。 「ほら、これだよ!」 「あっ!」  ぽんっ… と放り出すように、ベータの女性使用人に渡されたのは、レウニールが手首にはめていた、精緻(せいち)な金の装飾がほどこされたアルファ用の抑制リングだった。  何でこれを忘れていったの? だって、一緒に置いてあった僕の抑制リングは、レウニール様が僕の手首にはめてくれたのに? 何でその時、レウニール様は自分の手首にもリングをはめなかったの?!  忘れて行くことの方が、難しい状況だったことを思い出し… アユダルはハッ… と気づく。 「リングを忘れていったのではなくて… レウニール様はリングを置いて行ったの…?」  ……もしかして、レウニール様… また僕に会いに来るという意味ですか?! 『お前ならきっと、素晴らしい治療師になれる… 誰からも尊敬され、愛される… この国の宝物のような治療師に…』  あなたは僕が立派な治療師になるのを、見守ってくれると言うのですか?!  レウニールの抑制リングを胸に抱き、アユダルは泣いた。  嬉しいけれど… 同じぐらい切なくて… アユダルは涙が止まらなくなった。 

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