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第2話

 九曜と幻以は、弟子たちに導かれて洞窟の奥へ進む。  師匠の孔雀の部屋で待っていたのは、碁盤を挟んで座敷に座っている、孔雀と翼弦の二人だった。  九曜と幻以の登場に、二人の仙人は碁を打つ手を止めて、二人を見上げる。 「ご遊戯の最中に、ご無礼つかまつります。お久しぶりです、師匠、翼弦様」  幻以が頭を垂れて二人の仙人に挨拶し、九曜もそれにならって頭を垂れると、孔雀は軽くうなずいた。 「お前たち二人の睦まじさはかねてより聞き及んでいたが、まさか、色恋沙汰に発展するとはな。私も洞察力が足りぬな」  孔雀が苦笑して友人の翼弦を見ると、翼弦は背にある大きな鷲の翼を一度大きくはためかせ、のびやかな顔で、やや困惑気味の顔をした。 「こちらとしては残念でならぬが……お主が幸せになるのが一番だ」  翼弦から慈悲深い言葉をもらい、九曜は恐縮して体を震わせた。  九曜の凌雲山への移籍は、一度締結されたものだ。翼弦は体面を汚されたことになる。それなのに許すというのだ。 「申し訳ございません、翼弦様」 「よい、九曜。行け」  翼弦は再び碁盤に目を落とした。  九曜は翼弦が幻以を無視したことと、翼弦の押し殺した声が気になったが、幻以の袖を引いて部屋を出た。  九曜と幻以、そして弟子たちが廊下に出ると、九曜はかたわらで視線を感じた。幻以の視線だ。  幻以は九曜の表情をまじまじと観察している。幻以は翼弦を意識している、と九曜は悟った。  九曜はもともと、見初められて翼弦のところへ行く予定だったのだ。  九曜は幻以と九曜の師匠、孔雀の稚児だったこともあり、翼弦のところへ移籍するということは、当然そのような関係に至ることを意味する。  幻以の視線を感じつつ、九曜がしばらく歩いていると、先頭を行く沙羅が振り返った。 「大師兄、長旅でお疲れでしょう、汗を流してはいかがですか?」  沙羅が九曜と幻以に提案した。 「ああ、そうさせてもらう」  九曜もちょうど汗を流したいと思っていたところだった。 「お二人のお部屋はそれぞれ、今まで通りです。調度から書物まで、一切、動かしておりません」  そう言うと、沙羅は弟子たちを引き連れて足早に別の道へ行った。   弟子たちが去り、廊下には九曜と幻以だけになると、突然、九曜は殺気を感じた。  九曜が思わず逃げ出そうとした時、九曜は幻以から肩をつかまれて壁に押しつけられた。  幻以が覆いかぶさってきて、九曜の唇に噛みつくように幻以の唇が重ねられた。  幻以は九曜の唇を無理矢理こじ開けて、唇を食む。  執拗な口づけに、九曜は仕方なく応じて舌をからませた。  普段から力が有り余っている幻以から衣服を剥かれて、肩が剥き出しになった九曜は、さすがに焦り始めた。  息づかいの間隙を見計らい、九曜はなんとか幻以から唇を離し、荒い息を吐きながら幻以をにらんだ。九曜の唇には薄く血がにじんでいた。 「獣か? お前は」 「不安でならないからだ。他の男を見るな。俺を愛しているという証拠を見せてくれ」  真摯な声と目で言われて、琥珀の瞳は戸惑う。 「……時と場所をわきまえたらどうだ」 「九曜、お前は俺のものだと言ってくれ」 「私は……」 「私は?」  幻以から畳みかけられて、九曜は口をつぐむ。気恥ずかしくなってきたのだ。人の目がないのが幸いだ。 「お前の……ものだ」  九曜は頬を染め、かすれた声で言った。 「とりあえず、一緒に汗を流そう」  九曜は幻以の腕をすり抜けると、乱れた衣服を直して先に歩き始めた。

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