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第3話

 九曜と幻以は洞窟内にある湯殿に入った。自然の岩窟にある温泉だ。  入口の脇には二人分の着替えが用意されていた。  もうもうと立ち込める湯気の中で九曜が衣服を脱いでいると、幻以が九曜に襲いかかってきて九曜を壁に押しつけた。 「幻以っ」  九曜は壁にぶつかった衝撃で、息がつまりそうになった。  九曜が翼弦と会ってから、幻以は殺気立っていた。  幻以は今でこそ礼節をわきまえた立ち振る舞いをしているが、もとはといえば感情や力の制御ができない男だった。  幻以はもともと手がつけられない乱暴者で、親から仙人の仙洞にあずけられたのだ。  仙洞で仙人の弟子として修業する身となってからも、幻以の性向は改められず、幻以の機嫌が悪い時は新参者の弟子は血を見ることになった。  そんな幻以から猛然と襲われたら、ひとたまりもない。  幻以から衣服を引き裂かれた九曜は、思わず目を閉じた。  幻以の獰猛な息づかいを肌で感じていると、暴力的なほどに熱い、痛みをともなう口づけが降ってきた。  幻以のそれは、まるで、独り占めをした餌を食んでいるような行為だった。 「うあぁ……痛い……っ」  九曜の悲鳴など無視して、幻以は九曜の肌に執拗な口づけを続ける。幻以は九曜の肩や腕に、鮮明な歯形を残していった。  肉に突き刺さる歯の痛みに耐えながら、九曜はぼんやりと、服用している薬のせいかもしれないと思った。  現在、九曜は妊娠を望んでいる。そのため、九曜は幻以の里に伝わる秘薬を服用しているのだ。  それは男性も孕むことができる秘薬だった。  秘薬には副作用があり、服用した者はまぐわいの対象となる者を惹きつけるという。  幻以の興奮は、性向によるものではなくて、薬の服用によって生み出された副作用のせいかもしれないのだ。 「痛い……っ、幻以……っ」  九曜は幻以を手で押しのけようともがいた。このままでは本当に食べられてしまう。  肉を食まれる痛みで九曜の目から涙がこぼれたその時だった。  ふと九曜の肩から幻以の唇が離れた。  我に返った幻以は九曜の肩に自身がつけた傷口を舐め始めた。 「九曜……すまん、我を忘れていた」  幻以は九曜の髪に触れ、自身が傷つけた場所に優しく口づけしていった。 「まったく……お前と接していると……生傷が絶えん」  呆れながらも次第に九曜の心は落ち着きを取り戻し、幻以のあふれる愛情を享受し始めた。  閉ざされた空間に、九曜の艶やかな声が響きわたる。  温泉から立ち込める靄の中に、とある仙人の目があることも知らずに。

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