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第8話
人間がたどり着けないはるかな高み、雲をつんざく凌雲山の山頂に、翼弦の居城、金翼宮はあった。
金翼宮は岩山にある洞窟を住処とした泡沫洞と違い、山頂に建てられた壮麗な宮殿だった。
九曜を抱いた翼弦が金翼宮の前庭に着くと、鷲と背に鷲の翼の生えた有翼人の眷属が、主人の翼弦を出迎えた。
「お帰りなさいませ、翼弦様。その方は?」
手に提灯を下げ、背に鷲の翼を生やし、流麗な仙女の衣装をまとった女性が翼弦に尋ねる。
「私の愛人だ。九曜という」
翼弦の言葉を聞いた九曜は反論しようとしたが、発生したはずの声が空気を震わせなかった。
(私は幻以の妻だ。断じて愛人ではない!)
「九曜というと、泡沫洞の高弟の九曜殿でございますか? 以前、弟子としてお招きになられるところを妨害された、あの……」
女性が翼弦に聞くと、翼弦はうなずいた。
「そうだ。色々あって、取り戻した。九曜と積もる話があるゆえ、今宵は誰も寝室に入れるな」
「承知いたしました」
女性は頭を垂れると、翼弦に道を開けた。
翼弦は九曜を抱いたまま宮殿の中へと入って行った。
翼弦を抱いた九曜は、長い廊下を進む。室内は床から天井まで、極彩色かつ螺鈿の象嵌や彫刻の豪華な装飾が施されていた。
翼弦の腕の中で、九曜はずっと憤まんを抱えていた。
(私は翼弦様の愛人ではない……!)
声に出そうにも、翼弦がかけた術のせいで、いかんせん、声が出ないのだ。
九曜は声のない声で必死に訴え続けた。
角を曲がって人の気配が完全に消えた時、術が解けて、必死に喚いていた九曜の声は音量をともなって廊下を響かせた。
「……は、愛人ではありません!」
翼弦はくすくすと笑いながら、それでも首肯することはなかった。
「九曜よ、お主はどのような状況下でも、気丈よの」
「私は断じて貴方のものではないからです。貴方が修行を積まれた高名な仙人であっても、このまま丸め込まれるわけにはまいりません」
「はてさて、いつまでそのような口がきけるのやら」
不穏な言葉を聞いた九曜は、翼弦の腕から逃れようと暴れた。
「帰ります。降ろしてください!」
九曜が翼弦の腕の中から飛び出す寸前、九曜は翼弦の手により腕から放り出された。
中空を舞った九曜の体は、廊下の突き当たりにある扉の開いた寝室に飛んで行き、寝室にしつらえられた天蓋つきの巨大で柔らかなベッドの上に叩きつけられた。
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