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第20話

 九曜は胸の内に沸き上がった疑惑を面に出さずにそっと六花を観察した。  女官たちの話によると、六花は木龍こと幻以から優しくされているという。  九曜はその理由を考えあぐねる。ちなみに幻以は基本的に男色ではない。九曜以外を選ばなければならないならば、女性を選ぶ男だ。  そして幻以は際立った者、自分と同格の者しか相手にしない。  目の前にいる娘は、容姿だけで判断するならば、幻以が惹かれる要素など皆無だ。  少なくとも現時点では。  もしかすると幻以は自分がいないところで密かに対抗馬を育てているのか。 (こんな貧相な小娘など、化粧をほどこしたところで、当分の間は役不足だ。成熟する前にここから脱出する解決策を見つけるさ)  九曜は改めて六花を見つめると、余裕の笑みを履いた。 「六花、お前は人間だな?」 「はい。郷里が飢饉で、私の家は兄弟が多かったので、口減らしのため、自ら命を絶とうと思い雪の降り積もる山に入りましたが、ちょうど通りかかったこの山の眷属の方のお導きでここで働かせていただくことになりました」  六花は淡々と語ったが、仙人のもとで修練を積んだ九曜の脳裏には壮絶な寒村の情景が浮かんだ。  九曜もまた、遊牧民の王子として生まれながら、幼い頃に蛮族から襲撃されて一族が離散するという壮絶な体験をしていた。  身につまされる思いはあれど、九曜はそれを、やはり面に出さない。  感傷的な表情が似つかわしくない顔立ちをしていることを、とうの昔に自覚している九曜だった。  同情を示せば、きっと、わざとらしくなる。  おまけにこちらが痛手を負っても、同情などされないのだ。 「ほう……」  淡白な応答だけだったが、六花に落胆する気配はなかった。 「九曜さんは? 私と同じ人間のようですが……」 「お前と同じ人間だ。他の山の仙人のもとで修業していた。事情があり、ここへきた。私のことは内密にしておいてほしい」 「九曜さんは下男ではないのですか?」 「違う……いずれ、わかる」  九曜が宝物庫の彫像だと六花にばれないのは、彼女がまだ宝物庫に訪れたことがないからだ。  新米の女官には重要な仕事を任せられないからなのだろうが、九曜が何者かが判明するのは、時間の問題だ。  九曜はそれとなく月光を浴びていた丸窓から夜空を見上げた。  月がだいぶ西に傾いていた。  月光を充分に浴びられなければ、九曜はまた彫像に戻ってしまう。  胸元にぶらさげた鏡を使うにしても、月が沈みすぎては操作が難しくなる。  宝物庫に戻るまでの時間を考えなければならない。 「では、私はそろそろ帰る」  お茶を飲み干してから、九曜は椅子から立ち上がった。 「はい。今日はありがとうございました」 「お茶、おいしかった」 「これは、下男の木龍さんという方が用事で外出した時のおみやげなんです」  木龍、と聞いて、去ろうとした九曜の足がぴたりと止まる。 「いつもよくしてくださって」 「……そうか」   六花から戸口まで見送られて、九曜は部屋を後にした。

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