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第25話

 まだ夜が明けないうちにだるい身体を起こした九曜は、寝台から降りて湯浴みに向かい、帰途に就いた。  私室の丸窓から差し込む朝陽を浴びながら、避妊薬を調合しようか、などと考え込んでいると、六花が訪れた。 「九曜様、もうお目覚めですの?」  六花に続いて、朝餉の膳や水差しを持った女官が続く。  そして最後に翼弦が現れた。顔には満面の笑みを湛えている。 「ぐっすりと眠れたか? 九曜よ」  言いながら、翼弦は窓辺にたたずんでいる九曜のもとに歩み寄る。  翼弦は九曜の目の下の隈を目敏く見つけた。 「ん? 目の下に隈ができておるが……もしや、私を想って眠れなかったのか?」  九曜はからかうような口ぶりの翼弦の言葉を聞き流し、内心で湯浴みを終えていてよかったと安堵した。  翼弦は勘がいい。汗を流さずにいたらすぐに彼の異変に気づいたことだろう。  九曜は翼弦から促されて朝餉の支度がなされたテーブルへ向かう。  その際に九曜の視界に見覚えのある人物が入り込んだ。  何と、女官たちの中に木龍が紛れているではないか。  九曜が木龍の存在に気付いたのと同時に、翼弦は九曜の前に回り込む。 「昨日倒れたと聞いて、お主の身を案じた木龍も来ておるぞ」  言うと、翼弦の微笑は少々暗いものとなった。  九曜は木龍を呼んだ翼弦の意図がわからないまま席に着いた。テーブルの上にはとても朝食とは思えない豪勢な料理が並んでいた。 「お主のために滋養の付く食材を取りそろえた」  九曜の向かいの席に着いた翼弦はそう言って、意味深な眼差しを向ける。 「どういう、意味で、ございましょう」  動揺した九曜は言葉を途切れさせた。  木龍への牽制か、はたまた今まで代理を務めさせていた木龍から九曜を取り戻すという意思表示か。  とにかく、翼弦が木龍を朝餉の場に呼んだのには狙いがあるようだ。 「言葉通りの意味だ。私の子を産んでもらわねばならぬゆえ、な」  熱烈な愛情を宿した翼弦の言葉を受けて、九曜は一瞬、視界の端で瞠目と強烈な殺気がほとばしったのを感じた。 (ばれた……幻以に私が子が産めるようになってしまったことがばれてしまった)  翼弦は勘がいい。今の一瞬で封じ込めた木龍の激情を確実に読み取ったはずだ。  その証拠に、翼弦の笑みが深くなっている。 「その件は、どうぞ、お諦めください……私はもはや、翼弦様にふさわしくありません」 「黙れ。この私が望んでおるのだ。食事を始めよ」  翼弦の鋭い視線に威圧されて、九曜はうなだれたまま箸を取った。  昨晩六花が言っていたように、この世で神仙に逆らえる者などいない。 「九曜よ、無駄なことは考えぬことだな。例えば避妊薬の調合など……そこは六花に厳しく命じてある」  箸を取り落としそうになって、九曜は動揺を諫める。 「突然……不可解なお言葉を」 「顔にそう書いておる。お主は愚鈍なふりなどできぬ」 (これは、凌雲山から脱出するには、相当慎重に事を進めなければならないな)  九曜が心の奥底で翼弦に悟られぬように独りごちた時。 「洞主様、食前のお薬をお飲みください」  女官が薬湯が入った湯呑みを翼弦の前に差し出した。  湯呑みに目を落とした翼弦が九曜に改めて目を向ける。 「九曜、これは例の傷を治す薬だ。お前の口から飲ませよ」 「えっ」  九曜は驚いて顔を上げた。 「早う。汚された身で今さら抵抗する理由などないではないか」  翼弦は木龍の正体が幻以だと気付いていない。  木龍に汚された九曜が翼弦を今さら拒むのは辻褄が合わないのだ。   九曜は立ち上がり、翼弦のもとによろよろと歩み寄った。湯呑みを手に取り薬湯を口に含むと、木龍の見ている前で、九曜は翼弦の頬に触れ、そっと口付けして薬湯を流し込んだ。  それがどれほど彼の怒りを買う行為なのか、想像するだに身の毛がよだつのを諫めつつ、九曜は唇を離す。  翼弦は自分の頬を支えていた九曜の手を握りしめ、憔悴して顔を背けた九曜の顔に得意満面の笑みを投げかけた。 「お主が抱けるように、早く治るよう努める。私の妃になれ」  「ご無理を……」  憔悴のあまり、九曜はそこで口をつぐんだ。

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