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第24話

 九曜は目を凝らす。  暗闇の中に立っていたのは、木龍だった。 「いつからそこにいた?」 「今来たばかりだ」 「長旅の同行で疲れただろう? お茶を淹れようか」  九曜は身を起こして寝台から出て湯を沸かそうとした。  そんな九曜を木龍が引き留める。 「そんなことはどうでもいい。聞いたぞ。昼間、倒れたそうだな」 「ああ、久しぶりに陽光の下を歩いたから気分が悪くなっただけだ」  九曜は笑みを浮かべて場を取り繕うように言った。真実を伝えれば、状況がどう転ぶかわからないからだ。  だが木龍の目は苛立ちを宿した。 「嘘を吐くな。何か隠しているな!? 出立前からお前は様子がおかしかった。帰ったら問い質そうと思っていた……」 「それは……」  それは木龍が六花に優しくしていると聞いた九曜が少し不機嫌になっていただけで、今現在動揺している理由とは別件なのだが、寝起きの九曜にはうまい言い訳が見つけられずに言い淀んだ。 「今日お前は翼弦と二人きりになったそうだな。翼弦に関係することか!?」  木龍は椅子を蹴飛ばしてまくし立てた。 「馬鹿っ、物音を立てるな。お前が来たことを誰かに気付かれたら……!」  木龍こと幻以は、感情に火が付いたら止められない。彼を諫めようと、九曜はすかさずその場に跪いた。  闇の中、手探りのような状況で、九曜は木龍の陽物を引きずり出すと懸命に奉仕した。  やがて窓から月明かりが差しこんで、室内の光景をあからさまに照らし出す。  月明かりに照らされた九曜の奉仕は恥じ入るどころかますます大胆になった。  夢中で愛撫を続けていた九曜がふいに見上げると、木龍の顔は苛立ったままだった。 「……怒っているのか? 私は何も隠してなど……」  木龍は九曜の髪を引きつかみ、無理矢理立ち上がらせた。  九曜の額から汗が一筋流れ落ちたのを、木龍は見逃さなかった。  九曜を強く睨み付けると、次の瞬間、木龍は九曜の寝間着を勢いよく引き剥がすと、あらわになった九曜の白い肩口に、情事の痕があるのを見咎めた。 「これは何だ!? どう言い逃れするつもりだ!?」  気色ばむ木龍に琥珀の瞳がおののく。  九曜は木龍に気圧されて一歩後じさった。 「今日、翼弦様と二人きりになった時に押し倒されたが、私は……まだ奪われてはいない……なぜなら翼弦様の傷はまだ癒えていないからだ」   「どうだか。身体を見せてみろ。全部だ」  九曜は覚悟を決めて衣服を全て床に脱ぎ捨てた。  九曜の白い肌の上に残された翼弦の痕が闇夜に浮かび上がる。  木龍の憤激はただごとではなかった。彼の視線は九曜の肩口から首筋、胸元に移動して、最後に下肢に至った時、九曜は恥じ入ってうつむいた。  九曜の下肢には黄色に朱墨で呪いの文言が書かれた札が斜めに貼り付けられていた。  昼間の未遂に終わった情事の後に、翼弦から貼られた禁欲の札だ。 「何の呪いだ? 説明しろ」 「翼弦様の怒りが解けて自由の身になったが……禁欲を命じられたのだ」  それは自分の目の届かないところで情事に至らないようにとの、翼弦が施した浮気防止の呪いだった。    自分を害した九曜を折檻するために代理として用いた木龍を意識しているのに他ならない。  九曜が少しでも興奮すれば、薄い紙でできた札は破れてしまう。  禁を犯せば、翼弦のところに知らせが届く。 「だから、お前と繋がることはできない。さっさと帰れ」  服を着ようと身を屈ませる九曜を木龍は制する。  木龍は九曜の下肢に貼られた札に手を当てた。  木龍の手の平を通して仙力が注ぎ込まれ、九曜は思わず呻いた。 「俺がお前の興奮を押さればいいだけだ。房中術の修行といこうか」 「や、やめろ……幻以……人が来たら……」  九曜はもう一つの気がかりを言葉にできないまま、木龍に押し倒されて目の前にあるテーブルに仰向けになった。 「だ、駄目だ……今は……まずい……」 「俺を拒むのか? 翼弦に心移りでもしたか?」  陰鬱な言葉と共に木龍から激しい怒りをぶつけられて、九曜は身をすくませた。  太医から聞かされた昼間の言葉が九曜の頭をよぎる。  妊孕性を帯びた九曜の身体との交接は木龍にとって危険を意味する。  九曜が妊娠してしまえば、翼弦に禁を犯したことが発覚してしまうからだ。 「違う……声を聞かれてしまったら……」  九曜は拒む言い訳を口にしたが、疑惑の眼差しを向ける木龍には効き目がなかった。 「では声を封じてやろう」  残酷な言葉一つで九曜の言葉は封じられてしまった。  出口を無くしてしまった欲望は、木龍に追い詰められて九曜の身体の中で熱い奔流となって駆け巡った。

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