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第23話

 彫像から人間に戻り自由の身をなった九曜は、翼弦から部屋が与えられ、そこで夜を過ごすこととなった。  夕餉を終えた九曜はテーブルの前の椅子に腰かけてぼんやりと窓の月を見上げていた。  翼弦の傷はまだ癒えておらず、彼は寸でのところで危機を逃れた。  だが彼が翼弦のものになるのは時間の問題だ。  彼は翼弦の行幸に同行して帰ってきた幻以こと木龍とはまだ会っていない。  出立前に幻以を袖にしたこともあり、彼は孤独を噛み締めていた。  夜が更けゆき、就寝の時間に差しかかった時だった。 「失礼します」  戸口から少女の声がした。  夕餉の折りに女官から九曜に侍女を付けるとの知らせがあった。  きっと挨拶だろうと思った九曜は戸口の方を振り向いた。  部屋に現れたのは新米の女官の六花だった。 「お前は……」 「改めまして、九曜様付きの侍女として選任されました、六花です」  六花は丁寧に頭を垂れて、九曜の方へ近づいてくる。六花は非常に恐縮していた。 「まさか、九曜様が洞主様の……お妃になられるお方だとは、存じ上げず……」 「気にしないでくれ。あと、妃になるというのは、翼弦様の勝手な願望だ。私の望みではない」  九曜がきっぱりと言い切ると、六花の顔がさっと青ざめる。 「九曜様、何をおっしゃいますの? ここ凌雲山で洞主様に逆らうことは、死を意味しますわ。聞けば、九曜様は洞主様のご勘気に触れ、これまで懲罰を受けられていたとのこと。命を奪われずに済んだのは洞主様がご寛容であらせられたからですわ。有難くお思いになられませんと」 「生憎だが、私は伴侶がいる身だ」 「それがどうしましたの? 洞主様は神に等しいお方ですわ。洞主様よりも素晴らしい方などおりません」  らちが明かない。九曜は思った。凌雲山で翼弦に仕える者は全て翼弦を崇拝している。  この山にきたばかりだというのに、六花はもうすでに女官として心得ているようだ。 「もういい……」  九曜が頭を抱えて溜息を吐いた時、視界に入ったものがあり、そこに目を向けた。  それは六花の着物の帯に垂れ下がっている小さな玉佩だ。  不思議なきらめきを持つ玉を彫ったもので、意匠は蚩尤だ。  九曜はその蚩尤紋に憶えがあった。幻以の家の始祖を象った家紋で、祭事に使用する。 「それは……?」 「ああ、これですか?」  六花は玉佩に触れる。 「洞主様の湯治に同行した木龍さんからお土産でもらったんです。何でも、お守りになるそうで。困った時にお願いしたら、太古の神の加護が得られるそうです」 「ふう……ん」  九曜はこともなげに視線を逸らした。だが彼の内心は穏やかではなかった。  なぜ幻以は家系の意匠を象った物を目の前の少女に贈ったのか。彼女に好意があるからではないのか。ただの目をかけている小娘ではなく。  彼の疑惑が確信に近付いていく。 「私はもう寝る」 「そうなさいませ。今日はお倒れになったと聞きましたし、しっかりと休まれた方がいいですわ。今、お床の準備をします」    六花は床の支度をすると、退出した。  六花によると、今日は本人の旅の疲れもあり、翼弦の呼び出しはないとのことだった。  九曜が床に就いて数刻経った。  浅い眠りから覚めて九曜が目を開けると、目の前の暗闇の中に立っている人影があった。       

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