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第22話
誰かの話し声で九曜は目を開けた。
九曜の視界に飛び込んできたのは重厚で美しい設えの、先ほど訪れた翼弦の居室の光景だった。
そしてここは寝台の上だ。
「──お体に妊孕性が認められました」
枕辺で太医の声がするが、何のことだか九曜にはわからない。
九曜は視線を下に移動させた。
寝台の傍らにある椅子に、見事な鷲の翼を畳んだ翼弦が腰かけている。
太医の声を聞いた翼弦は、始めは奇妙な面持ちをしていたが、次第にその顔は明るく喜びに満ちたものとなった。
「おお、ではこの者は、まことに私の妃になれるということか?」
「左様にございます、洞主様。九曜様には洞主様のお子が望めます」
太医の言葉から何やら嫌な予感がして、九曜は上体を起こして後じさった。
(まさか)
凌雲山にくるまでの間、九曜は夫婦となった幻以との間に子を授かるために幻以の家に伝わる秘薬を服用し続けていた。
今頃になって彼の薬の薬効が現れてきたというのか?
九曜の様子など気にも留めず、翼弦は立ち上がって九曜に迫り、彼の手を取る。
「聞いたか、九曜よ。お主は妙薬を服薬していたようだな。そのせいで、子が産めるらしいのだ。長らく生きていたが、このようにめでたきことが待ち受けていようとは」
「翼弦様ったら、お気が早うございますわ」
そばで見守っていた女官が軽やかな笑声を響かせる。
翼弦は気にせずに九曜の指先に口づけの雨をふらせる。
そうしているうちに、空気を読んだのか、太医も女官も退出した。
九曜と翼弦の二人だけになると、翼弦の瞳はさらに熱くなった。
「九曜よ、私に歯向かったことは許す。私の妃になれ。公主を産んでくれたのなら、お主を下にもおかぬ。お主との子供ならきっと美しい翼の子が産まれる。飛び方なら私が教えるゆえ心配は要らぬ」
「私が子が産めるようになったのは、夫の幻以のために飲んでいた薬のせいです。私を妃にとのお申し出はありがたいのですが、私は下男に汚された身です。どうぞお見捨ておきください」
九曜は咄嗟に言い訳を思いついたのだ。木龍の相手をしておきながら、翼弦からの申し出を断るのでは筋が通らない。自分を卑しめることで求婚を辞退するしかない。
「お主は本当に誇り高いの。気に病むな。木龍にはもう指一本触れさせぬ。私がお主を清めてやる。木龍のことなど忘れさせてやる」
にじり寄る翼弦に九曜はさらに後じさった。九曜がどれだけ汚れていようが、翼弦には効き目がない。さては、湯治で活力を取り戻したのか。
翼弦は九曜を押し倒し、強引に口づけする。
咄嗟のことに翼弦を拒めず、唇を塞がれた九曜は目を見開いた。
(幻以……!)
翼弦の手が寝間着の下に滑り込む。
肌に触れられただけだというのに九曜の身体がしなった。
例の妙薬が効果を発揮してきたせいだ。
(今頃になって……!)
翼弦は九曜の剥き出しの肌に唇を落としていく。
「おやめくださ……!」
九曜はそんな翼弦を引き剥がそうと躍起になった。
「清めてやると言っておる。木龍を受け入れて私を拒む理由などないはずだ」
翼弦から耳元で囁かれ、九曜は冷静になって考えた。
ここであまり取り乱しては、不審がられる。木龍の正体がばれてしまうかもしれない。
(やはり、受け入れるしかないのか……)
九曜が自分を諦めて鷲の翼に包まれてされるがままになったその時だった。
ふいに翼弦が眉をひそめ、片頬を引きつらせると、少々病んだ瞳で九曜を睨みながら身を起こした。
何ごとかと九曜が見上げると、翼弦の額に脂汗が浮かんでいる。疼痛を堪えているようだ。
(まだ……癒えていない……?)
「今日のところはここまでにしてやろう」
翼弦は憎々し気に言った。
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