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第27話

 木龍は九曜の顔を上げさせる。  「その顔は罪悪感を感じて反省している顔だな」 「あ、当たり前だ……私はお前と将来を誓い合った。なのに、そんなお前の前で別の男と……慙愧に耐えない……」  反省の言葉に木龍は軽く相槌を打つ。 「口だけならいくらでも反省できるがな」  顔だけは納得したようで、木龍はやはり九曜を許していない口ぶりだ。  暴力に移行する気配がして、九曜は身を竦めた。  次の瞬間、木龍の片方の拳が伸びて東屋の柱にひびが入った。 「俺はどんなに怒っても美しいものに手を上げたりはせん」  確かに、本人が言う通り、彼は昔からそうだった。九曜がどんなに幻以に理不尽な思いをさせようが、無礼な口を利こうが九曜に手を上げたことはない。他の何かが九曜の代わりに壊れるだけだ。だが幻以の怒りが暴力的な域に達しているのだけは九曜に伝わった。  九曜は焦りを覚える。ちゃんと弁解しなければ、東屋が壊れてしまう。 「翼弦様の仰せを断れば、お前の身が危うくなると思った。下男の木龍を受け入れて翼弦様を拒む理由がないからだ」 「辻褄が合わなくなると……お前は憎らしいほど頭がいいな」  全く許していない口ぶりで、木龍は九曜に噛み付くような勢いで口付けした。  九曜は泣きながら彼の口付けを受けた。彼の舌が入り込んでくるなり、九曜の全身が震えた。例の薬効のせいだ。  下肢に貼られた禁欲の札に思い至り、九曜は唇を離した。 「もう、よせ……札が破れる」  猛獣のような唸り声を響かせて、木龍は自身の腕の中で打ち沈む九曜を睨み付けた。 「妊娠できる身体になったそうだな」 「以前から飲んでいたあの薬……お前の家に伝わる秘薬を飲んでいたからな。今頃になって効果が現れてきたんだ」  九曜が怖れていた通り、木龍の顔に焦燥が浮かび始めた。 「一刻も早くお前をここから助け出さなければ……!」 「待て、焦るな。翼弦様の傷はまだ癒えていない。私が翼弦様の子を孕むことはない」 「それは時間の問題だ」  木龍が言った後、六花の声がかかった。  六花がこちらを振り向く前に木龍がぱっと九曜から身を引く。 「お二人とも、もうよろしいですか? 人がきますので」  九曜は木龍と別れて土手を下った。  六花のもとに戻った時、九曜ははたと六花との関係を聞き出すのを忘れたことに思い至る。  六花は満面の笑顔で九曜を迎えた。九曜は彼女に対する印象が今までと変わっていた。六花は一見翼弦に忠誠を誓っているようだが、袖の下次第であっさりと融通を利かせてくれる柔軟さがある、したたかな娘だ。  そんな六花の腰で揺れている玉佩には、何やら幻以の想いが込められているような気がする。  九曜が振り返ると、木龍は何事もなかったように薪割りをしていた。  六花の話によると、六花は翼弦から九曜と木龍を接触させないように命じられているらしい。九曜が木龍との逢瀬を積極的に希望するのは無理だ。 (またこのような機会を得たら、その時に徹底的に聞き出そう)  九曜は六花を連れて川沿いの散歩道を歩き出した。    

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