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第40話

 厚い雲の層を抜けて、二人は地上へ落ちて行った。  空を切る凄まじい音が九曜の鼓膜を刺激する。  真っ逆さまに落ちて行く中で、木龍を抱き締めていた九曜は、彼を抱き締める腕により一層力を込めた。  気持ちに応えるかのように、彼も九曜をさらに力強く抱き締めた。  九曜の脳裏に死、という言葉がよぎる。  この世から九曜と幻以という存在が消滅してしまう。  それも、あと数瞬で。  だが悔いはない。  彼への愛が貫けないのなら、自分が自分でいられなくなるのなら、悔いはないのだ。  地上が近付いてきて、九曜は覚悟を決めた。目を閉じて、お互いの安らかな終焉を願った。  刹那の後に九曜の体中に地面に叩き付けられた衝撃が襲ってきたが、不思議なことに、いつまでも痛みは襲ってこなかった。  それどころか、体が飛散した感覚もない。 (気を失ってしまったからか? もう私は肉体から遊離してしまったのか?)  九曜がおそるおそる目を開けると、視界に夜の暗闇が飛び込んできた。身を起こし、月明かりを頼りに辺りを見回す。  目の前を雲が流れ行くのを見て、九曜は未だに天上にいることがわかった。  春の花が咲き乱れるそこは、九曜と幻以が修行をした吉祥山の山頂にある庭先に似ていた。  ふいに後ろを振り向いて、洞窟に掲げられた扁額を見た九曜は、吉祥山なのだと確信した。 「どうして……?」  九曜は次に、自分の目下にわだかまっている人物に目を落とした。確認を後回しにしたのは、認めたくなかったからだ。  まさか、自分だけ生き延びたなどという悲劇を。  彼は木龍の姿のまま、九曜を守るように下敷きになっていた。 「……嘘だ……私だけなど……」  九曜は発狂寸前の昂ぶりを押さえた声で、息をしていない彼の頬に触れた。 「幻以──!」  叫ぶのと同時に、木龍の体は細かい粒子となって霧消した。  今までの出来事は全て幻だったかのように、九曜一人だけが残った。 「幻以? 幻以? どこへ──」  九曜は泣きながらあてどなく視線をさまよわせた。  すると洞窟の入口から灯かりを持った人影が見えた。  おさげ髪の少女、沙羅だった。吉祥山の弟子で、九曜が修行していた頃はよく面倒を見ていた少女だ。 「大師兄、お帰りなさい。きっとお戻りになられると思っていました。幻以大師兄がずっと山に籠って修法を行っていましたから」 「修法を?」  九曜は聞いた。  では、今までの彼は何だったのか。共に雲海に身を投じた最愛の夫は。  本当に幻だったというのか? 「幻以大師兄は九曜大師兄をお助けするために修法を行われ、つい先ほど、昇仙なさって地仙になられました」  「地仙に?」  にわかに全貌が見えてきた九曜は、凌雲山にさらわれた時から現在に至るまでの顛末に目を細めた。 (私としたことが、気付かなかった。彼は凌雲山に化身を遣わしていたのだ)  九曜は千里眼を使って洞窟の奥で座禅を組んでいる彼を遠視して、胸を熱くした。     

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