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第41話
九曜は沙羅に案内されて仙洞の奥にある幻以のいる部屋へ向かった。
剥き出しの岩肌と地面に囲まれた狭い空間のそこは、座禅等をする時に使用される修行用の部屋だ。
部屋に九曜がたどり着いた時には、幻以はむしろの上に寝かされていて洞内の大勢の者に介抱されていた。
「洞主様、大師兄が来られました」
沙羅は幻以を取り囲んでいる者の中にいる銀色の髪の男に声をかけた。
呼ばれて振り向いたその男は吉祥山の泡沫洞の洞主、孔雀だった。
彼は九曜に和やかな紫色の双眸を向ける。
「来たか。お前の夫は見事昇仙を果たしたぞ。仙になった。実にめでたい」
「ありがとうございます」
礼を述べるものの、九曜は内心気が気ではなかった。
仙人になったのはいいが、目の前の幻以は倒れていて容態が不明だ。九曜の目には彼の顔に死相が出ているようにも見えた。
「人間としては生を終えたも同然だが、心配は要らぬ。数日もすれば目覚める」
「孔雀様はまさか……我々の身の上に起きた出来事を全てご存知なのですか?」
「この私がお前達の事情を把握できぬと思うのか? 私が手を貸さなかったのは、こたびのことはこの男の試練だと思ったからだ」
九曜は叫び出したい気持ちを押さえて、それを長い溜息に変え、改めて神仙の奥深さを実感した。
九曜が仙人で自身の囲碁仲間の翼弦にさらわれたこと。
それを知った幻以が道侶を取り戻さんと、自分の化身を天空にある敵の牙城、翼弦の居城に向かわせたこと。
そして見事に道侶を奪還し、それらの過程で幻以がついに仙になったこと。
全てを知っていたのだ。
孔雀は微笑する口元を隠すように扇を開いた。
「九曜よ、添い寝してやれば回復が早まるかもしれぬぞ」
「はい……そう致します」
九曜の声には厳格な響きがあった。
孔雀が踵を返して去るのを、九曜は頭を垂れて見送った。
かつて、九曜は師匠である彼の稚児だった。
九曜には彼から他の弟子よりも慈しまれて彼と心を共にしていると幻想し、特別視されている自分を誇りにしている時期があった。
幻以の夫婦になってからは、九曜はもうそのような過去とは決別した。
今の九曜は師匠の所有物ではなく、幻以と道を共にする道侶なのだ。
幻以だけ人間の殻から脱け出て、そこから先の神仙の世界に行ってしまったが。
幻以がまるで神格化された血族のように洞内の弟子たちから担がれて厳かに別の部屋に運び込まれるのに、九曜は粛々と同行した。
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