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第2話

着替えを済ませて帰る、まだ媚薬が残っているのか、服がすれるだけで体がビクビクとして思うように足が進まない。帰ったらきれいに流してしまわないといけないな。ようやく家につけばため息を吐いた。 「ただいま……」 返事は帰ってこない。別に家族がいないわけではない、父親と弟がいる、母親は死んだ。弟は全寮制の高校に追い出している。家には父親がいる。 「風邪ひくよ」 部屋中に散らばった酒瓶、そこに酔いつぶれるようにして眠る父親、また大量に飲んだようだ。母親の死は、父を壊してしまった。布団代わりにタオルだけ父親にかぶせて風呂場に行く。 「んんっ……!」 シャワーを浴びるとその刺激で体がびくりとはねた、気を付けないと流しきる前に全部の体力が持っていかれてしまいそうだ。 「はぁ……はぁ……」 こんなものだろうか、時間をかけて流すと少しづつ落ち着いてきた。落ち着いてくると、別の時につけられた鞭の傷が痛み始める、さっさと洗って出てしまおう。体をぼんやりと眺める。 あぁ、汚いなぁ。汚れを落とすようにゴシゴシと力を込めてこする。まだ汚れてるかもしれない、あ、こっちも汚れている気がする、こっちはもっと強くこすらないといっぱい触られたから、汚い汚い汚い汚い汚い。 「あ、またやった……」 泡が赤くなってきているのに気づけば手を止め流した。まだ気持ち悪い感覚が残っているが、これ以上こするとまずいだろう。綺麗に流しきれば包帯を巻いて服を着る。冷蔵庫を開ければ一気にビールを飲んだ、一缶、二缶、三缶と空腹のお腹に一気に流し込んでいく。 ビールはいい、おなかが膨れる。大量に飲めば酔いもする、酔った勢いで最低限の睡眠もできる、酔えば痛みも多少なりとも麻痺する。ご飯はビールで済ませる、父親に作ったりはするし、倒れない程度に食べたりはするけれど、積極的に食べたくはない。 母親は料理が上手だった、あの頃は父親もしっかり働いていた、自分と弟は幼くてまだ何も不幸を知らない餓鬼で、幸せそうに家族と笑いあいみんなで食卓を囲む。まだ綺麗だったころの自分。 思い出せば思い出してしまうほど、穢れた自分が浮き彫りになる、穢れた吐き気がして嫌悪が募る。だから綺麗な記憶はできる限り遠ざける、できる限り思い出さないように。食事をすると、家族と食べていた頃を思い出して吐きそうになってしまう、それにどうせ食べても、砂を食べているかのように味がしなくなってしまった。 何本目か分からなくなってきたころに眠気が来ればそれに身を任せるように目を閉じる。疲れもあってあっという間に意識は闇に落ちていった。 見る夢は大体同じ、母親が死ぬ、借金取りが家に来る、そしてどうにも回らなくなったお金のために自分は。 「おえぇっ……はぁ……はぁ……」 目が覚めた瞬間に吐き気がこみ上げてトイレに駆け込み嘔吐する。口をきれいにゆすげば、時計を眺めた。3時間は寝れただろうか、よく眠れた方だ。化粧をして、隈や顔色を誤魔化す。あくまで自然に化粧とわからないように。転がった酒瓶を回収して、父親の一日のご飯を作り置きを作る。5時まで、残った時間は勉強に回す。5時になったら、ゴミ出しや学校の準備を済ませる。6時になったら、仕事の確認の電話がかかってきて、報告や指名の確認をして終わり次第学校に向かう。今日は電話はなかった、急な使命が無ければ一日ゆっくりすることができるだろう、もっともそれが良いことかは別として。 学校につけば、普通の高校生を演じる。成績は悪くない、大人の機嫌を取るのも苦手じゃない、学友にも適当に話をあわせて笑顔をばらまく。交友関係は広く浅く。大人にも子供にも決して深くは踏み込ませない、不快じゃないように慎重に、どことなく踏み込めないような薄い壁を作る。これはこれで疲れるけど、ずっとやってきたことだから、もう慣れた。 学校が終われば一度帰宅して、仕事に行ったり買い出しをしたり、何もなければ勉強をしたりぼんやりしていたりする。父親が機嫌悪そうに帰ってきた、どうやら起きてパチンコに行っていたらしい。そういえば今日はパチンコ代と酒代を机に置き忘れていた気がする、いつもは学校の準備をした後に置くんだけれど。金がなかったうえに、パチンコで負けてきたか、ご愁傷様、自分が。 バリーン!! と大きな音が響く。酒を一気にあおった後、その瓶で思いっきり殴りつけてきた、よくわからない罵声を吐いている。どんな顔をしているかも、何を言っているかもよく分からない、ただ時間が過ぎて落ち着くのを待ち続ける、しばらくすると疲れてきたのか父親の怒号がとまる。その頃を見計らって、お金を渡して機嫌を取る、酒をコップに注いで渡す、無くなったらすぐについで、酔いつぶれるまで飲ます。 まーた、顔に痣やら傷が増えてしまった、インターフォンが鳴ったので慌てて化粧を上塗りして隠した、人が来るなんて珍しい。 「はーい、どちら様ですか?」 「あ、近くに引っ越してきた、小河原 修(おがわら しゅう)です。昔この辺りに住んでいて、表札が変わっていなかったから、ってやっぱり、怜だよな? まだここに住んでいたんだ、久しぶりだな」 ニカッと明るい笑顔で男性そういった、えぇと、なんて言ったか。修という名前、なんか聞き覚えがあるような。 「あ、修か。久しぶり」 確か、小さい頃よく遊んでいたはずだ、あの頃は修にぃ、修にぃって言って懐いていた。母親が死ぬ少し前にどっかに引っ越したんだっけ。 「大きくなったなぁ、親父さんたちは元気か?」 「母はあの後亡くなったよ、他は元気」 「あ、悪い、そっか、あまり体が丈夫じゃなかったんだっけな」 少しだけ気まずそうに、こちらを窺ってきた。気にしていないふりをして笑顔を貼り付ける。 「そう、病気でね。今度、線香でもあげてよ、きっと母さん喜ぶから」 笑顔で言うと、修は少しだけホッとした様子で笑った。 修の全てが癪に障る。昔と変わらない笑顔も、お兄さんぶるのも、優しい態度も、何もかも変わらなくて、この人の前にいるだけで、自分がどれほど汚れたか嫌でも自覚してしまう。 「あ、今日は荷物の整理とかいろいろあるんだ、今度ゆっくり話そうな」 「うん、楽しみにしてる、修の話色々聞かせてよ」 手を振れば、修はそのまま家から去った。深いため息を吐く、まさか今更昔の知り合いに会うとは思わなかった。これは、面倒くさいことになりそうだ。

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