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なんでなんだよこの大会!

 7月に入って1週間の頃、モルタル造りのアパートの階段を、文治は駆け上がっていた。 「てっちゃん、てっちゃん、てっちゃ〜〜ん。はっじまっるよ〜〜」  ただでさえ鉄の階段でうるさいのに、文治の声でますます賑やかだ。 「てっちゃん!開けて!始まっちゃうよ!」  今時木造りのドアがキーッと開いて、ヨレヨレのTシャツに手をつっこみ、腹を掻きながら出てきたてっちゃんことてつや は眠い顔のまま 「文ちゃん?ご近所迷惑だから、静かにしようよ。まあ…入んな」 「違うんだよ、てっちゃん始まるんだよ」  冷蔵庫から2Lの水をラッパ飲みしてたてっちゃんは 「そうそう、それなに?何が始まるのよ、文ちゃん」 「これこれ、これが始まるよ!ロード!」  ん?とペットボトルをもったまま、居間で文ちゃんが『勝訴!』みたいに持っていたチラシを受け取って 「おっ⁉︎いよいよかぁ〜。8月4日?…割とすぐだな」  Tシャツの袖で口を拭ってチラシを読み耽る。  文治が言っていた『ロード』とは、十数年前から始まった公的には無認可のインラインシューズでのローラースケートレースで、エントリーした老若男女が主催が指定した場所から場所まで移動して順位を決めるゲームである。ルールは一つ。インラインシューズで走る。これだけ。  なぜ無認可かというと、毎回主催によって変わる場所への移動が一般道から高速からどの道を使ってもよくて、しかも車に捕まって走行するのも可、バイクに引っ張られても可という危険行為のオンパレードだから。  そんな物が当たり前のように認可される訳もなく、しかもその日は警察も手ぐすねを引いて開催を待つような大会だからである。  まあもっとも、今では警察も巡回はするものの特別追い回して捕まえたりはしなくはなっている。危ない行為を行なっている者に声をかけたり、よっぽどならばその場で確保されるが、追いかけ回す方が危険ということもありつつでそこまではなかなか…。  それでも、回を重ねるごとにそういったならずものも減って皆が皆楽しんでいる様なので、『高速道路を生身で走る』という危険行為は各々の装備や倫理観に任せられているのが実情だった。  そしてインラインシューズには、事前に主催より提供されたオドメーターを取り付ける義務があるので、『車に乗って現地まで』は許されないことになってはいる。つまりは地に足をつけて走ればいいということ。  そんなレースで、てつやはいつでも上位に食い込み、ここ3年開催されなかったが、それまでの大会では3回連続優勝を飾っている強者なのだ。 「3年振りだもんなぁ。盛り上がりそうだな、文ちゃん」   文ちゃんは、足元で犬みたいにニコニコしてうなづいてた。 「色々準備しなきゃだなあ、みんなもきっと楽しみだろう」 「早くエントリーしなきゃだよ、てっちゃん」  わふわふ言うような感じで文ちゃんはてつやの半パンの裾を引っ張っている。 「早くエントリーしとかないとやばいよ。急げ急げ」  うんうんと頷いててつやは、でもそんなに急がなくたって大丈夫だよ文ちゃ…と言いかけて、 「なんだ?今日じゃねーか締切!ってさ、今気づいたけどこれいつ届いたチラシ?俺全然目にしてないけど?俺んとこ届いてないんだけど??」  でもまあ取り敢えずエントリーが先。  慌ててパソコンを開きロードのHPへ行き、エントリーシートを表示する。 「よっし、はあ〜間に合った…おいおい文ちゃん?どういうことよ。なんでこんなギリギリになってから?このチラシ一体どのくらい前からでてたのよ?」 「んとね、3ヶ月くらい前〜」  は?ってなるわ。今7月頭だから、4月には通知が来ていたということだ。 「俺全然知らなかったけど?俺にそのチラシが目に入らないわけ無いだろ、前回の参加者全員に送られてくるんだから。どういう事?え?なに?狐に掴まれてるの?俺」 「あははーそれいうなら つままれてるじゃない?てっちゃん面白いね」  いや文ちゃん、拾うとこそこじゃなくない?って、てつやは思うがしかしこれは、故意でもないと隠し通せるもんじゃないよな…と考える。 「文ちゃん、これ誰にもらってきた?」 「うちのとーちゃん」  文治のうちはお金持ちで、父親は不動産関係の仕事をしている。 「ええ〜」  うんざりした顔でてつやは腹を掻いた。文治の父親通称『文父』とてつやは、とある事情でお互いがなんだか会うと気まずい仲なのだ。 「文ちゃんとーちゃん…どういう理由で、今日俺にこれ持って来させたんだろ…?みんなに根回しして、俺にだけこの書面みせないようにしてたんかな…」 「それはうちのとーちゃんかんけーないね。でもとーちゃんてっちゃん苦手だもんねー。てっちゃんに会うとメッチャぎこちない。俺は好きだけどね。どっちも!」  無意識に煽られる。  が、ニコニコ笑ってヨシヨシと頭を撫でてもくれる。 「文ちゃんだけだよ、やさしいの」 「でもこのチラシ、今日持っていきなって言ったのもとーちゃんなんだから、てっちゃんのエントリー邪魔したわけじゃないね」 「それだってこんなギリギリにさぁ…まあね、エントリーできたからいいけどさ…しかし本当に運営からの通知が来ないのはおかしいんだよ。自転車屋(まっさん)とか、パン屋(銀次)とか会社員(京介)とか仲間はいるはずで、こんな通知来たらすぐにうちで作戦会議なはずなんだけど…そんなのもなかったし…なんだ?なんか変だよな」 「てっちゃん()に来た運営さんからの手紙パチったんだよー。で、てっちゃんに言わないどこってみんなで話し合いした」  文ちゃんなんでも言っちゃうから… 「え…マジで?なんで?」 「しらなーーい。因みにパチったのは俺だよー。上手だなって褒められた」  ニコニコと得意そうな文治の顔の反面、てつやは急に孤独感を感じる。  今回の大会は孤独との戦いなんかな…そうじゃねーだろ。 「わっけわかんないな!もういい!今回も俺が優勝してみんなを黙らせればいいんだし!」  そうは言ってもてつやたちはチーム参加なので、みんなの後押しで優勝ができている側面もあり、それが通用するかは…どうだろう。  しかし、色々聞き出そうにも今の時間に仲間のみんなは仕事中で連絡はつかないから、怒りは後回しにせざるを得ない。  気持ち切り替えて、 「取り敢えず文ちゃん、駒田のじーさんとこ行こうぜ。去年いいロードの武器開発したって言ってたからさ。発表の場を得て嬉しいだろうしな」  駒田の爺さんとは、簡単にいうとマッドサイエンティストに近い近所の爺さんで、ご近所のエアコン修理から、ロボットまで作ってしまうマシンマニアだ。 「じじーのとこいこうぜ」  親指を立ててペコちゃん舌。文ちゃんこれでも20歳。 「こーまーだーくーん  あーそーびーまーしょー」 「いーいーよ」  アパートから歩いて15分。ふっるーい日本家屋が駒田のじーさん()  今てつやが言ったのは、てつやと駒爺の合言葉なのだ。 「お邪魔しまっす」  玄関にはいる前を右に曲がって、家に沿って奥へ行くとトタンに囲まれた小屋?みたいのがあって、そこが駒爺の開発研究室なのだ。  ンギイィィィイと音を立てるドアを開けて入ると、中は意外にも最新機器が並んでいる。  最新のパソコン、電子機器工具、発電機他いっぱい。 「駒爺〜ロード始まるってから、ほら前言ってたやつみせてくれ」  中に入っても見当たらない駒爺だったが、今製造中の人型ロボットペッ…ソルティ君の後ろにピッタリとハマってた。 「おお、なんだ文治も一緒か。合言葉言わんからわからんかったぞ」  ソルティくんサイズのおじいちゃんが現れて、工具箱にニッパーを放り投げる。 「てっちゃんいるからいいと思ってー」 「ダメだぞ、わしは誰が来たかを知りたいくて合言葉決めとるんじゃから」  ーえ〜けち〜じゃあ今言うよ〜ー と文治は 「うまー」  とさけび、駒爺は 「しかー」  と叫び返す。 「おいおいおいおいおい…」  てっちゃん崩れ落ちる。 「てっちゃん、どうしたの?疲れた?15分歩いたくらいで?」  文ちゃん…ずっとそのままで育ってな、俺守りきれない時もあるけど、できるだけ庇うから…な気持ちを込めて 「爺さんや…文ちゃんの合言葉、あんまりじゃねえ?」 「ひゃひひゃひひゃひ、文治にぴったりじゃろ?ひゃひ」  文ちゃんは馬鹿なわけじゃない。実は文ちゃん、学校の成績はオールAなのだ。思考回路が他の人と違うだけ。  と爺さんに教えてやろうと思うけど、爺さんは時々文ちゃんとマシン製造の事で話したり意見交換したりしてるから、ある意味理解はしているんじゃないかなとてつやは思っている。 「それより、ロードの新しい武器どれよ」  気持ちの悪い笑いはスルーして、てつやは新製品が早くみたくてうずうずし始めた。 「おう、ちょっとまて」  奥の方へ行って、棚の引き出しを開け5cm×10cmくらいの回路ボックスと、絡まったケーブル、それに接続されている布の様なものを持ってきた。 「これじゃ」  布の方をてつやに手渡して、ーつけてみろーといい、ボックスから出ているめっちゃ長い方のケーブルをそばに置いてあった4輪ローラーシューズに接続する。  てつやが渡されたものは指先が出るグローブで、手の甲の手首あたりから配線がもりもり出ていて、それが一度ボックスに入り、そこからシューズの方へ何かがいくようだ。 「つけたか?」 「うん、で?」 「ならちょっと待て」  駒爺はボックスのスイッチを入れ、ランプが青になったのを確認してから駒爺が自分の手で手の甲の手首あたりを指し示し 「そこのスイッチをいれるんじゃ」  そこといわれても…示された部分を見るが見当たらない。 「同化して見えんか。これじゃこれ」   駒爺が近づいて教えてくれたところを見てみると、黒い盛り上がりがあった。 「ああ、これか」  てつやはそのスイッチをポチッと押した。とたんにさっき駒爺がいた辺りからガラガラドカン的な音がして、みるとソルティくんが倒れていた。 「しもた!言うのを忘れとったわ!」  駒爺は白髪頭をかきむしり、ソルティくんを立ち上げに走るが、 「てつや!手を動かすなよ。わしが話すまでそのままじゃ!」  といって、ペッ…ソルティくんを立て直しにいった。  てつやにも文治にも何が起こったのか解っていない。 「よし、てつや。左手の人差し指をゆっくり曲げるんじゃ。ゆっくりじゃぞ」  言われた通りに、意識しながら左手の人差し指を曲げると、どこからかキュルキュルという音がして、駒爺の足元に4輪のシューズが戻って来た。 「なんだよ、説明してくれよ」  てつやは『今でしょ!』みたいなポーズで訳がわからなそうだ。 「わかったわかった、じゃあの今度は右手の人差し指をゆっくりまげてみぃ」  シューズの向きをてつやに向けた駒爺がそういうのに従って、右手の人差し指を…こう…と意識しながら曲げると、4輪車がゆっくりとてつやの足元にやってきた。 「あ、もしかしてこれ、指でスピード制御するやつか」 「当たりじゃ。さっき言い忘れてしもうて、スイッチを入れた瞬間お前はぎゅっと握り込んだじゃろ。それでシューズが暴走したんじゃ」 「なるほどねえ…これは面白そうだ」  てつやは指をワキワキして見せると、4輪は前後に小刻みに揺れる。 「おもしれ」 「これ、まだ調整が甘いんじゃから無駄な動きをさせるんじゃない。これを当日までのおまえ仕様に仕上げようとは思っているが、一度広い場所で実際にやってみんことにはなぁ」  大会までにはもう3週間ちょっとしかない。 「もっと早くエントリーできてればゆっくりできたのにな」  ねー文ちゃん と言ってはみるが 「オレはちゃんと知らせたから悪くないよ。とーちゃんもちゃんと教えてあげたじゃん」  と、割とわかってもらえなかったので、タイミングの問題なんだよね。とは伝えておいた。 「じゃ、明日にでも…どこにしようかな。あまり見られたくないもんな」 「うちの庭がいいんじゃない?」  文ちゃんが家の敷地を提供してくれると言ってくれるが、てつやは文父に会いたくない理由がちゃんとある。 「ん〜〜〜文ちゃんとーちゃんがいない時なら俺は大賛成なんだけど、明日はいるの?」 「明日はね、地方の大きな土地を買い付けに行くって言ってたかもしれない気がする」  びっみょう〜〜…。 「じゃあ明日、朝とーちゃん出かけたら、連絡ちょうだいよ。そうだな、10時頃までにさ。出かけなかったら連絡しなくていいから。解った?」 「うん、わかった。とーちゃん出かけなかったらてっちゃんちにいくね」  そんな会話の後で、駒爺はーまだこだわっとるのかいーと割と面白そうな顔でてつやをみていた。

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