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薬指と小指を一緒に曲げると、中指ついてきますよね
駒爺の家からてつやの家に戻って、2人で買ってきた弁当をたべた。
文ちゃんの奢りの、ツヤツヤ亭の1番高いやつ。てつやの名誉のために言うが、文ちゃんが勝手に決めて買ってくれたものだから。
「ねえてっちゃんさ」
「ん?」
食後のお水は美味しいなと思ってペットボトルを煽った時に視界に入った窓の外を見ながら、文ちゃんが言う。
「てっちゃんは、金持ちじゃん本当は。なんで旧市街 に住んでんの?」
文ちゃんは、窓から見える綺麗な色の高層マンションや、高いビルをみててつやは本来あっちのエリアに住めるのになんでかなといつも疑問だった。
もちろん文ちゃん家 もあっちにある。
「俺金なんか無いよ?あったら文ちゃんに弁当買ってもらってないよ〜」
高級ステーキ弁当。町の弁当屋では限度はあるが、結構柔らかくて上手い肉を使ってて本当に旨い。
「でもかーちゃん言ってた。たまにてっちゃん銀行行ってて、てっちゃん行くと必ず4人くらい大人が出てきて奥の部屋に通されてるって」
米粒が変なところに入って、てつやは咽せてしまう。
「そんなことねーよ?俺銀行なんてあまりいかねーし、誰と間違えてるんだ?文ママ」
「あんな汚い服着て髪もボサボサな人、てっちゃん以外にいないってかーちゃんがさー」
目立ちたくなくてそんな格好をしているのは事実だが、かえって悪目立ちしていることに今気づいた。
しかしてつやがそんな格好をしているのには、深い理由があるのだ。
「ひでー言い草だな」
苦笑いで誤魔化そうとしたが、文ちゃん
「俺も一回見たことあるし。おれはてっちゃん間違わない」
うう…これはお手上げかもしれん…弁当代払わねば…
「ん〜〜〜〜まあ…普通よりちょっと多めには貯金あるけど、でもそれはさ、俺はロードにかけたいんだ。マンションもでかい一軒家もいいんだけど、ただ飯食って寝るだけの部屋にそんなに…って思っちまう」
「そうなんだ…でもうちだって結構お金ある方だけど、毎回毎回奥に呼ばれないよ」
ジト目が追いかけてくる。どうして今日に限って文ちゃんはそんなに責めてくるのよ。
てつやは、レースに勝ったりして賞金も結構もらってはいるが、あまり金を使わないタチな為に口座にお金が貯まっていく一方だった。
そのお金で投資なんかもやっている手前、それがうまく渡っているようで、そこからもお金を増やしている。
結構溜まったことを友達の不動産屋に相談したら
「こんだけあるなら、マンション一棟とかビル一棟とか買っちゃえば、あとは不労所得でウハウハよ?」
と言われ、実はこの窓から見えるとんがった形のデザイナーズマンションはてつやの持ち物だった。元々ロードがしたくて不労所得希望だったので、それにのっただけのこと。
「文ちゃん。人様の家の、ましてやお金事情に首突っ込んでいいって誰に教わったんですか」
てつやは25歳ぶんちゃんは20歳。
文ちゃんはちょっと反省した顔で、
「あ、そうだね。ごめんねてっちゃん。お肉美味しいね」
そうそう、その文ちゃんスマイルが最高だよ。
因みに商用ビルも一棟持っていて、テナント料もウハウハです。
2人が住んでいる市は、東西に線を引いたように旧市街地と新市街地に分かれていた。
旧市街地は昔でいう下町といった趣きで、お天気商店街というアーケードの商店街を中心になりたっている、古き良き住宅街である。
新市街地は繁華街も含むが、マンションや奥の方には住宅街が広がり今風の少し高額な物件が並ぶ場所となっていた。
てつやのアパートは、その旧市街にあって2Kの純和風。家賃3万円。
安いのは築68年ものだからという事と、15歳でここに住むことになった時に、大家さんの井上のばあちゃんがそれでいいと言ってくれたから。
しかし、今ではてつやは元の家賃5万の倍額を出して住んでいる。
大家さんの井上のばあちゃんは、このアパートの一階で駄菓子屋をやっていて、小学生の頃はてつやもよく来ていたから顔馴染みだ。
マンションやビル買うなら、まずこのアパート買っちゃえばいいのに。と、よく言われるが、お世話になった井上のばあちゃんのことを考えると慎重にならざるを得ない。
そんなわけで、お弁当も食べ終わって文ちゃんは帰るね、と帰って行った。
歩いて帰るには距離があるが、旧市街を出たあたりに迎えの車が来ているのがいつものことなので、てつやも安心して送り出せる。
まあまだ17時ではあるけれど。
真夏の17時はまだ明るい。
「さてと…」
てつやはスマホを取り出し、とあるところへ連絡をいれた。
『お、おう…てつや ひさしぶり』
電話の主は、自転車屋のまっさんだ。
「久しぶり〜まっさん。元気そうでなによりだよ」
『あ、うん元気だよ。てつやも元気そうだな』
「と〜〜っても元気。で、俺に言うことねえか?」
声は機嫌良さそうなんだけど、言葉が怖くなってくるてっちゃん。
『え…ああ…う〜〜ん…』
「ねえのかな!」
『ごめんっ!ごめんて〜怒るなよ〜』
やっと白状しそうだ。
「怒らせるようなことしてんのはどっちだよ。なんなんだよ今回の大会!俺今日知って今日エントリーしたんだぞ!間に合わなかったらおm」
『エントリーしちゃったのか???』
声を遮ってまで言ってくるまっさんに
「ああ、したよ。文治のとーちゃんが告知のチラシ持ってけっていってくれたらしくてな、文治が朝持ってきてくれたんだ」
『文治のとーちゃん!?あいつ…』
てつやは、何か自分の知らないことが起こっているような気持ちの悪い気分になった。まあ、そうなんだけど…。
「なあ、俺がこの大会にエントリーするとなんかまずいのか?」
まっさんは、てつやが今日エントリーできなかった事で怒って文句言ってきたのかと思っていたが、そうじゃないことに逆に驚いた様子だ。
『聞くけど、今回の主催わかってる?』
「主催?ああ…」
手元のチラシを手にとって、1番下の方を見てみる
「ケンぺウルス商事…って書いてあるけど、あまり聞かない会社だな。そういえば」
『それだよ。そのケンぺウルス商事ってのは、大崎大将のダミー会社なんだよ。
あの!大崎大将だぞ』
てつやの眉間に皺が寄る。大崎…10年ほど前にまだ15歳のてつやに強姦未遂をして、永久接近禁止令を喰らっているやつだ。
「でもあいつは、俺には近寄れないし…あ!改心して俺の好きなロードを主催してくれてるとか!」
『頭お花畑か!そんな訳ねえだろ。あいついまだにおまえ狙ってんだぞ。優勝賞金と副賞見たか?』
「ええと、賞金100万と、ニースの別荘にご招待…ニースの別荘…?」
『随分と生々しい副賞だろ?お前が勝つの見越してんの見え見えじゃねえかよ。海外なら日本の法律は適用されねえからな。だから俺たちはお前に教えないでやり過ごそうとしてたのに。なんだよ文治のとーちゃん!あいつだって似たような』
「それは、いいんだ」
てつやはそこは遮った。
文父とは複雑な経緯がある。一方的には責められない。
「まあ…ともかくだ。そういうことがあったって訳か…みんな俺を守ってくれようとしてたんだな…ううう」
『てつやぁ、泣くなよ…』
「な訳ねえだろ。まあ大崎 の事は当時は怖かったけど、いまとなっちゃあなぁ。俺も鍛えてるし、今更俺を狙った所で返り討ちに…」
『甘いんだよなあ…』
まっさんはパソコンをいじって、いまの大崎送ったぞ とスマホで言ってきた。
「あん?」
と、てつやは後ろのノートパソコンをちゃぶ台へ持ってきて開いてみると…大崎と書かれた画像にある筋肉だるま…
「犯される…」
『だろ?』
まっさん、だろ?じゃ無いんだよ。
『どうするよ、エントリー取り消すか?』
「いや…出る」
『犯されたいと』
「ちげっ!俺はロードに人生かけちゃってるから、出ない選択肢はないんだよ。みんなが気を遣ってくれたのは嬉しいけど、エントリーはできてよかったと思う。出るからには勝つし、俺は俺を曲げらんねえのよ」
まっさんは黙って聞いている。こういうところがてつやであって、俺らは応援したくなるところなんだけど…
『まあ、俺らも全力でカバーするから。誰かが優勝しちまえばいい事なんだけど、お前は嫌なんだろ?その結末』
「ああ、嫌だね」
『だったら、俺らも頑張るわ。優勝したってケツがやぶれるくらいだから、たいしたことねえしな。お前には今更だしー』
嫌なこと言うやつ…てつやはパソコンをいじって、まっさんに送り返してやった。
「テイクケア アスホールだ。じゃあな」
送られた画像を見てまっさんは大爆笑。
『おまえもな』
と言い合って、電話を切った。
てつやが送った画像は、さっきもらった大崎の画像の股間に3歳児のting tingを貼り付けたやつだった
次の日
朝の9時に文ちゃんから連絡があり
「とーちゃん出かけたよ!駒爺さんとおいでよ!マカロンもあるよ!」
と言ってくれたので、有り難く伺うことにした。
文父と顔を合わせるのは、『気まずい』と言った感じの関係だ。できれば顔を合わせたくない程度には気まずい。
てつやは近くに借りてる駐車場から愛車セレナに乗り込んで、駒爺を拾い文ちゃん家に向かった。
練習場は西門を入ったところのロータリー。ここはお客以外は通らないからという文ちゃんの説明で、早速機材を出して準備を始める。
まずは昨日のグローブを嵌めた。昨日より長く伸びたコードはまず箱へ向かっていて、その箱はてつやの腰のベルトへと装着され、そこからのコードがシューズへと接続されてゆく。
「おお〜〜なんかかっこいいな」
本番用ではないが、練習用でもウエアーをきて装備をつけると当日っぽくてワクワクする。
ウエアといっても、競輪のユニフォームが緩くなった様な感じのやつで、大会当日にはその上からTシャツなどを着てしまう程度のものだ。
とはいえスピードを争うからには、適度の密着度も必要なのでボディメンテナンスは欠かせない
「それで、まずはボックスのスイッチじゃ」
てつやの右手を腰のボックスへもってゆき、縦長に設置された上の面のボタンを触らせる。
「これが起動スイッチじゃわかるな?」
「うん」
「それで、30秒で起動するから、そうしたら昨日の手の甲のスイッチじゃな」
今日は指を曲げないように、慎重にボタンを押した。ゆるゆるとタイヤが周りだし、てつやが少しずつ移動する。
「少しバグがあるな…後で調整せねばな。そうしたら、まずは指の説明じゃ」
駒爺曰く、右手人差し指が推進。曲げれば曲げるほどスピードが出る。同じく中指はセカンドギアのようなもので、より早く走る。薬指と小指は小刻みなブレーキアクション。
曲がる時や微調整で使う、車で言うフットブレーキのような感じ。最後に親指は、本格的ブレーキ。止まりたい時に早く止まれる。停止したい時は常に親指を曲げておく事、と言われた。
左手はそんなに操作はなく、人差し指だけがバックできるものとなっていた。
取り敢えずやってみることに。
てつやはまず自力で走り始め、徐々に人差し指を曲げてゆく。いい感じにスピードが乗ってゆき、体感20kmくらいは出る感じだ。
「へぇーなんか気持ちいいなこれ」
ロータリーを回りながら、てつやは楽しそう。
「中指いってみてくれ」
駒爺の言う通りに中指を曲げてゆくと、先ほどより加速が早く、あまり早くやりすぎると後ろにのめりそうなほど、クンッとくる。曲げ方なのか、機械のせいなのかはわからない。
「うわ、はやっ!車とかに掴まらずにこれだけ走れるならいい感じだよ」
少なくとも掴まる行為は危険と隣り合わせだから。
てつやはもうすでに熟知したように、ロータリーをグルングルン回っている。
「じゃあ次はブレーキじゃ。やってみてくれ」
「OK」
薬指と小指を意識して曲げるが、ちょっと中指が一緒になってしまう。そのせいで、クンッガックン クンッガックンっとちょっと危ない動きが
「うわっうわっあぶねっうわっ」
「手を広げろ、手を」
そのアドバイスがなかったら危なかったかもしれないほどにはガックンガックンしていた。
手を離すと惰性で走り、スイ〜と言う感じで駒爺の前に止まる。
「お前ちょっと手のスイッチ切って薬指と小指を曲げてみろ」
言われた通りにやってみると、薬指を曲げるとおまけに中指まで少しだが曲がってしまう。
「これじゃよ、さっきの原因は。お前当日までに、単独で曲がれる薬指と小指を完成させてこなきゃじゃぞ。そうじゃなきゃこれは渡せん」
「ええ〜〜〜反射なんだから無理じゃん!」
「反射も制御できるだろうて。人の体は未知なんじゃ。やりもしないで諦めるな」
一部始終を真剣に、そして楽しそうにみていた文ちゃんは、
「一息入れな〜〜」
といって、カップに入った紅茶となぜか山盛りのマカロンを持ってきた。
「なんだこれ、すげーマカロン山」
文ちゃんは、てつやがマカロン好きなのを知っていて、かーちゃんに頼んでいーっぱい作ってもらったのだ。
「てっちゃんいっぱい食べなー」
と、取り皿にも山盛り乗せてくれた。
「じじーもたべな?やらかいから入れ歯も大丈夫だよ」
「誰が入れ歯じゃ!」
文ちゃんが盛ってくれたお皿を受け取って、駒爺一口。
「んまいの。文治はいいかーちゃん持って幸せ…んぐっ」
一気に食べるから…
「あーもう危ないなあ…」
文ちゃんは落ち着いて、自分用に持ってきていたオレンジジュースを駒爺に飲ませて背中ポンポン。紅茶はまだ熱いからジュースをくれる文ちゃん。優しいしやっぱ賢い。
「はあーーっはあぁーーーっ」
やっと喉を通過した駒爺は、荒い息を吐いてゼハゼハしている。そんな爺さんをみて
「駒爺、俺の装備完成させるまで死ぬの禁止な」
マカロンをもぐもぐさせたてつやは中々酷いことを言う。
「細工するぞ、ほんとに」
ゼエゼエいいながら駒爺はてつやの顔もみれないほどむせている。
「まあまあ、落ち着いて食べなっせ」
取り皿にもう一個マカロンを乗せてあげる優しさを見せながら、てっちゃんはもう一個口に放り込んだ。
その後は、一通り指の動きをマスターするために走っていたが、色々と気づくこともあり、それは駒爺がメモをして改良をすることになる。
「バックってあまり使わねえから左手の小指にしねえ?」
てつやはそういうが、小指だけ曲げてみろと言われると、それって普通の人はできない人が多い。てつやも普通にできなかった。
「じゃあ、バックはいらねえってことで」
「なんでじゃ?」
「何かに掴まらなきゃならなくなった時、不意に掴んじまうと後に下がったりしたら危ないかなって思わね?」
確かに。競技の性質上、車に飛びついたり掴まったりはないことではないから、そう考えるとバックギアは割と危険かもしれない。
駒爺はしばらく考えて、そこは保留すると言って聞かなかった。
取り敢えず一通りの実証実験が終わり、
「中々いい実験じゃった。色々直す所も判ったしの」
「じゃあ俺は、薬指と小指のみを曲げる訓練を、取り敢えずやってみるわ」
「それができなけりゃ、渡さんからの」
まあ命に関わることなので仕方ない。
そんな時、
「文治ー、こっちにいるのか?」
不意に文父の声がして、てつやはビクッとし、文ちゃんはマッシュルームカットを揺らして声がする方へと猛ダッシュしていった。
「とーちゃん、こっち来ちゃだめだよー俺のお客さん来てるからー。俺が行く。用ってなにー」
ダッシュはするもののそんなに早くない文ちゃんだ。文父が歩く方が少し早かったらしく、現れたとーちゃんは何故か真っ先にてつやと目があった。
めえええええっちゃ気まずい中、てつやは仕方がないので
「ちーっす…」
と目線を逸らしながら挨拶すると、文父はなんでか知らないけど顔を耳まで真っ赤にして
「あ、ああこんにちは。ひ…久しぶりだね」
声裏返ってるし…この反応!この反応が会いたくないナンバーワンなんだよ!
駒爺は2人の間で意味ありげにニヤニヤしているだけ。
「先日はチラシありがとうっした。おかげでエントリーできましたので『それだけは』感謝してます」
「い、いやあ、いいのさ」
文ちゃんも駒爺の隣に来て、2人の顔を交互に見ている。とーちゃんいつもと違う。
「じ…じゃあ俺帰ります。お邪魔しました」
駒爺の荷物をパタパタと片付け車に積んで、駒爺を車に乗せると、
「文ちゃんも行くか?」
と一応声をかけた。
文ちゃんはとーちゃんの顔を…真っ赤になった顔をじーっと見た後
「行くー」
と車に走ってきた。
「よし乗れ。じゃあ」
バタンキーっと言う感じで急発信して文ちゃん邸を出る。
ああ、ああ、ひたすらうざい!怒りに似たものが込み上げ、おっさんの頬赤らめ
を思い出してムッカムカする。
普通にしてればいいのに!なんでいつもあの反応なんだ!
「てっちゃん、運転荒いよ。怖いから静かにね」
駒爺を気遣って、文ちゃんが優しく言ってくれた。
「あ、ごめん。気をつけるね」
てつやは、まず爺さんちだねと、新市街を車で走り抜けた。
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