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人を煽ると人生そうそうない経験ができます

 てつやと文父の経緯(いきさつ)    20歳のてつやは、その日の夜20時にとある公園前でまっさんと待ち合わせをしていた。  20歳になって初めての飲み会をやろうぜ!と言うことで、銀次は直接店にいくと言い、京介も現地集合ということで、てつやはまっさんを待っていた。  早くきたので、公園の仕切りに腰掛けてスマホを眺めていたら、不意に声をかけられて顔をあげた。  そこにはガタイのいい、歳は30代後半程の男が立っており、なんか勝手に緊張している。ーなんだ?ーとは思ったが知らない人なので丁寧に 「なんすか?」  と 聞いてみた。先ほど何と言って声をかけられたのか聞き取れなかったのもあるけど なんすか?は丁寧じゃないよね… 「え、ええと…いくらなら…いいかな…」 「は?」  てつやはキョロキョロした。俺?俺に聞いてる? 「あ、君に聞いてるけど…」  自分で自分を指差すと、男性はうん、と頷いた。  立ちんぼに間違われた…?  てつやはそのことで頭がいっぱいになってしまって、 「いや…俺はちが…いま…す」  としどろもどろになってゴニョゴニョいっている間に 「何してんだ?」  と、まっさんが現れた。  まっさんが現れて、うれしいのはてつや、驚いたのは男性 「や、これは失敬。お相手がいたんだね、じゃ、じゃあまた機会があったら」  そそくさと去ってゆく男を見送って、まっさんは 「お相手?」  と自分を指差した。  途端、大爆笑を始めて、オタオタしているてつやをより困惑させた。 「なあなあなあ、おれさ?今、立ちんぼと間違われたん?なあ、そうなん?」  まっさんは笑いが止まらなくて、店までずううっと笑いっぱなしで行き、店に入ってからも飲みに入ってからもことあるごとに笑ってもう、どうにも止まらなかった。  それよりも、ショックを受けたてつやは猛烈に怒り出し、 「俺を立ちんぼと間違えるたぁ、ふってえやろうだな!今度あったらギッタギタにしてやる!」  てつやのギッタギタ発言は洒落にならないので、仲間のみんなはその男性が2度とてつやに会わないことを祈るしかない。てつやはこんな女顔でも喧嘩は強いのだ。  その男性が実は文父だったのであるが、この時は誰もその事実を知らなかった。  そう、てつやが構わない格好…いやむしろ汚い格好をしているのはこう言うことだったのだ。  よく言われる所謂「おっさんホイホイ」の体質が、昔からてつやを悩ませていて、大崎もそうだし今日のおっさんもそうだが、こう言うのが1回や2回ではない。  流石に嫌気が差し、もうなんでもいい格好してやる、と言うことで自分の身なりにあまり構わなくなっていた。  実際のてつやは、美形というわけではないがおっさん好きする可愛い顔立ちと言われるもので、それすら過去の出来事も相まって嫌悪の対象になっており、そう見せないためにボサボサの伸び切った茶髪で、髭だけは剃ってはいるが着古したTシャツを愛用するようになって行ったのだった。  2回目は、その1件の1年後。  新市街地の繁華街でやはり飲み会をし、珍しくてつやがかなり酔っていた。ザルと言われているてつやだったが、前の日に風邪が治ったばかりで完全な状態ではなかったのだろう、ほぼ泥酔状態で歩くのもめんどくさそうだったので、まっさんに 「いいか、ここにいろよ?車回してくるから待ってろよ。絶対動くなよ!」  と、くどいほど言い聞かされ、とあるビルの脇道に、壁に寄りかかって待っていた時のこと。  いーい感じに酔っているてつやは、壁に寄りかかりながら眠気と戦っていた。  その時、 「大丈夫?」  誰かに声をかけられ視界がはっきりしない目で声の方を見ると、男性が1人心配そうに立っていた。  ベージュのスーツに青いシャツ。髪は綺麗に後ろにまとめられて結ばれている。 「大丈夫っすよ〜。お構いなく〜」 「気分悪いんだったら、部屋取るから一緒にいかないか?」  ん?てつやにはよくあるシチュエーション… 「部屋?」 「うん、そこのさ」  男性が指差したのは通りの向こうのラブホ。 「ん〜?おじさん?俺を買おうとしてる?俺…高いよぉ〜〜?」  と言ってゲラゲラ笑う酔っぱらい。 「え?そうなの?いくらくらい?」 「10!万!円!な〜?たけーだろー。無理すんな〜」  酔っぱらいが真剣な人を煽っているのは傍目によくわかるんだが、真剣な人は真剣なわけで、てつやの言葉を冗談と受け取らない。 「10万?払うから、じゃあいく?」  あれ、いつもの逃げ口上が効かねえぞ?  てつやはあの一年前から、割とこう言うことが増えたので、お断りの時に10万ってふっかければ相手は引くからと教わり、その通りにしてきていた。…のだが…? 「じゃあ20万だ!」 「いいよ」 「じゃあ30…おっさん…そんなにおれとやりてえの?」  男性はポッと顔を赤らめて 「実は…ずっと前からみてたんだよね君のこと…」  ここはゾゾッとする場面ではあるんだけど、てっちゃん酔っているし、しかも実はバイセクシュアル。 「ふぅん…」  酔って色気満載の目で、おじさんの上から下まで舐めまわし、 「じゃあさ、『ここで』俺にキスできたら一緒に行くよ。ここでだぞ。できたらビジホでもラブホでも帝国ホテルでも行ってやる。ど?」  と、煽る煽る。  てつやは『可愛らしい顔立ち』の上、酔って無防備になったりすると色気が出てくるタイプで、元々てつやが好きだと言うおじさんだったら、堪らないのではないかというか格好の餌。 「いいよ」  おじさんは爽やかな笑みでてつやに近付き壁に手をつき、足はてつやの足の間に左足を置くという臨戦体制。  顎をクイっと上げられ、そのまま唇を合わせられる。  てつやも185cmあるのだが、寄りかかっているのを差し引いてもおじさんの方が少し大きいかも。 「舌入れても?」 「どうぞ」  ニヤリと笑って、押さえつけられながらおじさんのキスを受け、舌まで受け入れててつやの息はちょっと上がってしまう。 「キスできたけど…?」  おじさんは唇を離して、少しうっとり目なてつやに言う。けど、そのうっとり加減に我慢が効かなくなりそうで、もう一度唇を合わせた。  時  パパパパパパパパアァァァァァン  派手なクラクションが響かせた車がすぐ近くの車道脇に止まり、そこから2人の男が飛び出してくる。  出てきたのはまっさんと京介だ。 「てつや!大丈夫か?」  男2人が走ってきた瞬間におじさんはてつやから離れたが、京介がおじさんの肩を引き倒し、尻餅をついたおじさんに 「おっさん何してんだよ!未成年…じゃないけど若い子相手に盛ってんじゃねえよ!2度と近づくな!てつや車に乗れ!」  とおじさんを威嚇し、まっさんは壁に寄りかかるてつやに肩を貸して車に向かう 「うっひゃっひゃ じゃあおじさんばいば〜い」  てつやばかりが陽気に手を振り、座り込んだおじさんは当事者ながら呆然と見ているしかなかった。  今の光景は、(はた)から見たらおじさんが無理やりてつやに襲いかかっていると見えなくもない。  少なくともまっさんと京介(ふたり)はそう判断して、てつやを助けにきていた。てつやがバイセクシュアルなのはみんな知ってはいたが、ここまでされる謂れはないと、この後も結構憤慨したものである。  しかしまさか、てつやが煽ったなどとは思いもしていないから、てつやもずうっと言えないでいるのだ。  「さっきの親父、あれだぞ去年公園前でお前に声かけたやつと同じやつ!また狙われてんのかよ。お前そう言うの多いな。変態ホイホイめ」  そんなことを言われても、酔っているてつやはヘラヘラしているだけ。  どういう理由(わけ)か、てつやは10代の頃の経験で色気を振りまいてしまう体質が判明していて、本人はそれも嫌で仕方なくそういうのが出ないようにも振る舞ってはいたのだが、今日のように酔って無防備になってしまうと抑えは効かなくなるようだった。  このことは仲間内全員が把握しているため、だからまっさんが、しつこく『ここにいろよ、動くなよ』と念を押していたのだが、向こうからやってきた騒動だったから仕方ない。   そのおじさんが文父だと判ったのは、それから2年も経った頃。  母校の大学の学祭で当時から懐かれてた文ちゃんに 「とーちゃんです」  と紹介されたから。  その出会いのゲロ不味さったら、人生でこんな雰囲気になるのそうそうないってくらい…。だった。  文父との経緯はこんな感じであった。  酔っていたとはいえ、煽り散らかした上に友人が拐うように連れて帰ってしまい、結果約束も守ってもらえない大人が1人取り残されて、さぞや悔しかっただろうに。  復讐されても文句言えないが、文父はどう言うわけかずっと一途にてつやを思い続けている。  てつやにはそれが解らなくて、イライラして、そして顔を偶然にでも合わせればあの反応。いい加減にしてくれが本音だろう。  で、結局は1番面識のない銀次が商店街の夜間使用許可を取り付けに行くことになった。  ある意味まっさんは2度現場に立ち会ったものだから、文父には『てつやのお相手』としてもしかしたら認識されているかもしれないし、京介も「せっかくのチャンスを不意にしたー‘s」の一員として認識されているかもしれない&怒鳴り散らしたので心象が良くない。ので、銀ちゃんの出番。  変な癖出さなきゃスムーズにいくだろう。 「いいな、銀次。文父目の前にして、『ニースでバラを散らすか、文父(この人)に散らされるか、てつやの運命の人は、どっち〜〜』 とかの妄想膨らますなよ?いいな。それにもうバラは散ってんだからな」  新市街との境目で、これから文ちゃん()へ交渉に行くという銀次に、まっさんが言い聞かせた言葉。  変態クオリティでびっくり。  近くで聞いていたてつやは、お前こそなんか変なもん読んでるだろ…と胸糞悪そうな顔で腕を組んで聞いていた。しかもまっさん…最後の一言余計じゃねえかな…。  とにかく日がないので、ノータイムでOKが欲しいところだが、まあ各店舗への確認もあるだろうしなぁ…と頭の中で色々考える。  あと20日しかないからなぁ…  『その日』の夜中、てっちゃん率いるチームロードスター(自称)は、誰もいない商店街の端っこに立っていた。  ただてつやだけは、あまり面白くなさそうな感じではいるが、実証実験自体は嬉しいもんだから、複雑な顔をしている。何故かと言うと…   きちんとアポを取って、文ちゃん()へ面談に行った銀次は、ものの10分で帰ってきた。 「はやくね?」  と全員が驚く中で、銀ちゃんが言うには、集まるメンバーを訊かれてつやの名前を出したとたんノータイムでオッケー!許可証にハンコばーん!商店街のまとめ役へ連絡GO!オールオッケー頑張って!  で終わったらしかった。 「愛されてんな…」  まっさん…ー冗談でもそゆこと言うなーと嫌な顔するてっちゃんはシューズに足を入れた。  まあ、とりあえず直線のスピードは測らないとね。駒爺は夜中なのでご遠慮願って、3人だけで計測。  今回は記録用スピードメーターをてつやに装備させるのと、速度計測器を駒爺が貸してくれたので、スピードが乗るであろう真ん中あたりに設置して、数値を測ることにした。 「時間は1時間しかダメってから、すぐいくぞー」  商店街の北の端に立つてつやは、そう声かけて手首のスイッチを入れた。  相変わらずそれだけで前へ進む足先をとめて、ゆっくりと走り出す。  人差し指を曲げて、まず100mほど進みそこから中指を追加して、メーターが設置してある真ん中でトップスピードがでる様に指を曲げてゆく。 『直線だとけっこう出るな』  足漕ぎが無い分ロスは少ないが、急にスピードが出るから体感がついてゆくのにラグがあることを感じた。  スピードはぐんぐん上がり、銀次が居る中央にきた時は今現在で出来うるトップスピードとなってメーターを横切って行った。   惰性走行で南の端までゆき、薬指と小指でポンピングブレーキ風。そして親指でまっさんの前にストップ。 「指遣いはなんとかいきそうじゃん?」 「いや…薬指と小指まだ怖いわ」  惰性走行はその怖さのせいだったから、まだ完全にグローブを制御し切れてはいないことは悔しい。  まっさんもやってみたが、やはりおなじで中指がつられるタイプ。よかった俺と一緒で、とてつやは仲間がいたことに安堵。でも銀ちゃんは文ちゃんよりだった。 「あ、きた」  まっさんのスマホに銀次から数値が送られてくる。 「70km⁉︎」 「そんなに出てたんか?」  風速にして70kmは、人が前に向かって歩くには歩行不能になるし、転倒も有り得る感じ。 「苦しくはなかったのか?」 「いや?そうでもなかったな。でも結構苦しくなるよな長く走れば」  それに、車に掴まって走るのとは安定感が違うから、人1人で70km走行は危険である。 「お前1人で走ってる時は、60くらいにしといたほうがいいかもな」 「それじゃあ遅いよ。何かに掴まるって言うんじゃ今までと変わらないし」  悩むところである。 「もう一回向こうに行ってみるわ。銀次に連絡して」  てつやはもう一度手首のスイッチを入れ、GOサインをまった。 「OK行け!」  まっさんの合図で走り出す。今度の走りで得たいのは、自分の体感と呼吸のしやすさだ。  さっきより少しスピードを上げてみるが、呼吸はさほど苦しい感じはなく、中指を1番深くまで曲げると言う初めてのスピードで真ん中のメーターを通り過ぎる。  北の端に戻ったてつやは、慎重にポンピングの練習も兼ねて指を曲げ、なんとか普通に止まることができた。 ーあとは慣れだなー そればかりは仕方なかった。  スマホに連絡が入り、スピードが書かれている上に『無理すんなよ!』と怒りのメッセージ。その数値は85km  そこまで出せるなら、75kmで走れるかもな…と漠然と思い、足漕ぎで中央へと向かった。  真夜中の商店街のど真ん中で、3人の男が座り込んで話し込んでいる図というのもなかなか得難い絵面だ。 「85kmは自殺行為だぞ、2度とやるなよ…」  まっさんは結構怒っている。 「そうだぞ、生身なんだからさ、万が一転んだらそれだけで重傷だぞ」  と銀次も続く。 「それにな、ここは無風で車も走ってない。高速やら走ってる時はお前もわかるだろうが他の車の煽り風もあるんだからな。速く走りたい気持ちはわかるから70、70が最高だ!それ以上出したら俺はその場でリタイアするからな!」  2人から言われて、てつやはちょっと拗ねていた。しかしよく考えれば、煽り風は確かに怖い。煽り風とは、ローラー族の専門用語で、車が通り過ぎる時に起こる風のことを指している。生身のロードローラーが気をつけなければいけないものの一つだ。 「わかった…」  渋々だが、てつやは了承した。自分も取り返しのつかない怪我はしたくはないから。 「あれ?あの人…」  話し込んでいるうちに1時間が経ってしまったらしく、2.3人の人間が商店街をフラフラしていた。その中で目立つ赤いドレスと、でっかくてこれまた赤い50cmくらいのつばひろの帽子を被った女性。 「あれ、ミス・マドレーヌじゃね?」  銀次が目線で指す方にその女性はいた。  ミス・マドレーヌ。この人もロードの常連で、毎回ミニのコスチュームで脚線美を惜しげもなく晒して…ついでに中身も晒して走る名物ねーさん。  ねーさんのパンツの柄は、ロード当日の話題の一つである…因みにだが、最初はTバックで出ようとしていたのだが、参加者および一般車への影響を考えて、運営から普通の下着着用の通達が個人的に来た人でもある。玉突き事故など起きたら、ロードの開催も危ぶまれるからね。  そのミス・マドレーヌが、静々とこちらへ向かってきていた。  背がバカデカくて、陰では八◯様と恐れられている人物がこちらへ向かってくる姿は、真夜中であるというシチュエーションも手伝ってちょっと怖い。 「Hi boys」  近くまで来て扇子を広げ 「みーちゃった♪」  と、持っていた扇子で口元を隠しながら、ミス・マドレーヌが不敵な笑みをこぼす。 「見られてもあまり困らないけど、マドレーヌねーさんはこんな夜中になにしてんの?っていうかもう前のり?」  と、てつや 「85kmで走られたら、敵わないのよ?私だって。準備もあるからね、早めに近場に来ているのよ」  数値まで聞いていたとは恐れ入る。 「私は夜しか出歩かないの。だからロードの日はほんと大変でねえ」  それだけ言うと、シャナシャナと去って行ってしまった。 「なに?」 「なんだ?」 「何しに来たん?」  3人で見送りながら。相変わらず不思議なねーさんには振り回されっぱなし。 「あ、それから!」  もう10mも離れた所でいきなり振り向いた◯尺さm…ミス・マドレーヌは割と大きめな声で 「私は『ミス』じゃないわよ『ミズ』よ『ミズ・マドレーヌ』よ!』  とだけ言って、また前に向き直ってシャナシャナと歩いていった。 「独身を隠したいんかな」 「いや、案外結婚してるのを隠したいのかも…」  結果、正直どうでもいい…で終わる話。

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