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真実はいつも1つ←ダメ

 大会開催日5日前。  今日は、参加者を集めての合同ミーティングがある日だった。  都内の、とあるビルに入っているレンタル会議室に参加者全員が集められ、参加者の顔繋ぎや、把握を目的としている。会議室という割にはちょっとした企業の入社式くらいはできそうな広さだ。  初期の頃は、途中で賑やか師などが紛れ込んだり、名前を騙って入賞で揉めたりしたので、参加する者の顔は全員が把握するべきだと言う方針に変わった。  本日来られないものも顔写真の提出は必須で、モニターに画像が貼られる。  その会には、てつやのチームはまっさんと銀次が出向いていた。  格好の的になりそうなてつやは文ちゃんとお留守番で写真のみ。  会場に入ると横何列かのパイプ椅子が並び、真ん中が通路のように開いている。  2人は前から5列目ほどの通路側に座った。  しかしやはり、てつやの関係者ということは周知されているからか、何人もに『てつやいないんか?』だの『逃げたのあいつ』だの言われ続け、どこに行ってもなにか言われていたてつやの苦労を少しだけ理解したようだった。  ざっと見渡すと100人はいる。レースの性質上、1人での参加というのは難しいので、最小で2人組が多く、まっさんたちのような5人体制はそうそうはいない。それだから強いということもあるのだけれど。  最初は運営からの今回変わった規則やらの説明。大した変更はなかった。  それからは、名前を呼ばれての顔見せが始まる。  エントリーは個人なので、呼ばれるのはその名前。呼ばれたものはその場に立ち上がって、取り敢えず顔をみせ、前に据えられたモニターへ顔写真も一緒に映る。 欠席者はモニターのみだ。   名前を呼ばれ、次々と立ち上がってモニターに映し出されてゆく。エントリー順なんだろう、まっさんは中頃に呼ばれていた。 「広田 正直さん」  まっさんは立ち上がって、取り敢えずおじぎ。モニターにも顔が写っている。  そこから5人ほど置いて、銀次。  京介はレース自体には参加しないので、顔写真やこの場にいる必要もなかった。ローラーの援護は何人いたって関係なく、京介は裏方でがんばってくれている。文治も18で免許を取って喜んでいたが、なかなかレースが行われなくなっていたため、裏方としても初参加。どんな仕事をするのかは未知である。  そして、わかってはいたが…そうかなあとは思ってはいたが、てつやは最後の最後の呼び出しで、まるで真打登場のような馬鹿げた演出に自然になってしまい、てつやの名が呼ばれ顔写真が映し出されると、今回の経緯を知っている者達は歓声を上げ、指笛を吹いて揶揄っているのか同情しているのかわからないような騒ぎが一瞬起こった。 「なんで今日来てねーの?」「それこそケツまくって逃げたんじゃないだろうなー」「優勝確定だから余裕っすかー」  中にはこんなやじがとび、まっさんと銀次はてつや置いてきてよかったな…と思っていた。いたら既にキレ散らかしていそうだ。  しかし、これはちょっと誤解がすぎるなと言う点もあり、まっさんは近くに立っていた運営の人の所へゆき、説明をさせて欲しいと交渉した。  今回の大会の、主催と一部参加者の噂は耳に入っていたらしく、運営も聞きたかったのかまっさんの交渉は少し時間を要したが通らせてくれた。  マイクを持ってきてもらい、まっさんはその場で話始めた。 「少し時間をいただいて、今回の件での一部の方々の誤解を解いておきたいと思います」 「優勝決まってるチームはいいですねー、こんな時間ももらえて」  いいタイミングで実にわかりやすいヤジが飛び、まっさんはそれを利用させてもらうことにした。 「今の発言ですが、それがそもそも誤解なので説明をします。俺達…というか、加瀬てつやの事ですが、主催様と関係を持って優勝が確約されている、と言う噂が出回っておりますが、それは全くのでたらめです。まず優勝が決められているなどということが不可能なのは、参加される皆様が一番お解りではないでしょうか。この大会において、加瀬も一般の参加者にすぎず、純粋に優勝を狙うだけの立場はここにいる全員と一緒です。 主催様やその他各機関の手前、言いにくいこともありますので多くは語れませんが、そういう噂が流れる背景も確かにあることはあリます。しかしこの件に関して彼は被害者なので積極的に主催様に関わることはなく、今回も主催様の真実を知らずにエントリーする大ボケです。なので、今回のレースは我々も全力で彼をサポートしますし、今までと変わりなくレースを楽しんでいけることを、願っています。勿論主催様の考えは自分たちには解りかねますので、あくまで推測で話はしていますが、周りでこうも悪態が多いのもこれから残り5日間、精神的にデリケートになっていく時期に煩わしいので、ここで言わせていただきました。以上です」  場内はシンとした。勘違いで謂れのない発言をしてきた者達にとっては自分が恥ずかしくなるほどの、まっさんの説明だった。  その後運営が引き継ぎ、 「我々も、細かく把握しておらず皆様に混乱と不安を与えてしまったのは申し訳なく思っています。我々が行うゲームには一切デキレースはないと信じていただくことで成り立っておりますので、今の説明を心に留め、全員で楽しんで大会を終えられるよう望みます」  運営の代表は一度立ち上がり、会場に一礼をした。そしてそのまままたマイクを取り上げ 「最後に、既に決まり文句になってしまっていますが、言わないと気が済まないので言っておきますね『警察の厄介にはなるな』以上、解散です」  その言葉の後に、会場が湧き立って今回のミーティングは終わった。  見つかったからと即確保!と言うことは今では無くなったが、無茶なことやそれこそ一般車への迷惑や危険行為などを気をつけろという合言葉のようなものだった。  それからまっさんと銀次は運営に呼ばれ、まっさんの言っていた『背景』とやらを確認された。  他言無用という事でまっさんは、今回の主催者が過去にてつやにした犯罪を説明し、てつや に対して永久接近禁止令が出ていること、そして今までの戦績を鑑みててつやが優勝する確率が高いとしたときに、今回の副賞が日本の法律が届かない外国ということに自分たちも敏感になっている、ということをきっちりと話した。それには運営もその事件自体は知ってはいたものの、今回のケンペウスル商事の社長が大崎大将とは把握していながら事件とリンクしなかったことを詫びられた。そしてネットでしか晒されなかったてつやのことは事件当事者と知らなかったらしく、これから主催の背後もきちんと調査すると言ってくれた。  しかし、あと5日に迫った今それを知ったからと中止にはできないこととなり、十分注意してほしいとまっさんたちも言われて帰ってきた。 「ただいま〜、いってきたぞ〜」  てつやの部屋で、2人ババ抜きという最高につまらない遊びをしていたてつやと文ちゃんは、退屈からの脱却で帰ってきた2人を喜んで迎え入れた。 「おかえり、どうだった?参加者は結構多かっ…」 「すまん、てつや」  銀次とまっさんは、てつやの前に正座して土下座の一歩手前の手をつく動作を始めた。 「ななななに…なんだよいきなり…」 「煽り体質はいずれにせよ、お前随分色々言われてきてたんじゃないか?気づいてやれなくて悪かった」 「えええええ?まじでなによ、とりあえずそれやめて」  2人は正座を解いて、今日のヤジを説明した。 「俺らは本人じゃないけど、それでも結構腹も立ったしイライラもした。お前1人で色々言われてたこともよく聞くし、煽るのも仕方ないなと今日思ったんだよ」  ああ、そういうことか。 「別にそんなに言われ続けてるわけでもなかったけどな。まあこれから近隣にローラー達入ってくると、なんかあるかなとは覚悟してるけど」 「この間のお風呂も、一方的だったんだよ!急に来てさ。もっとお風呂入っていたかったのに」  文治も口を尖らせて言い募る。 「だよなー」  後ろに手をついているてつやは、文ちゃんに首を傾ける。 「これからはきっと大丈夫だと思うぞ」 「ん?なんで?」 「まっさんが一説ぶち込んできたからな」  と、銀次が言うのに、今度は2人にむかって首を(かし)げた。 「まっさんが、てつやが主催と関係持って優勝が決まってることはないってマイク借りて言ったんだよ」 「まじで?まっさん…」 「あまりにひどいヤジだったもんでな…これから気分も上がってはくるけど、反面デリケートな時期にも入るからさ。色々言われんのも面倒だろ」  あの勘違いはほんと迷惑だった、とてつやは思う。 「説明するわけにもいかなかったから、ほんと助かったわ。まっさんありがとう!」  文ちゃんは側で神妙に聞いていた。大人チームの話にはいつも入れてもらえなかったけど、この話を聞かせてもらっているということは『おれ、認められたんだ』と気持ちを引き締めていた。 「運営もさ、デキレースはあり得ないからみんなで楽しんでレースを盛り上げてほしいって言ってくれたから、これについて色々言われることはもうないと思うぜ」 「あああ〜〜〜〜〜よかった〜〜〜」  そのまま後ろに倒れたてつやは、やはり少しは警戒していたのだろう、因縁をつけられることがなくなっただけでも、だいぶ気が楽になったらしい。 「一部なんだろうけどさ、なんでか勘違いして俺らが優勝確定なんて思い込んでてよ〜ビビるぜほんと。ケツケツうるせーし」 「てっちゃんよかったねー」  文ちゃんが一緒に寝転んで嬉しそうに笑っている。 「明日はゆっくり風呂入れそうだな」 「またゆらゆらしよう!」 「風呂より、鍛える方をやってくれな」  そりゃそうだ。あれからレッグプレスも1kg増やして回数も15回を3セットになって、ローイングマシンも10分漕いでいる。  だいぶ足腰に筋力ついた自覚もあって、本番に向かって抜かりはないようだ。  ジムも昨日からまっさんと銀次も加わって、いよいよ感も増してくる。 「文治も今回初だもんな。今回は俺らのサポート頼むことになるけど任せていいか?」  銀次が文ちゃんの足をポンっと叩いて、そう言うと文ちゃん『任せてよ』と自信満々。大人チームに混ざれるのは本当に嬉しいのだろう。 「まっさんと銀次のサポートは、かなり前後するから気をつけろよ」 「大丈夫!運転の腕もみがいてるよ!」 「頼もしいな」  まっさんも文ちゃんのお尻叩いて褒めてあげた。  その日は、まっさんと銀次はもう一つ仕事があった。  時期は夏休み。運営もなにもこんな暑い日に…と思える夏も真っ盛りの時期にロードは行われるわけだが、文ちゃんは20歳とはいえ大学生でまだ親御さんの庇護のもと暮らしている。  8月頭の4日が大会で、その前の日には集合場所の近くに前乗りをする。泊まりになるという許可を得に挨拶に行かなければ大人としてはいけないのだ。  スーツまでとはいかないが、とりあえず襟付きのシャツを着て、文ちゃんから言われた時間に文ちゃん邸へ向かった。  玄関での挨拶で十分だったが、応接間に通されてお茶とちょっと食べ飽きてしまった感のある文ママのお菓子を出してもらい、少し詳しく説明をする。  文父は、最初こそ一緒に座っていたがまあ…てつやがいないので『仕事が…』と席を外して行った。 「今回のレースでは、文治くんの力も借りなければならず、図らずも泊まりで出かけなければならないことも踏まえてご挨拶に参りました」 「うちの文治が役にたちますの?」 「ええ、もう参加してもらわないと大変なくらいです」 「まあ、そんな」  コロコロと笑って、文ママも嬉しそうである。  まっさんのこういう会話術は、どこで習ったのか人を落とすのには最適だ。 「なので、8月3日から、ご子息をお借りいたしますがよろしいでしょうか」 「勿論ですぅ〜。甘えん坊ですので、至らなかったらビシビシ鍛えてあげてください。てつやさんにはいつもお世話になってばかりですし、こんな時くらいね…そういえばてつやさんは今日はいらっしゃらないのね?」 「ちょっと用がありまして、来られないことを残念がっておりました」 「残念。よろしく言っておいてくださいね」 「はい」  背筋も凍る笑顔でまっさんが返事をする。『あんたの旦那のせいなんだよ』って言いたい気持ちが空気に出てる〜 「では、我々はこの辺で」  銀次の合図で立ち上がり、家を辞す。 「薄ら寒かったわ…」 「ん?」  銀次を見るまっさんの顔が、あの笑顔のままだ 「やめてくれ、それ」  銀次が両手で腕を合わせて怯える。 「なんか、あの家にいるとなんかなー」 「はやくやめろ その顔」 「治らねえ…」   さて、いよいよ前日になった。  本日正午に、ゴールが発表される。  てつや達は、9時ごろまっさんちに集合して東京にとったホテルへ向かうこととなっていた。  てつやは文ちゃんが迎えにきて、それに乗ってまっさんちに行く予定だったが、文ちゃんを待ってアパートの前にいたてつやが目にしたのは、クラウンだった。  あ…そういや言ってなかったか…。今更ながら小さな連絡を怠ったことに気づき、目の前に止まった文ちゃんに  「あー、ごめんな。こんなかっこいい車用意してもらったけど…これはだめなんだよね」  と伝えた。  え!と文ちゃん大びっくり! 「俺らさ、車に乗り込む場合もあるじゃん。こう言うドアさ、走りながら開けて乗れないんだよ」  一般車の普通に開けるドアなのだが、高速で結構なスピードが出ている車に乗り込むのに、普通に開けては乗れないのです。   クラウンのような車は、普通乗りにはいい車なのだが、今回のようなレースには一番向かない車だった。 「取り敢えず、俺の駐車場行ってセレナと交換して行こう。あのセレナはロード用に改良してあるからさ」    文ちゃんは、そっか…と考えの至らなさにちょっとしょんぼりしてしまった。 「気にすんなよ文ちゃん。俺が言わなかったのも悪かったし、代わりの車あるんだから大丈夫」  意気込みがすごかった分、文ちゃんはちょっとのことで凹む感じになっていた。 まあ、緊張もあるのだろう。  セレナでまっさん()へ向かったが、やはり 「あれ、セレナ?文治の車どした?セレナ慣れてねえだろ」  って、聞かれるよね。てつやは軽く説明した。 「文ちゃんさ、クラウン持ってきたんだよ。俺の不注意で言うの忘れてたんだ。まあでも俺のセレナは、走行中も運転席からドア開けられるよういじってあるし、それに荷物も詰めるからいんじゃないかなと思って」  まあ、それ仕様に改造してある車なので、安心っちゃ安心ではある。  しかし文ちゃんも自分の車で結構練習しただろうに、まっさんも言ってくれたが急に慣れない車でかわいそう。  しかし、その慣れない車でのロードは危険なので、文ちゃんはこれから車に慣れるため東京に向かうのにセレナを任された。  京介の車は、フルチューンのサニトラ。  グレーメタリックのハコスカフェイス。京介のお気に入りだ。  荷台に乗り込むためのハンドギアも設置済みだし、後ろに取り付いて保冷バッグを漁るのも可能。  あとここでの確認は、ヘルメットとインカムの通信具合。駒爺に頼んであったものを昨日受け取り、一応はチェックしてみたが今少し離れてから最終確認をすることになった。 セレナに乗り込んだてつやと文ちゃんは、てつやの部屋の前。京介は単独で、インカムつけて自分の部屋の前へ移動して、通信をオンにする。  てつやのは、ヘルメットに直接ヘッドホンとマイクを内蔵してもらっているので、顎のところのスイッチを入れれば回線が繋がる。 「あ〜テステス きこえるか〜」 『京介〜』 『文ちゃん〜』 『てっちゃん〜』 『銀ちゃん〜』 「ふざけんなよ おまえら」  そういうまっさんも笑ってるじゃん。 「よし、全員の声が聞こえた。大丈夫だな じゃ出発するぞ!」 『お〜う』 「てか、どっちか迎えにきてね」

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