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ヒャッハーを着てレースに臨…まない!

 装備品会議をして3日後  出揃った装備品を、てつやに着せてみる会が開催された。  一部レンタル品もあって、いくつか用意できたりしたので、どれにしようかなもできる。  一旦フル装備をしてみたてつやを見たみんなの感想は。 「ロボコップ」 「世紀末伝説 ヒャッハー」 「ビビリ」 「ビビリって言ったやつ前へでろ」  勝手に着せといて、勝手なことを言いやがる!  しかし着ているてつやも、かえって動きにくいと大ブーイング。 「まあまあ、徐々に削ぎ落としていこうや」  まっさんが立ち上がって 「まず要らなそうなところはどこだろうな…」 「これこれこれ、このヒャッハーは絶対に要らねえ」  強化プラスチックでできた胸板を守るように設置されているごっついチェストガード。流石にこれは…と全員一致で却下。それでもボディプロテクトは必要だというまっさんの意見でその名前まんまの少し柔らかめのボディプロテクター採用。そのボディプロテクターをつけたてつやへの感想は 「これは…」 「「「ベジ◯タだな」」」  なんか世代的にさっきから漫画ばっかり出てくるけど、まあ実際そんな感じなので仕方がない。ボディプロテクターは、簡単にいうと野球のキャッチャーのプロテクターに似ている。 「ブーツも要らねえなぁ。これは足が動かなくなる」 「グローブの推進で、スキーの直滑降みたいなら必要だと思ったけど」  まっさんはてつやの怪我の心配が大きいようだ。 「いや、あればかりには頼れない場面もある気がするから、足は自由にしておきたい」  確かに、あのグローブも常時発動しているわけにもいかないか。 「なあまっさん」  銀次が手を挙げて発言 「はい、銀次君」 「この装備は、元は何用なんだ?」 「あ。これ?これは、モトクロス用」  ゴッツイわけだ…全員が天を仰ぐ。 「ちょっと心配しすぎじゃねえ?整備された道路なんだぞ?」  京介が過保護っぷりを指摘。 「いやあ、こいつは絶対に85kmやらかすと俺は踏んでるんだよ」 「ああ、まあやりそうだけどさ…」 「やらねえよ!まっさん抜けられたら困るしさ」  この場合、本人の言葉が一番信用ならんのは皆の知るところ。  てつや、とことん信用が無い… 「あ、いいこと思いついた。70超えたら俺がリタイアって言ってたけど、70超えたらこのヒャッハー着せようぜ」  うわ…とてつやがやな顔する。周りは、ああ、それならやらなそうだな…と全員一致。  70までの制限が締結された。  と、色々喧々諤諤と話し合ってきたが、結果は割とスッキリとしたそして堅固な装備となった。  ベ◯ータは上にTシャツ着込むから問題はなし。 「後15日は、装備慣れの練習あるのみだな」  まっさんに背中を叩かれ、やっと俺の出番が来た気がするよ、とてつやは笑っていた。 「てっちゃ〜〜ん おはよ〜〜〜」  久しぶりの文ちゃんの声がした。  てつやは夢かと思って無視をしていたが、ドアをコンコンコンコン叩かれると夢じゃ無いんだとだるそうに起き上がって玄関へ向かった。 「おはよ〜文ちゃん…でもさー…今何時だと思うぅ〜〜」 「5時〜朝の5時だよ。てっちゃん着替えて着替えて」  よく見たら文ちゃんジャージ姿。 「はぁ?なんのことよ」  お腹をかきながら大欠伸のてっちゃんは、立ったまま寝そうな雰囲気だ。 「マラソンだよ〜体力強化!レースまであと14日でしょ。体力造りだよ」  昨日まで前期試験だった文ちゃんは、テスト終わりの晴れやかな顔で足踏みをしている。 「俺聞いてないけど…」 「昨日、まっさんから俺に直接連絡あった!てっちゃんの体力作り手伝ってやってって」  まっさん…まず俺に言おうよ…  友達から言われるとてっちゃんには甘えが出る。文ちゃんに任せれば、てつやは甘えられないのでやるしか無い方へ行くと言うのはまっさんの読み。  こうやって文ちゃんもてっちゃんもいいように操られていくのであった。 「ほらこれも用意したから、着替えて着替えて〜」  文ちゃんが手渡してきたのは紙袋。中を見るとジャージ1式が入っている。 「それてっちゃんのだよ。はやく〜」  ロードのためならばと一念発起…というわけにも一瞬ではいかず、だらだらと着替え、ダラダラと走って、本日の早朝マラソンおしまい。 「3年もブランクあるんだからね〜ちゃんとしないとだよ」  文ちゃんでさえプンプン怒る有様に、部屋に戻ってからてつやは眠いんだよぉ〜と再び二度寝をしてしまう。 「お昼頃またくるね。今度はジムだよ〜筋トレ〜じゃあね」  その後てつやは10時頃目を覚まし、朝のマラソンは幻だったのかな?と言う思考をジャージを着ている自分で現実と悟った。 「走ったの覚えてないや…」  冷蔵庫の水をそのまま煽り、冷蔵庫に入っている文ママのマドレーヌ(まだまだある)を一口で食べる。  確かに3年のブランクは身体に影響あるだろうなぁ…とTシャツをめくってお腹を見てみる。 「ぷにっぷにだぜ…」  呟いて、シャワーを浴びに行って、だいぶ覚醒をした。 「昼頃ジムに行くって言ってたな…ジム1年くらい行ってねえや。まだできるんかな」  とりあえず、ジムの準備でもして文ちゃん待つか。  シャワーをキュッと閉めて、気づいた。 ータオル用意しなかったー  てつやはそのまま浴室を出て、寝室にしている部屋まで水の跡を残しながらタオルを取りに歩いて行く。家賃3万のアパートに脱衣場は無いからね。 「あースッキリした。よし、身体造り開始だな」  やはり冷蔵庫にあった銀ちゃんちのパン(いつのだろう)を食べて腹ごしらえ。 文ちゃん来るまで、プランクでもしとこうとお腹を撫でた。  ジムには、やはり大会前ということで見たような顔も多い気はする。  日本全国から来る参加者だが、徐々に出発地の近くに来ては現地調査を行うものたちも多い。  今回は国立競技場なので、割と近郊(でもないのだが)のここにも、参加者らしき人は増えてくる。  普段ならお互い無関心でトレーニングするのだが、てつやの意識もあるかもしれないけれど、微妙に視線を感じるような気がしないでもない。  それは仕方ないなとてつやはもう腹を括っている。大崎に関わる気は毛頭ないし。  トレーナーと話し合いをして、脚と臀部を中心に鍛えて行く方向で行くことに決め、あとは全体の引き締め。  有酸素運動としてランニングマシンを徐々に走るようにして20分。レッグプレスを5kg10回3セットをまずは3周。瞬発力と持久力を鍛えるため、ローイングマシンを3分3セットをこれも3周で3日やる事にした。その後、徐々に重さと長さを増やしてゆくのだ。  文ちゃんはダイエットするということで、別メニューでやっている。  あのプニプニがいいのになぁ、と片隅でプランクから始めている文ちゃんを、てつやは眺めた。 「ああーきっちー」  てつやはジムの大浴場で、思うさま体を伸ばした。 「俺もーきつかったー」  文ちゃんもてっちゃんの隣で同じようにしている。 「これ、体ゆらゆらして気持ちいいね」  ヘりを枕にして文ちゃんにこにこ。 「へえ〜その体で、今回の優勝掻っ攫ったわけか」  不意に風呂の脇に立った男がそんなことを言ってきた。風呂に浸かっているのはてつやと文ちゃんだけだ。 「え?なに?」   文ちゃんはちょっと怯えたようにてっちゃ〜んと顔を向けてきた。 「またバカが沸いた…」  苦々しい顔をして、てつやは起き上がってチャプンとお湯で顔を撫でる。  大崎主催でてつやの貞操が危ないという噂は、尾ひれをつけて『主催とできているてつやが優勝を確約されている』という内容にすげ変わってきていた。  一部の参加者はそれを鵜呑みにしているようで、こいつもその一人。 「文ちゃん、体流したんだろ?だったらもう出ようか。せっかくお風呂気持ちよかったのにね」 「うん…」  文ちゃん、その男をビクビク見ながらお風呂を上がる 「お風呂出たら、こうやって『腰にタオルを巻くのが礼儀』だからね文ちゃん。あの人丸出しだね」 「なっ…ケツで優勝勝ちとt…」  いきがっている男の脇を、文ちゃんの背を押して先に促すと、すれ違いざまに 「じゃあお前も主催のとこ行って股開いてくればいいじゃん。それで優勝できんだろ?」  と、薄く笑って言い捨てて、更衣室へ向かった。  男は歯噛みして2人の後ろ姿を見送っている様だった。 「てっちゃん、あの人何?何を言ってたの?」 「文ちゃん。バカの言うこと聞いてると、バカになっちゃうよ。気にしないのが一番」  タオルを文ちゃんの頭に乗せて笑ってあげる。 「怖かったねえ、バカのせいで」 「よお、てつや」  野太い声が後ろから聞こえてきた。  またかよ…と思い振り向くと、ロードでは顔馴染みのおっさんの熊谷さんと関本さん。 「おお〜お久しぶりっす!熊谷さん!関本さんも!3年ぶりっすね」 「だな〜。今の見てたぞ。大変だな今回の大会は」 「まあ。でも俺何も悪く無いっすもん。普通にレースするだけっすよ。なんか話も変わってきちゃってるし」  関本も側に来て、 「だよねえ。元々の話と全く違うことになってるね。これからああ言うの増えてくるかもだけどな、気にすんなよ」  さっきのマッパマンの事。 「もう開き直ったんで。関本さんにまで心配かけてすいません」 「俺に謝んなよ〜大変なのはお前なんだから。お、文治もデカくなったな、横に。これ飲むか?」  傍で体を拭きながら聞いていた文ちゃんに、関本さんはちょっと笑いながらコーヒー牛乳をくれた 「横には余計ですー。でもありがとう!飲みたかったー」 「いっぱい飲んで、もっとでかくなれ。てつやのそばにいると、色々あんだろ?頑張れよ?」 「いや、関本さんそれは…」  流石のてつやも、この年上コンビには敵わない。 「色々あって楽しいです」  あなたには風当たらないようにしてますやん。てつやの心の声は文ちゃんには届かない。 「そういや、熊谷さんも関本さんもジムこれからっすか?」 「いや、もう上がるとこだ」 「じゃあご飯食べにいきましょうー」  文ちゃん、てっちゃんの心が読めるならもっと違うところ読んであげて… 「おお、いいな。焼肉でも行くか?」 「にくー!」 「じゃあ俺みんな呼びますよ。きっと喜びます」  てつやはTシャツに袖を通し、スマホを取り出した」 「てつや〜パンツ履く時間くらい大した時間じゃねえだろ」  熊さんが、彼氏の家の彼女みたいだぞ、とガハハと笑う。  その例えうますぎ、少し照れててつやはトランクスに足を通した。  食事は、仕事勢の時間に合わせると言う事になり、夜の7時に焼肉屋を予約。  ジム上がりの4人は、久しぶりということで近くのカフェで喉を潤す事にする。 「だんだん雰囲気出てきたなぁ」  関本さんがオレンジジュースを混ぜながら感慨深そうだ。 「3年できなかったからな。あの事故は痛ましかったわ」  そう、3年もの間ロードが開催されなかったのは、4年前に大事故があったからだった。  車同士の玉突き事故が起こり、その時ちょうど脇を走っていたローラー3人が玉突きから横に逸れた車に弾かれ、高速の高架から下に放り出されたのだ。  元々公的な許可のないレースではあったが、運営が警察からも厳しい通達を受け、自主的に無期限で休止を発表した。  レース自体の問題ではないので、いつでも準備はしていたのだが、待ち侘びて今回の大会だ。  嫌な噂が飛び交う開催になってはいるが、みんなが待ち望んだレースなので、気を引き締めつつ楽しみにしている。  「今どこの街にもローラーが入ってきてるんでしょうね」 「あと10日ちょっとだからな。集合場所の周囲とか色々調査も入れないとだし」  そういえばまっさんと京介が、今度の日曜に国立競技場まで行ってくるとか言ってたなと思い出した。 「ゴールどこになるんすかね。俺は東北の方に行きたいっすけどねえ。涼しいから」  東京近郊は暑すぎる。てつやは涼しい方へ走っていきたいと言うが、 「今は東北でも大して気温は変わらないよ?まあ、南に向かえばもっと暑いかもしれないけど」  関本は、静岡から参戦だ。 「静岡はここより暑かったし」  ここより暑いとかうんざり。てつやは舌を出した。 「まあなんにしろだ、てつやは今回災難だが、もちろん優勝狙うんだろ?」 「当たり前じゃないすか。俺は負けないっすよ。色々とね」  文ちゃんがいるのでみんな遠回しに言ってくれるのが有難い。 「今回の武器、詳しくは伝わってないけどかなりいいもんみたいじゃないか?」 「え、お二人の耳にも入ってるんすか?おかしいなぁ。結構秘密裏に動いてたんすけど」 「俺は昨日行ったバーで聞いたぞ?」  関本の言葉だが、てつやは首をひねる。飲み屋で?駒爺がバーなんて洒落たとこには行くわけがないし…てっちゃん失礼。 「あれだよあれ。ミズ・マーメイド?あれ?」 「マドレーヌ…」 「そうそうマドレーヌだ。各飲み屋に行っちゃあ吹聴しまくってるみたいだぜ」 …やっぱあいつだったのか!まあ…もろに見られてたしなぁ…。友達居なそうなんていってノーマークにしていたツケだなと大反省。もっと早く止めとけばよかった。駒爺にもえらく突っ込んじゃったし。謝らないけど。 「85とか出るんだろ?」 「や、関本さん。俺それ以上言いませんよ。ここも誰が聞いてるかわかんないし」 「今更なんにもできねえだろう。興味あるんだよなそれ」 「熊谷さんも、レース終わったら色々お話できますけど、今は何も言いません」 「お口チャック〜」  文ちゃん口もとでバッテン作って、ひみつです〜〜 「硬え野郎だな」  大人2人は笑って済ませてくれた。  その後は、夜まで一旦解散してそれぞれ家に戻った。関本と熊谷はホテルだが。 「文ちゃん、かーちゃんにちゃんと言ってきなさいよ?ちょっと遅くなっちゃうって」  文ちゃんを家の途中まで送りながらそう話す。 「うん、ちゃんと言う。お店は旧市街でしょ?一回てっちゃんとこ行っていい?」 「いいよ、6時半頃においでよ。歩いて8分ほどだから」 「わかった。じゃねー」  その道から先はてつやが行かないのはちゃんとわかってる文ちゃんは、そこから走って家に向かった。  てつやはそこから通りへ出て、タクシーで家に戻っていった。 「いやあ〜熊谷さん関本さんお久しぶりっす〜〜」  店に集まった面々は、それぞれの挨拶を交わし旧交を温め合う。  そこで今日、てつやに起こったジムの一件をチクられ、 「お前らんとこの走り屋は、生まれついての煽り体質だよな」  と笑われて、まっさんにはまたかい…な顔をされ、銀次には変な妄想をされかけ、京介に至っては呆れた顔でもういい加減にさ…と言う目つきをされた。 「熊谷さん聞いてたんすね…」 「言うねえ〜 と思って面白かったぜ」  豪快にビールジョッキを空けて、おかわりちょーだいと歩いていたおねーさんに注文した。  ロード開始まであと10日ちょっと。  周りがざわつき始める頃であった。

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