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仲間が有能すぎて、じっと手を見る

 鍵が開いてたので、まっさんと銀次はそのまま入ってきた。  まずシャワーの音がしたので、てつや風呂か…と思って居間に行くと、てつやが壁際でぐったりと倒れている。 「「え?」」  と同時に声をあげて浴室に目をやると、丁度タオルを取るために京介が顔を出した。 「え?え?」  銀次が『え?』しか言えずに妄想がはじまりそうなシチュエーションだ。 「あ、わりぃちょっとシャワー借りてたんだよ。すぐ出るわ」  浴室の中から京介がそう言うのを聞いても、この状況からは一つの結論しか導き出せない… 「お前ら やっちゃったのか!」  まっさんの叫びに、ぐったりと倒れていたてつやの体もピクッと反応した。 「ばかなん?」  京介が笑って浴室から、てつやが文ママに汚い格好と言われてから買い込んだ真新しいTシャツと半パンを着て出て来て、髪をタオルで拭きながら冷蔵庫から開いてないコーラを取り出して飲む。  いちいち行動がこなれててもう疑いの余地なし! 「ほんとに、やったのか?」 「だから…ちげ…なんでそういう発想になんだよ…話を聞け…」  居間から微かなてつやの声…  京介が、疲れ切っててつやの足を枕に寝てしまって、すぐ起きると思ったら5時間も寝られて動きが取れず、水分も取れないまま今に至ってる…から俺にも水分よこせ…とかいつまんで説明をした。 「シャワーは…」 「俺さ、今仕事キッツイの知ってるだろ。で、今日仕事帰りに疲れ切って歩いてたら、偶然てつやに会ったわけよ。したら俺の様子見て心配になったらしくて、寄ってけって言うから寄らせてもらってな?昼飯食ってそのまま寝ちまったからシャワー借りたって事」  半笑いの京介を見て、まっさんはなんだか微妙な表情をして、銀次はちょっと残念そうな顔をした。 「なんでお前残念そうなんだよ」  てつやが軽く蹴りを入れる。 「ほれ」  京介が半分飲んだコーラをてつやに渡すと、飢餓状態のクマみたいに一気に全部飲み干した。 「もっと水分よこせ…」  銀次が自分用に買った水をてつやに手渡すと、これまた一気に飲み干した。 「はぁ〜!生き返った…」  漸く起き上がって、ちゃぶ台に突っ伏すてつやはー死ぬかと思ったーともらす。 「まあ、この暑い中5時間も飲まず食わずじゃそうだろうな」  まっさんも自分の水を提供。 「エアコンのリモコンも取れねえし、京介も疲れすぎて眠りが細切れっていうからすぐに起きると思ったら…俺の足で熟睡すんじゃねえよ」 「わり」  と笑って、冷蔵庫から新しい2lの水とコップを4つ持って戻ってきた。  しばらくそんなことですったもんだしていたが、てつやはふと思い出して今日の話題。 「なんかわからないんだけど、今回の俺の装備(武器)、割と広まってるみたいなんだよ。お前らまさか喋ってないよな」 「誰が言ってた?」 ー俺は言ってねえけどーと言いつつまっさんが聞いてくる。 「あの、いたじゃん…あ〜猿モンキー!あいつに偶然会ってさ、いい武器出すみたいじゃんとか言われてさ」 「ああ、あのどう見ても猿にしか見えねえやつか」  どう言う人… 「みs…ミズ・マドレーヌは?」  律儀だな…まっさん。 「そんな口が軽い人には見えねえし、大体人と接するようにも思えなくね?」 「尻は軽そうだけど…」 「まっさん…」  珍しいまっさんの悪口。 「まあともかくだ…どこから漏れてんのか気になってさ…」 「駒田の爺さんが、次回に売り出そうとしてるってのも考えらんないことじゃないぜ?」  銀次が言うのももっともだ。あの爺さんそれで生活してるし。 「お前爺さんに金積んで、口止めしたほうがよくねえか?」 「ああ、それはやったほうがいいかもよ。京介の言う通りさ。あれを次回全員が装備したらロードの歴史かわんぜ」 「まだ爺さんと決まったわけじゃないだろ」 「一応締めとく…聞いとくのは悪いことじゃないぞ」  銀次、昔を出さないでくれよ。穏便にいこうぜ。と言うほど、銀次の若かりし頃はそんなでもなかった。 「明日グローブ持ってくから、なにげにきいとくわ…」  駒爺を信じたい気はあるが、漏れ口は他にはあまり可能性がない。 「じゃあ俺も一緒に行くわ。お前丸め込まれそうだし」  銀次が明日は定休日だ、と言ってついていってくれることになった。てつやは心許した相手に甘いところあるから。 「あ、それとさ…俺から言いにくいことだけど…今回の大会が大崎主催で、俺を狙ってっていうやつさ…どんだけの奴らがわかってんのかな…って。いや、猿にも言われたからさぁ」  自分なりには大きな事件だったが、周りの人間がそこまでかな…と思っているてつやだ。  その言葉に3人は交互に顔を見合わせ、代表してまっさんが 「悪いけど多分…参加者全員じゃないかな…。結構知られた事件だったし、被害者(お前)の名前は後々ネットとかで…流れちまってたからな。もちろん大崎の名前は大々的にニュースにも出たし」  てつや15の折の強姦未遂の事件のことだ。  まあ、一部地域の出来事故にネットに流れたとはいえ興味を持つものもそうそうはいないだろうが、名前が出た以上ロードで優勝をしているてつやの名前も界隈の人々の脳裏でリンクは必至で、知る人ぞ知ることにはなってはいるだろう。  大体が主催の事なんか普通調べるしな。と言われ、 「え…まじ…」   てっちゃん顔面蒼白… 「…今回そんな深刻なレース…だった…?」 「だから止めようとしたんだろ」  京介が呆れていう。 「今回の参加者全員、お前出ねえと思ってたと思うよ?お前だけじゃねえの?あの強姦未遂をなんでもないように片付けてんの。まあ色々あっただろうけどさ」  確かに、待ち伏せされて建設現場の小屋に引きづり込まれ、下着まで下ろされたところで、偶然戻ってきたその工事現場の現場監督が助けてくれたから未遂になったものの、間一髪の事件ではあったのだ。  大の大人が未成年を乱暴目的で拉致。十分大事件だ。 「…まあ…当時は怖かったし結構引きずったけど、俺の中ではもう昇華できてることだからさあ」 「こうやってまだしつこくお前狙ってきてる以上、俺らは放って置けなかったぞ」  まっさんも言いながらクッキーを食べている。テーブルに出された文ママのお菓子を各々食べながら話しているのだ。  銀次もお菓子を食べながら。 「知らずにエントリーしちまったんだから仕方ないし、まあそれも俺らが隠してて、慌ててエントリーしたからだろうしさ。俺らも最初から話をしてお前の意見を聞いたら良かったんだとも思うよ。そこは悪かった。でもまあこの間の話で、優勝してこっぴどく振るってのが一番いいかもなとは思えたけどな。それが大崎(あいつ)には一番効くだろうし」  てつやは、自分の見識の甘さにちょっと凹んでしまった。 「参加者が面白がってお前を勝たせようとするか、優勝を『純粋』に狙ってくるか、は俺らにもわかんないけど、まあでも決めたなら出ちまえよ。お前のロード愛は半端ないじゃん」  まとまった睡眠をとって、だいぶ冷静になった京介がてつやに言う。 「優勝したら副賞のニースは俺ら貯金(はた)いて一緒に行ってやるし」  なんだかチームロードスター(自称)の結束がますます硬くなってゆく感じ。 「あー!なんか自分にモヤモヤすっけど!ま、仕方ねえか、俺だし。出るからには優勝して、大崎の鼻っ柱めりこんでやろうぜ」 「それがいいな、てつやらしくて。でも鼻っ柱は取り敢えず折っておこうな」  銀次4個目の菓子食って拍手。実はこのお菓子のクオリティに感動していた銀次は、『文ちゃんママの手作りお菓子』とか言って売れねえかなとか考えてもいたらしい。    それ以降はやはりレースのことの話になる。  今度の武器はスピードが速まるということで、身体の装備も少し上げたほうがいいと言う話が出てきた。 「今までのメットは、ハーフでずっと来てたけど、今回はフルフェイスがいいかもな。バイク用の」  まっさんが店用のカタログを持ってきてくれていた。 「ゴーグルも必要無くなるし、結構楽だぞ」  4人で顔を突き合わせてメット選び。 「なんか仰々しくね?」  京介がでかいバイク用を見て、デカすぎると言っているが、まっさんが勧めたいのは、中型くらいのバイク用で強度の高いものだ。 「これとかなら、そんなに大袈裟じゃないし、軽そうだぞ」  指さされたのは、白を基準にした見た目も大袈裟ではないモデル。 「ああ、これいいかもな」  てつやも気に入ったよう。 「まあこれに決めなくてもいいけど、早いうちに手元に来たほうが慣れるしな」 「バイク用は結構ほっぺたグニュってなるから、慣れるの時間かかるぞ」  普段バイクにも乗る京介が、笑っててつやの頬をむにゅっと潰した。 「そうそう、そうなるよな」  まっさんもその顔に笑う。 「じゃあ、今日中に決めて。明日発注かけるから」 「後は、身体の装備…と」  本格的に動き出した今回のレース。  色々あるけど、『負けらんねえのよ』の精神で。 「こーまーだーくーん あーそーぼー」 「いーいーよー」  駒爺の家に入る謎の儀式。今日は銀次も一緒だ。銀次も合言葉あるのかな、と思っている間に 「アン◯ン◯ーン」 「新しい顔よー」  ここの合言葉でぐったりするのは2度目だ。パン屋だからなのか?そうなのか? 「まあ、行こうぜ」  額に手を当てながら、銀次に促されて裏の小屋に向かう。こうなると俄然まっさんと京介の合言葉が気になってきた。 「ちわー」 「銀次珍しいのぅ」  新しいロボットの前で、銀次の来訪に目を細める。 「ありきたりだけど、うちのパンどうぞ。朝から焼いときました」  パン屋さんが自分のために焼いたパンって、最高!駒爺はとても喜んで袋を受け取っていた。 「駒爺、これもよろしく」  やはり袋に入ってはいるが、これはグローブ一式。 「おう、何か不都合はあったか?」  袋から出して、起動ボックスへとドライバーを指しこむじーさん。 「まあ、不都合なんぞあるまい」  自信満々だ。 「それでな、爺さん。今日はちょっと話があるんだけど」  手近な椅子を引き寄せて、銀次と2人座りこむ」 「なんじゃ、これまた珍しいのぉ」  よいしょっ といって、爺さんも2人の前に座って銀次に袋を掲げてからパンを取り出した。 「爺さん、今回俺が使わせてもらう武器な、誰かに話したか?」 「グローブのことかいの、話したがなんか悪かったんか?」  拍子抜けするほどあっさりとした返答に、てつやも銀次もきっと間の抜けた顔をしていただろう。 「なんで話しちゃうんだよ。せめてレースが終わるまでは普通隠すだろ。おれの手の内がばればれじゃねえか」  爺さんはパンを咀嚼しながら5秒ほど考えた後に、 「おお…そういうことになってしまうのか…」  と、理解を示したようだった… 「わしの作品を自慢したかっただけじゃ。ジジイしか集まらん飲み屋で話しただけなんじゃがのう」 「俺潰しの対策練られちまうだろ」 「でもわしは、お前に使わせとるとは皆には言ってないぞ?」  あん? 「作ったと言っただけでな。銀次、腕を上げたの、今のパンうまかったぞ」  銀次は照れくさそうに頭を下げた。 「まあ、ここに出入りしてるのは俺らの仲間内だから、そうだったとしても自然とてつやが使うというのはバレるから」  と言ってくれた。 「むう…」  銀次がいてくれてよかった…と、てつやは心底思った。  たった今納得させられそうになって、自分は違う犯人を探そうとしてしまっていた。 「だから、せめてレースが終わるまではもう誰にも言わないでほしいんだよ」  だいぶ遅いけど…と付け加えても言ってくれた。 「お、おう…わかった」 「それと、その製品売りに出す予定とかあるのか?」 「これは、ロードの参加者にしか売れないからの、そこまで考えてはおらんかったが…」 「じゃあ、この製品の所有権買うから」  ばばん!とはっきりスッキリ銀次が言ってくれる。てつやはそばで座ってるだけ。俺って役立たずなんだな… 「てつやが」 「は?」 「そりゃそうだろ。昨日も言っただろ?お前買っちゃえよって」  言ってたけれども…そんな漫画家が版権買うみたいなこと簡単に…一体いくらになると… 「それは、今後他のローラーが来ても売れなくなるということじゃな?」 「そうなるな。グローブ自体の所有権でいいよ。どのくらいなら売ってくれる?」  駒爺はじっと考える。 「そうじゃのう…5…」  てつやはー50円50円ーなどと考えていたが 「100万でいいかの…」 「そんなんでいいのか?」  銀ちゃん、そんなんって言うけど払うの俺よ?まあ確かにびっくりはするけど 「破格だな…もっとふっかけられるかと思った」  てつやも安堵の言葉。 「考えてもみろ、ローラーにしか用がないものだぞ。わしのところに来たって10人かそこらじゃろ。制作費込みで大体10万と思っとったから100万、版権は要らなそうじゃしな」 「わかった…用立てする…」  お金の生々しい話に、文ちゃん連れて来ないでよかった…文ちゃんいたら、自分が!とか言い出しかねなくて、そうしたらあの親父が出てくるかも知れなかったから。 「成立じゃな。てつや、お前1人じゃこんな話はできんな」  ニヤニヤ笑って駒爺はもう一個パンを取り出した。  確かにそうですね!けっ  とは言え、てつやも経済学部を出てその辺の勉強は一通りしているのだ。今回の件でそこまで頭が回らなかったのは、駒爺が知り合いだと言うこともありだとは思っている。 「あ、それとこれは個人的な提案なんだけど、京介がこのシステム特許取ったら良いって」 「特許?」 「シューズに関する基幹の所有権はてつやが買うけど、指先で駆動するシステムは色んな製品に利用できそうだって言ってたから。あとは京介に聞いてみて。結構これ…入るみたいっす」  銀次はニヤリと笑ってお腹の辺りで丸を作って見せた。  それに反応して駒爺も、悪い顔をしてニヤリと笑う。 「なんだお前ら、悪代官と悪い庄屋みたいだぞ」  とてつやが嫌な顔をしたあとで、 「じゃ、俺たち帰るわ。グローブの件は後で書類もってくるんで」  そう告げて、2人は駒爺の家を出た。 「しかしお前ら、よく頭回ったな」  自分がどんだけぼんやり生きてるかを痛感させられた時間だった。 「いや、俺は店やってるからさ経済の事もすぐ直結して考える癖がついてるんだよ」  まあそうかもしれないけど、 「そういや京介が特許とれって言ってたってさ、あいつなんの仕事だったっけ?確かそこそこの企業に入ったのは知ってるんだけど」 「ああ、あいつは最初工場(現場)で入ったんだけどさ、業界の政治とかに結構目端が効くっていうんで本社に上げられて、今はシステム開発部管理課にいるって言ってたかな。開発もやってるらしいから、グローブにちょっと興味もったんじゃね?」 「へえ…みんな色々やってんなぁ」  じっと手を見る。まあ、元々不労所得得ようと物件買ったんだし、それはそれでいいんだけどね。それなりにオーナー業もこなしてるつもりだ。  心強い仲間がいて安心だわと、開き直ることにした。  「あと19日か〜はやく身体の方の装備も整えないとな」  てつやが楽しみそうにそう言うのを銀次は笑って見ている。  なんだかんだ言っててつや(こいつ)のそばが楽しいし、また構われる(こう言う)風に扱われる様に生まれてきた人間なんだと仲間内では思っている。 「どうする?ごっつい装備品来たら」 「まっさんのやることだからな、油断はできねえな。着ねーけど」 「一回は着てやれよ」 「やだよ」   銀次も休みの日だし、少し晩飯がてら飲みにいこうと2人は新市街へと足を向け た。

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