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10年越しの執念vsバットマン

「わるかったなーてつや」  しんがりに戻るべくやってきた銀次に、てつやは 「な〜にオフレコでしゃべってんだよ」 「あれ、みえてた?」  下がったときに、あまりに近くにてつやがいて、銀次も少々ビビったものだ。 「バットマンと話してきてさ、どんなに素晴らしいかを京介に聞いてもらってたんだよ。聞きたかったか?」 「いや…いい」 りり「ところで、いつまでうちの車に掴まってる?」 「あれ、三つ子じゃんか、やほー」 なな「銀次まで掴まってるんじゃない。早く下がれ」 「じゃあ、てつやだけ前にいかせてやってよ」 みみ「冗談じゃない。あんた達2人後いくの」 「俺のケツを守るため、優勝してくれるんだって。うれしいこといってくれるじゃん?この子ら」  嘘泣きをしててつやは銀次の肩を叩く。 「ええこやな。みんな」 りり「いいから!さがれー」  指を剥がされ始め、 「ああ、危ないからやめっ。今行くから。じゃ銀次、しんがりよろしくちょっとサニトラで前行くから、お前も何かしらでついてこいな」 「おっけー」  京介は気づいていたのか、いつの間にかジープと並走していて、 「じゃあ、お邪魔しました〜」  と、サニトラの外付けグリップに手をかけ、さっきのお礼に  「バイバーイ」  と言って、スピードを上げていった。 「少し飛ばすぞ、しっかり掴まっとけ」 「ラジャ」  そう言いながらも、てつやは車を伝い運転席の窓までやってきて、 「お前のその水くれよ〜」  とホルダーの水をトントンする。 「何でだよ、後ろにあるだろ」 「今片手じゃん?ペットボトル開けにくいんだよ、それ開けてよこせ」  もらう人の態度とは…… 「お前その態度でもらえると思う方がおかしいぞ」 「おーいー!」 「いちゃいちゃしてるところ悪いんだがな、そろそろ幡ヶ谷の料金所に着くぞ。金払って降りることのないようにな」  まっさんの声 「「いちゃいちゃなんてしてねーよ!」」  同時に声を上げてー京介が水くれねーんだよ!ーと当たり散らす。 「てつや…水くらい自分で飲め!ともかく、てつやは掴まってるからいいけど、銀次!道間違えんなよ」 「了解。いちゃいちゃ聞いてたら間違えそうになったぜ」 「バカばっかりだな!」  そう言っててつやは強引に京介の水を取り上げて、口でキャップを開け全部飲み干してやった。 「あ、てめっ俺の水!なーんてね、もう一本つめた〜〜いやつあるからいいけど〜」  ナビシートの保冷ボックスから水を見せてほくそ笑む。 「それもよこせ」 「やなこった」 「体が熱いんだよ!ほてってるの!」 「てつや言い方…」  銀次が妄想しかねない声音で言ってくる。 「いや、熱中症一歩手前っていう意味だから!」  こうやって墓穴掘って、その辺の親父が勘違いするんだなと、全員が確認。  京介は笑いすぎて涙まで拭いている。 「ばっかお前」  「いてえな!鼻弾くんじゃねえよ!」  まっさんも銀次も、回線に入らない程度に深いため息 「これがいちゃつきじゃなくて何なんだよ…」  お…なんとなあ〜〜くこの2人の関係性に気づいていらっしゃる風な2人。 「文治〜どこいる〜?」  気を取り直した銀次が、飲み物欲しいと文治を呼ぶ。 「京介さんの少し前います〜速度落とすので、がんばってください銀次さん」 「うへ、さっきのとこいればよかったんじゃん…ラージャ」  銀次は掴まれそうな車を探し、アクアのバックドアの取手に取り付いた。  挨拶はしたいけれど、こういう車は前に行くのは難儀だ。申し訳ないけどこのまま牽引してもらおう。  そのまま数分張り付いていると、車が追越車線に入ったと同時に文治のセレナが目に入った。  つまり遅い文治を避けて追越車線に入ったということだ。 「ラッキー」  銀次は追い抜いたと同時に、セレナのアシスタントグリップに掴まった。  窓を開けた文治のマッシュルームがエリンギのように逆立っている。 「はい、ポカリですー」 「お、ありがてえな。水よりいいよなポカリ。ちゃんと開いてるし」 「文ちゃん俺にもポカリ〜」 「だからてつや(おめー)のは後にあるっつってんの」 「またイチャイチャが始まったよねー」  文ちゃんだいぶ大人チームに感化されてきた。 「文ちゃんさー悪いこと覚えちゃだめだからね。文ママに俺が怒られんだから」  そんなことをやっている間に、いつの間にかバットマンを追い抜いていた。 「そうだった、てつやにバットマン抜いておけよっていうの忘れてたけど、もう抜いたのか?」  銀次が京介に聞いてくる。 「GPSだと結構後ろの方に行ってるな」 「なら良しだな」 「何でバットマン離すんだ?」 「あいつなんかの装備隠してそうなんだよな。お前の近くにいてゴール間際に…とかされないように、引き離しておきたかったんだ」  そう言うことか。まあガタイも良さそうだったし、何かあるのかもだもんな…  てつやはそう言ったあと、 「じゃ、少し自走するわ。駒爺のグローブもちょいと試したいし」 「70までにしておけよ、ヒャッハー着たくなかったらな」 「誰も見てねえだろ?」  不敵な笑いをして、てつやは車を離れていった。 「あいつやる気だな…」  まっさんがボソりと呟く。まあ確かに証拠はないけどな… 「あと、誰か俺にも水分くれないかな。みんな楽しそうでいいなぁ…」  どうやら寂しかったらしい。 「あ、じゃあ俺行くわ。今てつや離れたし。どの辺?」 「永福料金所が視野に入ってる辺りかな」 「そんなに遠くないな、追いつくわ」 「頼む」  スピードを上げて追越車線へと入る。  てつやはすぐ左車線を自走しているが、相変わらず綺麗なフォームで走っている。本当に好きなんだな、と思わせるほど楽しそうだ。  そんなてつやを見ながら、京介はスピードを上げてまっさんに追いつきに出た。  ずうっと自走していたらしいまっさんは、少し疲れた顔をしていた。 「どっかの車に掴まっときゃいいのに」  さっきの冷たい水を渡して、冷風を向けてやる。 「何回かはな、掴まってたんだけど、ことごとく違う方向に行くやつばかりつかんじまって、やけになってたわ」  水を一気に飲み干して、苦笑い。 「悪かったよ、ケアが遅れて」 「いやいや、俺が先行しすぎてたかもだし。そろそろ中央道に入っても良さそうなんだけどな。入ればもう少し楽になりそうかな。首都高は狭いな」 「だな、走るには結構大変そうだ」  京介はナビを見て 「高井戸の上りインター過ぎたあたりで中央道に切り替わるな。まあどうなるかはわかんねえけど、多少楽になるといいな」 「だよなぁ〜少し掴まらせててくれ」 「いいぜ、1人でお疲れだったな」 「俺が気が回らなくてごめんなさいー」  文治が割って入ってきた。 「いや、呼ぶこともできたんだから、お前は気にするな」 「文治頑張ってるよな。初めてにしちゃ上出来。高速を70kmで俺ら待つなんて芸当はなかなかだぞ」  銀次が割と早く自分の元へ戻る感じにやってきた文治に感心していた。 「いえいえーおれなんかまだまだですー ってあれ?電動キックボード…?」  文治が目についたものを実況する。 「あ、ほんとだ電動キックボードで走ってるやついる…あれ、八◯様じゃねえか?」  ボードの上は、インラインでも立てるようになってるし、身長に合わせて調節もしてある。電動だから漕ぐ必要もないから、片方のホイルは地面を滑らせて距離をちゃんと刻んでいる。完璧だ。  ◯尺様は銀次に気づくと寄ってきた。 「はい、ボーイズ。てつやはいないのね。あら?車の子は新しいわね。見ない顔」 「うちらの末っ子だよ。これからよろしく…しないでもいいけど」 「あら、ごあいさつね。まあいいわ、てつやはどこかしら?」 「ずっと先を走ってると思うけど」 「あらやだ、随分遅れをとっているのね。てつやの武器に対抗して作ったこれ、試さなきゃ意味がないわ。じゃあねボーイズ。またあとで」  ミニスカートを翻してミズ・マドレーヌ(八◯様)は先行した。パンツは…銀次が腰をかがめて見ていたが、アニマルプリントとしか認識できず 「◯尺様が現れたぞ。電動キックボードでてつやを追ってる。ありゃあかなりチューンアップしてるな。てつやの武器に対抗したって言ってたから気をつけろよ」 「電動キックボードだ?随分目立つ武器持ってきたな」  まっさんは些か呆れている。 「あいつが言いふらした張本人なのに、自分でちゃっかり武器作ってんのか?大丈夫負けねえよ」 「あ、それとパンツ柄、アニマルプリントとしかわからんかったわ。豹柄かレオパードかとかまではちょっと…」 心底すまない…と言った口調の銀次に、 「アニマルプリントでいいんじゃねえの?」  京介が興味なさそうに半笑い。  そしてパンツの話題で思い出したのか、てつやが皆に伝える。 「そういやさっきのセーラームーン親父のパンツ、キティちゃんだったぜ」 「「「その情報はいらねーーわ」」」  全員からの総ツッコミはそうそうないことだった。  中央道へ入り、てつやのチームはまっさんを先頭に2番手てつや、3番手マドレーヌ、4番手に銀次と言う第一グループを形成していた。 「それにしても、お菓子な人は来ないな」  てつやは待ってんのにな〜と後ろを気にしている 「そのおかしな人って 菓子にかかってんのか?」 「そうそう、さすがまっさん、気づいてくれるねえ〜」  いや、八◯様で十分なんだがなと思っただけ。  などと快調に走っていたてつやだが、少し前から一台の車を気にしていた。  グレーのハリアーが、いつもではないのだが付かず離れずてつやの周りにいる気がしている。  気のせいだろうとみんなには言わないでいるが、そろそろ言ってみようかと考えてながら走ってると、 「はあ〜い、てつや〜〜」  さっき噂をしていた◯尺様が、電動のキックボードで夜とは違って明るい雰囲気でやって来た。 「おそいよ〜八しゃ…マドレーヌ〜」 「やっと追いついたわ、あなた速いのよ」  電動キックボードをシャーシャー言わせて、マドレーヌが近づいてくる。まだ80mは距離がありそう…え…もう50m… 「うわっ!」  まだ遠くにいる感じで余裕ぶっこいてたてつやは、マドレーヌに追い抜かれた瞬間よろけるほどの煽り風を受けて、思わず声が出ていた。 「え…キックボードだろ…?」 「どうした、てつやマドレーヌ行っただろ」  銀次が後ろから追っていたのか、マドレーヌの行動は見ていたらしいがえらい勢いですっ飛んでったのは見ていなかったようだ。 「いや、今音速で走り去っていったけど…」  音速は言い過ぎにしても、かなりのスピードだったのは確かで、 「は?電動キックボードだろ?」  銀次も何言ってんのな雰囲気。 「取り敢えず追うわ」  てつやはグローブのスイッチを入れて、徐々にスピードを上げてゆく。すぐにマドレーヌの背中は見えたが、てつやの猛追を感知したのか 「無理よ、追い抜けやしないわ。これ、原チャリ程度のエンジン積んでるから」 「はあ?キックボードに原チャリのエンジン?」  銀次がギリ聞こえた声を拾って呟いた。 「誰が?」  と、まっさん 「八◯様だよ、まあ原チャリなら出て60kmだけど…ありゃあそれ以上出てるぜ」 「グローブでいけそうじゃねえのか?」 「見た目だけど、80は出ていそうなんだよな。普通車線の車と並走してるし、なによりてつやが全然追いついてない」 「あっぶね、装備は軽装なんだろ?マドレーヌ」  超ミニのワンピだけ。 「どうするか…」  まっさんも流石に悩む。下手にいじると、マドレーヌに怪我をさせかねないし、だからと言って抜かれたままではいられないし… 「だめだあれ、車につかまってもギリだな」  てつやが息をあげている。 「まあまだゴールまでは全然大丈夫だから、ずっと付いておけばどこかで隙がでるだろ」 「そうするしかねえよな」  マドレーヌを追いながら、そう言うしかなかったてつやだが、次の瞬間に 「え?なっうわ!わーっ!」  と悲鳴を上げ始めた。 「どうしたてつや!」 「何が起こった?」  皆が聞いてくるがてつやの言葉は 「やめろ!あぶねえから!離せっあぶっ2km超えるし」  全員何が何だかわからない。  マドレーヌが快走してる以上、まっさんは先頭から離れられない。  まっさんの近くで走っていた京介がそこへ行くには、結構難儀だ。 「文治!見えるか?」 「いえ、見えないですー。もう少し早く前に行ってみますね」  その間にもてつやはギャーギャー騒いでいて、何が何やら。と思っていると一つの言葉が聞き取れた 「大崎!お前こんなことしていいのか!接近禁止命令でてんだぞ」 「大崎⁉︎」  全員が驚く名前だ。 「てつやく〜ん、ひさしぶり〜。ずっとみてたよ〜〜」  気持ちの悪い喋り方が聞こえてきて、てつやは背筋が凍る。 「危ないからぁ、早く中にお入りよぉ〜」 「ばっかか!嫌に決まってんだろ!離せよ!」  状況が見えないが、推測するとてつやは上半身を車に突っ込んでいる状態なのか?と窺い知れる。 「2kmだぞ!2km超えたらお前一生恨むからな!」 「いや〜〜ん、てつやくんに一生思ってもらえるのね、だったらやる価値ありじゃなあい?」 「大崎ってこんなオネエだったっけ…」  とはいえ、あの事件の犯人のことは当時全員が15歳だったので、どういう話し方なのかとかは知らないのだ。 「ばっかやろ!はなせってばあぶねえだろ!」 「だからぁ、おはいりなさいって」  てつやは皆の推測通り、上半身を車の中に持っていかれていて、両足を車体に折り曲げることで中に入るのを拒絶している。膝から下がバタバタしているのが嫌な感じを物語る。 「文治!まだか!みつからねえのか!」  京介がイライラしている。自分が行けないのがもどかしい。それでもできるだけスピードを落とし、てつやを拉致ろうとしている車がくるのを待ちの体制ではいるのだ。 「はいー!まだみえません!急いでるんだけど」  文ちゃんもこの声を聞いて少し動揺をしている。  てつやの腰のベルトを掴んで、大崎は引き入れようとしていて、足の防御だけではかなり苦しくなってきた。  あの筋肉で持ち上げられでもしたら完璧に車に収まってしまう。 「ああ、そのお顔見せて見せて、ヘルメット邪魔ね」  ベルトから手が離れ、今度はヘルメットを外そうとてつやの顎の下に手を伸ばしてヘルメットのベルトを外そうと、首を弄(まさぐ)ってくる  これなかったら通信ができなくなる…てつやはグッと顎を引いて、それを阻止する。何にしろ装備しているものは何一つ欠けてもダメなものなのだ。 「見えました!後部座席の窓から足がバタバタしてる!ハリアーですグレーの!」  文治の車には銀次もついていて 「あれは。どうしたらいいか…めったなことできねえ」  銀次も手を出しあぐねているが、目の前でてつやを攫わせるわけにもいかない 「銀次!どうなんだ!できそうか」  京介は、まだ見えないハリアーに毒づきそうな勢いだ 「どうやっていいのかわかんねえ、無理に引っ張っても俺もてつやも危ない気がするし、くっそどうすれば」  その時だった。銀次の脇を掠めて黒い影が走ってゆく 「ん?」  とその存在を確認すると、バットマンだった。 「バットマンが来た…」 「バットマンですー」 「お前ら何言ってんだよこんな時に!ふざけんな」 「ふざけてねえよ!本当にバットマンがきて…あ…」 「てっちゃんを助けてる……?」  バットマンは、走りながらもてつやの腰のベルトをぐいっと引っ張り 「何よあんた!邪魔しないで」  と叫ぶ大崎に 「ふざけるな!」  とすごい大声で威嚇した。危ないことして青年を傷つけるんじゃない!正々堂々とやれ!  などと叫んでいたが、最初の大声で怯んだ瞬間にてつやを車から引き抜き、185cmの男をお姫様抱っこして、少しスピードを緩めた文治のセレナが傍へくると  文治があけた後部のスライドドアのグリップにつかまり、バットマンはそこにてつやを下ろすと、するするするーっと下がっていってしまった。  銀次も文ちゃんもあっけに取られていたが、それよりもてつやだった。  ハリアーはそこからスピードを上げて走り去り、そこは安心だがてつやは少し放心状態だった。 「グローブのスイッチ入れとけな、距離稼げるから」  銀次はできるだけ優しく声をかけ、車輪とオドメーターが回っているのを確認すると、一旦自分も乗り込みクーラーボックスから気付けにコーラを開けて手渡した。  回線で、銀次がやっていることを聞いている京介とまっさんにセレナは追いつき、まっさんも車に乗り込んできた。 「大丈夫か、てつや。走れないようなら…」 「いや、走るけど…ちょっと…」  今回の大崎のやり口や、喋り方、されたこと全てに嫌悪感を感じていた。 「まだ先で同じことが起こるかもしれないんだぞ」  京介が通信で言ってくる。 「うん…ずっと…ハリアーが追ってきている気がするな…とは思ってたんだけど…勘違いだろうと思ってて…」 「バカか!何で早く言わねーんだよ。言ってたらもっと早くなんとかできたかもしれ…」 「京介!そんなに怒鳴るな。てつやもそこは反省してる」  銀次がコーラのめ、と勧めててつやは一口口にした。 「文治、今の間にマドレーヌ抜いておいてくれ。俺たちは失格でもいいけど、てつやは車輪回ってるから有効だ」  まっさんが冷静に指示を出す。 「了解です」  流石に語尾を伸ばせなかった文ちゃんであった。

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