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インカムは侮りすぎないように

 しか〜〜し…人は悪いことはできないものなのです。  先にPAを出て行ったまっさんと銀次。ー先行ってるな〜ーと先に行っていたまっさんが、ゆるゆると走りながら銀次を待っていた。  そしてジェスチャーで通信を切れと合図して、銀次がそれに従うと銀次も言いたいことあったようで 「聞いてたか?」 「聞こえるよな…普通」  はぁ…なんなんあいつら…と緩やかに足を動かす。進み方はかけっこ並み。  そう、あのシーンは文ちゃんがヘッドレストに掛けていたインカムで、見事に中継されていたのだ。 「そうじゃないかなぁ…とは思ってたんだけどさ…」  と銀次。 「やっぱりそうだったかぁ…」  まっさんもちょっと驚いてるというか、なんかどうしたもんかと言う… 「あれで付き合ってないんだろ?」 「付き合うって言うか、てつやは両刀だからわかるぞ?どこまでわかってやれてるかわからねえけど男とどうのは理解できるんだけど、問題は京介だろ。あいつ男いけたんだ?」  まっさん顔がまじ。 「あれじゃねえ?よくあるさ『男だから惚れたんじゃない。お前だから惚れたんだ』みたいなさぁ」  さすが銀次。わかってるね。しかしこの2人…BL好きの女子高生かってくらい話し込んでる。 「あ〜あるなあそれ。でも俺、京介に彼女できた話聞いたことないんだよなぁ…」  そう言われて銀次もーそういえば…ーと考える。  2人の考えが同時に一致する。 「ええ〜〜?でもまさかぁ〜」 「だよなぁ〜うまくいき過ぎぃ〜」  だんだん井戸端会議のオカンにもなってきてる…。 「何がまさか?ってお前らまだこんなとこ走ってんのかよ!何人に抜かれた?」  いきなりてつやが入ってきて2人はビビクンッと直立してしまった。 「なにびっくりしてんだよ」 「そ、そりゃあ急に話しかけられたら驚くわ!」  そういうのやめれ、とまっさんはやん〜わり忠告。聞かれてなくてよかった… 「京介が復帰したら、GPS見てもらおうと待ってんだよ」 「あ、そか。あいつの車にしか無いんだっけ。早く来いって言ったのに」  普通ですなぁ…野郎同士のゴタゴタには流石に慣れていらっしゃる… 「取り敢えず、お前先行け。(うしろ)守ってるから。変な車来たらすぐに教える」  銀次がさりげなく通信のスイッチを入れて手を振った。 「わかった。京介来たら俺を追いかけてくるように言って」 「聞こえてるよ、すぐに追いつく。お前らの前には3人いるぞ。結構先にいかれてる、車で追う気だろ?てつや」 「ったり前だよ。早く来い」 『先輩、こいつら普通すぎて怖いっす』  銀次がまっさんを見、まっさんも銀次を見る。2人は頷き合って、『俺らも普通でいなくっちゃ、と決意した。  文ちゃんの方は、せっかく慣れてきてリラックスモードに入ったのに、京介に脅されてまたちょっと緊張モード。  まっさんと銀次はまずその脅しマジックを解いてあげなければいけない。  後ろからやってくる文治のセレナを待って、運転席両脇に取り憑いた。  そしてまたジェスチャーで通信を切れと合図する。それを確認してから 「文治、災難だったな…」  まっさんが頭を撫でてあげる。 「え?」 「お前インカムヘッドレストにかけてたろ?俺らぜ〜んぶ聞こえてた」  銀次もにっこり笑ってあげる。 「まっさん〜銀次さん〜〜」  文ちゃんちょっと涙目。 「この追求は、レース終わってからじっくり取り組むから、終わるまで俺ら知らんふりするし、文治も俺らいるから悩まなくていいからな」 「はいです〜〜怖かったですぅ〜〜」 「よしよし。レースもあと1時間弱で決着つくから。あとは楽しもうぜ」 「はい〜」  頼もしい…?先輩でよかったねえ。 「じゃインカム戻しとけよ」  と言いながら、2人は離れた。 「見えた」  てつやが指差す追越車線端に、水色のTシャツで走っているさっき銀次の言った水原がいた。 「あいつなんのスポーツだったんだろ」  走り方の足が少し開いてる気がしててつやは気になった。 「さあ…そこまで載ってないよな参加者情報」 「サッカーだよ」  まっさんが答えてくれた。  ああ、大股で全力疾走する感じとか確かに雰囲気だ。 「じゃあ持久力あるよな…」  45分間走りっぱなしの競技だしね。 「そうだな。でもイコール速いでも無いと思うぜ」   インライン履いたら俺だって負けないけどな、と呟いて 「ちょっと抜いてくるわ」  『抜いてくる』に敏感に反応してしまうまっさんと銀次…いかんいかんと頭を振って、あまり油断するなよと声をかけた。  てつやは普通車線の端を取り敢えずグローブなしで追って行く。  道は少し勾配があるようで、生身の足では少々きつい。  相手を意識しながら徐々に間を詰めるが、やはりパワフルな走りに並ぶまでに少し時間がかかる。 「結構きついな…もう少しで並べる…んだけど」  自力で漕いで、なんとか追いつきたい。てつやとしても、グローブがチートだと理解しているので、追いつくまではせめて自力で並び、抜き去る時にグローブを使おうと思っていた。 「くっそ…いっけえ」  何度か足を一本ずつ蹴り上げ、何とか並んだ 「よっしゃ」  並んだのを機にグローブのスイッチを入れ、少しゆるりと走行したあとゆっくりと人差し指を曲げ、水原から離れてゆく。 「やっぱこれ、チートだよなぁ」  と改めて便利さを確認した。でも買い取ったからには使わないとだし、と割り切り最終戦に向けてはガンガン使っていくことを決めた。  てつやは中指も使ってスピードを上げ500mほど水原を引き離した。  京介はその走りに合わせてスピードを上げ、てつやの視線の邪魔にならないよう少しだけ前を走ることを心がけた。  それに気づいたてつやは、少し進んでサニトラに取り付く。 「引き離し完了。グローブやっぱいいなぁ」  親指を立ててご満悦。 「お疲れ〜」  そのまま車で引き離すが、 「アスリート水原より前にいる奴らって誰なんだろうな」  てつやの素朴な疑問 「じゃあスピード上げて見にいくか」  京介がスピードを上げて追越車線へ移動する。  しばらく走るが見えてこない。 「ずいぶん離されたもんだなぁ〜あ?」  京介の顔を見ながらいや〜な言い方をしてみる。 「俺のせいみたいにいうな」 「お前のせいだろ!」  他の3人はもうやめてくれ…な気分…。  そんな中てつやの 「うっわ…キモッ」  の声。 「どしたー?」  京介もーうぅわ…と絶句している。 「何があったんだって」  2人に引き離されている3人は、今の反応は聞き捨てならない。 「こけしが…」 「こけし?」 「いや…こけしじゃない…日本人形が…足で漕ぎもせずに真っ直ぐに走ってる…んだよ…キモッ」  てつやは心霊ものは苦手だ。っていうか、こけしと日本人形間違うかな… 「何それ、見てえ〜〜」  でた、銀次の見たい病 「まあ、そのままちょっとくれば見えるぞ、俺らは抜いてくけど」 「これは自分が抜くと呪われそうだから、車で抜いてこう…」  てつやはビビってそんなことを。 「そんだけキモキモ言ってたらもう…呪われてるぜ」 「やめろよ銀次〜〜。俺そういうのダメなんだって〜」  その人形が、首だけをこちらへ向けて 「ケケケケケケケケケケケケケケ」  って笑うから〜〜 「ひいぃぃぃ」  てつやは車から手を離し、自走で走り去ってゆく。その背中を見ながら京介は怖がりは治ってないな…と呆れると共に、あの人形は何がしたいんだ…?っていうかあれ人間なんか?と言う疑問すら湧く。が、まあなんとか脇をすり抜けて行った。  その後5分ほどしてインカムから 「ぎやあ〜〜」 「うわうわうわこえええ〜〜」 「いやああああ〜〜」  三者三様の悲鳴が聞こえ、その後ろで遠のいていく『ケケケケケケケケケ』の声。ますますあの人形の存在意義が謎になった。このままいけば、あの人形3位だぞ?どうよそれ…  必死に走り去ってしまったてつやを追っていくと、見えてきた最後に抜かなければいけない対象は、なんとバットマンだった。  なんだかんだ言って、速い位置にいるんだよなぁ…と京介はその動力源に疑問を持つ。何をやって速いんだ…?  見ている限りでは全くわからない。 「先頭はバットマンなんだけど、あいつの動力源ってなんなんだろうな」  京介は何気なく聞いてみる。 「よく見てないから全くわからないけど、結構前の方に居がちだよな。俺も不思議に思ってた」  自転車屋さんのまっさんは、インラインの構造とかにも詳しくて、もし見たこともないものだったら、バットマンの動力源を知りたいと思っている。 「でもなぁ…てつやの周辺にいるような気がするのは俺の気のせいなのかな」  まっさん鋭いな…銀次と京介はまだまっさんに話していないことを思い出した。やっぱりまっさんくらいには言っておかないとなのかな。 「京介?」  銀次が京介を呼ぶと、それの意味を京介は汲んでくれて 「うん…」  と一言返す。  銀次はまっさんのそばにゆき、通信を切るようにジェスチャーするとバットマンと文父の関係性をまっさんへ話した。 「はあ?そうなのか?」 「まだ確定じゃ無いけど、さっきてつやを助けてくれた時に声聞いて、俺は確信した。でもまだグレーかなぁとも思うし」 「なるほど…なんか辻褄が合うような気はするよな」 「だろ?でも何かしてきてるわけでもないから、どうしたものかなと思ってるわけよ」  まだそうと決まったわけではないが、行動も怪しいし、動力源が謎なあたりお金持ちの匂いもする。 「てつやと文治には言ってないよな」 「下手に混乱させてもなと思って、言ってないよ」 「それでいいよ。それ知ったところで何もならないし。てつやを狙ってる実の親父なんて文治も知りたくは無いだろうし」 ーまあ、なんか起こったらその時だなーと言ってまっさんはインカムを戻した。 「そろそろ八王子料金所だぞ。走ってる勢は車に乗っておけ〜」  京介が看板を確認して周知してきた。目の前を走るてつやはそれを聞いてスピードを落としてサニトラに付き、直前で荷台に乗り込む算段だ。  まっさんと銀次は、もう2kmのロスをしてしまっているので今から乗り込んでもいいかもと文治を呼んだ。    八王子料金所も、八王子ジャンクションも無難に過ごし、まだ先頭のバットマンを虎視眈々と狙うてつや。 「助けてもらったこととレースは別物だからな」  サニトラに捕まりながら、視野に入っているバットマンから視線を離さない。 「そろそろ小仏トンネルだぞ。てつやはどうすんだ?」 「掴まってくわ。様子も見たいし。やばかったら荷台に乗る」 「了解」  トンネルは、ロードの時はやはり少し危ない気はしている。  慣れてはいるが、他の車が向かってくる可能性が上がるので色々気をつけなければならない。短いものなら乗ってもいいのだが、今回のトンネルはちょっと長すぎる。  グローブで回しておけば大丈夫なのも解ってはいるが、まあそこは自力でやってみようと思うてつやだった。 トンネルへ入り、強い日差しから逃れられて少し楽になる。 「涼しいな」  風を切っているてつやにしたら、トンネル外の熱風が吹き付けるよりだいぶ涼しい。 「何がくるか判らないから油断はするなよ」  ほぼ真後ろに銀次がセレナにつかまって走っている。2台とも普通車線を走行し、てつやも銀次も追い越し車線側にいる。 「2300mくらいらしいな、結構長い。てつや無理すんなよ」 「無理なんかしてないぜ? やばくなったら荷台があると思うと少し安心できるしな」  一応平日なので、道はそうそう混んではいないからトンネル内部も生身でいてもそれほど恐怖感はない。怖いのは、また引き込まれかねないことのみ。  半分頃まで行くと、銀次がある車が気になり始めた。黒のアルファード。混んでもいない道で、ずっとてつやの右後ろ追越車線を走っている。  速度を一定にしていると言えばそれまでだが、さっきのこともあるし警戒するに越したことはない。  と、気にしている間にそのアルファードはそろそろとスピードをあげ、てつやと並走する直前までに行っていた。 「てつや、車の後ろへ移動しろ」 「へ?なんで」 「いいからすぐに!」  いつになくきつい口調の銀次に押され、てつやは車を伝ってサニトラの後ろに移動した。 「どうした銀次」  京介が訝しげだ。 「追越車線のアルファード。さっきからずっとてつやのそばを走ってる。たまたまならいいんだけど、今は気になることは少しでも排除していこうと思って」  しかしそのアルファードは、てつやが後ろへ移動してからスピードを上げ前方へ行ってしまった。 「わっかりやす!やっぱやばかったのかもしれないな…」  銀次が呟く 「アルファードか…大崎が車種変えてきたってことか。前に誰か言ってなかったか?後がガッパリ開く車持ってくるんじゃあ…とか。まんまそれになったな」  しかもトンネルで…とまっさんは続ける 「銀次サンキューな。後が開くんじゃ連れ込まれ必至だったわ、こえーこえー」  後ろにいるついでにクーラーボックスから水を出して、てつやは飲んでいた 「誰かさっきのアルファードのナンバー覚えたやついる?」  そう言えば、咄嗟のことで失念してたなぁ、と誰もが思う中文ちゃんが1人 「写メとってます〜」  と入れてきた。なになに?今回文ちゃんめっちゃ優秀ちゃん! 「文ちゃん!やるなー!数字だけ言って。そうそう同じ数字ないだろうし」 「27−83です〜」 「オッケー取り敢えず、黒のアルファード27−83の車気をつけて行こう」 「了解」  そこからは何事もなく進行し、バットマンを追い抜くことに集中できた。  本当にどう言うシステムで走っているのか判らないが、とにかく速い。たぶんてつやがグローブをフルで使わないと追い抜けないだろう。 「まずは車で抜くしかないな」  中央道はトンネル群へと入り、3つ抜けたら、また3つの様なトンネルが続く。入る度に警戒はするが、今までは取り敢えず無事でいる。  車ではあったがバットマンも一応追い抜いて、今のところてつやが1位ではあるがバットマンの速さは侮れなく、そっちも警戒しなければならない。  そして、今大会最大のイベント←(✖️)事件は中央道本線最後のトンネルで起きた。

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