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10年越しの執念vs仲間
まっさんが
「今度のトンネル抜けたら、河口湖へ向かう道に入るぞ」
と言った。
そこを抜けたら大月インターとなるが、そこはスルーしてその次の大月ジャンクションで「中央道・河口湖線」へと入ってゆく。車勢はそこの所は頭に入っていた。
もうすぐ決着の場所だ。
バットマンは後ろにいるが、あの速いシューズは全くもって侮れず、ゴールするまで油断はできない。
推進力といえばあの怖い日本人形 も、動力源がわからないが3位までのスピードを維持している。追いついてこられるのだろうか…もう出会いたくないんだけど…
小仏トンネルから数本のトンネルを抜けてきたが、アルファードは現れず、最初のトンネルで前に行ったから後ろにいると言うことは無いと、漠然とみんな考えてしまっていた。
なので、本線最後のトンネル『浅利トンネル』で、てつやは普通車線を走る京介の車に掴まり追越車線側を走行していた。
これは本当に油断だった。
セレナもトンネルということでまっさんを乗せて、銀次が掴まっててつやの2台後ろを走っている。銀次は壁側を走行していたため、一瞬の隙をつかれた形となった。
道も混んでいない、追越車線もまばら。
そんな中に普通のスピード80kmほどのでかい車がセレナの横を通り過ぎた。
誰もが気づくのに2.3秒遅れた間に
「ううわっ!ちょっあぶねっ!」
と、てつやの声が各インカムに入ったかと持ったら、姿が消えていた。
「てつやっ?」
たった今このウインドウの所にいたのに…?京介は一瞬では理解ができなかった。
インカムから聞こえてくるのは
「やめろっ!苦しいって!おい!大崎っおま、痛えよ!やめっ!」
というてつやの声と、やっぱりオネエの声で
「やあ〜〜っと捕まえた」
という大崎の声だった。
ーしくった!ー全員が一斉にそう思った
突然現れたアルファードは急発進で速度を上げ車線を普通車線へ変えて走り去る。
京介は我に帰り、ギアを一段下げると
「文治っ!追うぞ!あのクソアルファードの横につけ!セレナなら追いつける!俺は前に行く!すぐにこい!2、3台ぶつけてでもいいから来い!」
めっっっっちゃ怒った声で叫んでいる京介に、文治は
「はいいい〜〜〜〜〜!」
そう返事をするしかない。銀次も即座に乗り込み、てつやの乗ったアルファードの追走にかかる
「ちくしょう!俺の目の前で…いい度胸だな」
京介の車はすごい勢いでアルファードを追いかけるが、排気量が2倍以上違う車だ。フルチューンのサニトラではあるが、並走するのがやっとだ。しかし、このままやられっぱなしもいられない。2度目だ。2度目は許しちゃおけない。エンジンが焼き切れたって追う!
その間にも
「なにすんだはなせ!やめっばかやろ!」
「ああんてっちゃんてっちゃん 久しぶりに抱っこできた〜〜」
の声がてつやのインカムから入ってくる。声が聞こえると言うことは、まだヘルメットはつけたままということか…。
「くっそ!大崎の奴一体何を考えてっていうか!!京介!この先大月インターだ!奴ら降りるかもしれん!絶対にそれだけは阻止しないと終わる!」
「っちっ!文治!きたか!クソ車の左につけ!絶対にインター下ろさせんな!追越車線に追い込め!わかったか!絶対やれ!」
「はひいいい!」
文ちゃんも初めてのレースで、とんだ経験をしてしまっている。
セレナは2000ccだが、てつやもそれなりのチューンを加えている。排気量は多少劣るが互角にやっていけるスペックはあるはずだ。
京介はアルファードの前へ入るべくできるだけ前へ前へと出ようと追い越し車線をペダルベタ踏みで走る。とにかく前へ出ないと話にならないから。
文治の車はアルファードに追いつき、ちょうどよく現れた登坂車線に入り込んだ。
そこから一般車線にいるアルファードに車を寄せ、追い越し車線へと追い込もうと右側側面を擦りながら走行するが、相手も中々移動しようとはしない。
てつやのインカムからは
「絶対に負けるんじゃないわよ!インターちゃんと降りてちょうだい!てっちゃんと仲良しするところに行くんだからね」
「さわんじゃねえって言って…やめろってっ!そんなとこ触ったって勃たねえよ!ばか!離せっ」
どこを触られてるのか聞いてるだけでわかるような生々しい声が聞こえ、その会話は仲間たちをイラつかせた。
そんな間に、てつやのインカムの声が少し遠くなっていく。どうやらヘルメットは外されたようだ。
その外されたインカムからは、衝撃を与えるたびに聞こえる大崎の悲鳴や、それによって何かされているのであろうてつやの声も聞こえてきて、文治もてつやが中にいる以上あまり激しくは…と逡巡するが、それでも助けるためにはやらないと!と自らを奮い立たせていた。
文治とて、てつやに何かあったら嫌なのだ。
アルファードの左側面に何度もぶつけながら、車線変更を無理やり促している文治は、意地でも車線を変えないアルファードに少し下がってセレナの右前面角をぶつけようと考えた。
セレナが数十センチ下がったのを見たアルファードの運転手は、それを察知したのか観念して追い越し車線へと入れていく。
その時スピードが格段に落ちたので、サニトラは車線を変えずに難なくアルファードの前に出られた。
「ちょっと何やってんのよ!降りなさい!降りなさいよ高速!なにしてんの!」
ヒステリックな大崎の声がインカムから聞こえ、それにはもう全員ブチギレそうだった。
「文治!絶対脇離れるなよ!逃げ道ないくらいに横につけ!」
「はい!」
文ちゃん幅寄せ気味にアルファードに近づき、絶対に車線変更はさせないように脇につけ、京介はハザードを付けてスピードを緩めた。
それをされると後ろの車も従わざるを得ない。なんせ逃げ場がないのだから。
そうして3台の車はやっと完璧に止まった。
京介は車から降りて車線側からアルファードの後部座席へ向かい、銀次はアルファードの運転手を下ろして、停止表示板を出させ、まっさんは後続車に頭を下げて故障を告げていた。
運転手を捕まえたのでもう動かないと判断し、セレナはサニトラの前へと移動し、銀次の交通整理のもと一般車線へとそう多くはない車の流れを作った。
アルファードの運転手は60後半ほどのおじさんで、これが血気盛んな若い奴だったり気性の荒いおっさんだったりしたら、こんなにうまくはコトが運ばなかったかもしれない。
京介がアルファードの横のドアを開けると、てつやは奥のシートで大崎の膝の上に座らされていて、Tシャツのヨレ具合から身体を弄 られているのが見て取れる。
てつやの場合プロテクターもついているために、競輪のウエアの前は前回になっているようだが、そのプロテクターの下に大崎の無骨な手は入らず、脇辺りを撫で回していたようだった。
京介のこめかみに血管が浮いた。
「京介ぇ…」
もう気持ち悪くてたまらないと言った声でてつやが身を動かすが、筋肉だるまの大崎の腕はそれを許さない。
てつやはその辺のヤンキーくらいなら簡単にのせるほど喧嘩には巧者だが、それを知っているのかてつやの両手はその腹の前で大崎のでかい手に抑えられていて、開いた方の手が、てつやの身体をいいように弄っているのだ。
そして足も両方とも大崎の両足で固められていて、よりにもよって大きく開かれてさえいる。
しかもデニムの前たては案の定ファスナーが開いていた。
「何よあんたたち!高速でこんなことして大事 じゃないの!」
言いながらもてつやの身体を未だまさぐり、自分は悪くない様な振る舞いをする。
「触んな!きしょいきしょい〜」
「てつやを離せ」
こめかみに血管を浮かせたまま、京介は極力抑えて冷静に言ってみる…が、もちろん効かないこともわかってる。
まっさんも入ってきて京介と共に片膝をついて座り込んだ。
てつやの姿にまっさんも顔色を変える。
後ろから銀次もきてドアのレールの上に座り、文ちゃんも銀次の前に不安そうに立っていた。
「さっきの一件の後、地元の警察とてつやの弁護士に連絡を入れたんだけど、大崎さんは近々脱税で、検察から呼び出しがかかってるそうですね」
まっさんは、セレナで走行中に各方面へと連絡はつけていたらしかった。
「それと手形不履行で、取引先から訴えも出ている。今ここで俺たちが何かしなくても、あなたの人生もう終わってるじゃないですか。その上暴行容疑も『また』上乗せするんすか?」
大崎の唇がワナワナと震え出す。
「もうどうでもいいのよ!いまさら上乗せするんだったら、てつやくんと本懐を遂げたかったの!」
そんな勝手な言い分に、京介がキレそうになり拳を握って一歩前に出ようとしたが、それはまっさんが止めた。
「お前がこんな奴のせいで暴行罪喰らってどうする。大崎さん、そんな強い力を使わないとてつやをものにできないっていうことの理由を、よく考えてください」
まっさんの言葉に少し大崎の手が緩んだ。
てつやはそれを見逃さず、取り敢えず両腕を大きく振って、自ら解放する。
「ってえ…」
手首をコキコキと振って、両足に絡んでいる足に手をかけるが、そこはちょっとまだ外れてはくれない。
「大崎…痛えんだよ。離して」
大崎とて、乱暴をする気はなかった。でも、どうしても…なにをしても…という気持ちが先走ってしまっていたのだ。
てつやにそう言われて大崎も足の力を緩め、てつやは再び自力でその場の床に膝をつき、這うように京介に縋った。
ー足がちょっと固まったー
と、顔を歪めて抱きついてくるてつやを受け止めて、京介は少し自分へ引き寄せると、デニムを後ろからあげてやる。
「てつやのことそんなに思ってるなら、レースの邪魔しない方がいいんじゃないすかね。まして主催なんだし」
銀次が京介にサポートされたてつやを車外へ出すべく立ち上がる。
てつやは京介に支えられて、乱れた服装を直すと道路へとなんとか降り立った。
前回ほどダメージはなさそうだ。気色悪かっただけで、命の危険の恐怖感よりはマシだったということか。
全員の心配は、15の時のトラウマが蘇ってくること。
「大崎」
てつやは、大きく開いた車のドアの前に立ち大崎に向き直った。
「誰かを好きになる事は悪い事じゃないと思う。でも、こんなやり方しか出来ないなら、一生その『本懐』とやらは遂げられないんじゃないか?俺だってこんな何度も無理矢理じゃなかったら、1億分の1くらいの確率だけど、仲良く出来たかもしれないし…」
大崎はてつやにそう言われ、シートの上で何か考えているようだ。
まっさんからヘルメットを渡されたてつやは、京介にーレースに戻ろうーと告げ、後で縛っていた茶髪の髪を結い直してからサニトラに向かった。
どうやら、みんなが危惧する症状は出ていなかった。それはそれで、胸を撫で下ろす。
まっさんはスマホをいじりながら、
「俺は、警察を呼んで、来るの待ってから追うわ」
事実上拉致事件な訳だから、警察を入れるのは必定だった。
一応は警察も許可は出してはいないレースだ。警察を呼んだらまっさんも事情聴取に駆り出されるかもしれない。
それでもこれはちょっと、こちら側としても看過できない事態で、兎にも角にも大崎を引き渡さない限りは収まりもつきやしない。
「解った。じゃあ俺ら先行ってるな。俺のゴールはちゃんと見てくれよまっさん」
「ことと次第によっちゃあわからんけど…一応文治を置いてってくれ。文治、今回は頑張ったな。ありがとうてつやを助けてくれて」
「え…いえいえそんな」
急に褒められて、恐縮な文ちゃん。
それにしてもみんなかっこよかった。
てつやのために熱くなった京介も、理路整然と話すまっさんも、最初から運転手を車から引き離す銀次もみんなかっこよくて、それでいてきちんとてっちゃんも取り戻した。
この大人チームの人たち…本気で怒らせるともしかして物凄く怖いのかも…と思い至り、文ちゃんは暫くはおとなしくしていようと自身に言い聞かせた。
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