15 / 16
アイデンティティの行方
銀次が補助についてサニトラに掴まり、てつやは発進した。
「いや〜10年も忘れてたけど、これで一段落でいいのかな」
てつやは笑っていた。
実際は、事件後4年ほどは随分引きずってはいたのである。
その頃のてつやは、家庭の事情で仲間たち及び、その母親たちの庇護のもと家を出て今のアパートにやってきた。
随分精神的に追い詰められていた時期だったが、止むに止まれぬ事情で行ったBoy’sBarでの出会いや経験が、自分がそう言うタチの人間を『引き寄せるタイプ』と理解させてくれ、事件のことが自分の中で昇華された。
腕っぷしを磨いたのは別の理由だが、それもあって誰がきても自分で対処できるようになった事も大きい。
銀次も
「実際俺も、今回の主催調べるまで忘れてたしな」
そう言って少し笑っている。
まあ実際の所、てつやがおっさんに絡まれたり(性的な意味で)する事があると、誰の頭にも大崎が頭をよぎっていたのは事実ではあったが、記憶に残らないほど日常と化していたと言うこともある。
「そうだな、もう終わりってことでいんじゃね?」
京介がまとめる形になって、てつやは
「あ〜なんかほんとよかった〜って感じだ。すっきりしたわ」
忘れていたとはいえ、今回こんなことがあった以上、過去は追いかけてくるんだなと拉致された時に少し頭をよぎっていたから、大崎が色々と人生詰んでくれたことは、人の不幸を喜べないタチの自分でもやはりホッとする。
「って…あれ?」
京介がGPSを見て声を上げた
「俺らの前に1人いるな…」
「え?」
銀次が運転席を覗き込む。
「あ、ほんとだ」
「さっき交通整理してるとき、誰か行ったか?」
てつやも覗き込んで確認している。
「いや、俺は見てないな。まっさんは見た?」
インカムで聞いてみるが、
『俺も見てないぞお前らが行ってからは、何人もここ通り過ぎてったけど』
「何それ怖い…」
ホラー系苦手なてつやの顔が青ざめる。
「あいつじゃね?あの、日本人形…」
怯える人は、なぜか怖い発想が上手。
「だってあれはもうかなり後ろの方で…抜いてきたぜ」
なんだってこいつらは、わざわざ自分が怖いように話持って行くんだかな…と、心霊系は微塵も怖くない京介は不思議で仕方がない。
あの人形に興味があるとしたら、あの真っ直ぐに立ったまま今現在1位をキープしている推進力と、その動力だ。
もしかしたらあれはおもちゃで、車に乗りつつ誰かが操作してるとか…の方がよほど興味がある。
大月インターを通り過ぎた。
本線で残るは大月ジャンクションを下りる事のみ。大月ジャンクションを下りたら、河口湖線という中央道の支線に変わる。
その高速が終わったら、いよいよ一般道でゴールを目指すのだ。
「まっさんだけど」
「お、まっさん。警察きた?」
銀次が応答する。
「いや〜それがさ…」
まっさんの話はこうだ。
「取り敢えず110番してさ、すぐに行きますね、って言うから待ってたんだよ。そしたらバットマンきてさ」
「バットマン?」
「うん。そんで俺らに、『ここは自分に任せて、君たちはレースに戻りなさい』って言ってくれて、今車に乗ってる。あとは大人の話し合いでカタをつけるからって」
大人の話し合い…
「俺らってまだまだってことか…?」
てつやの言葉に、乾いた笑いを3人でして、はぁっとため息をついた。
「まあ…そう言うんならいんじゃね?戻れてよかったな」
「それはまあ…そうなんだけど」
多分バットマンは、レースに集中して参加させてあげたいという気持ちだったのだろうが、25歳の若者の微妙な心理。
サニトラは大月ジャンクションを抜け、無事河口湖線へ速やかに移動。
「ジャンクション曲がったぞ、いよいよ感増すな」
運転の京介でさえワクワクするのに、てつやがしないわけがない。
「そろそろ俺自走するわ」
てっちゃん日本人形のこと忘れてる…
サニトラから離れて、グローブで先行していくがその先にある本日最後のトンネルを目前にして、てつやは逆走して戻ってきた
「おいおい、逆走はまずいだろ流石に。どうしたんだよ」
「い、いたいた…人形がいた」
てつやが指差す方を見てみると、相変わらず直立ですーーーっと滑るように進んでいる日本人形がいる。
「あの進み方もなんかさー怖いんだよな〜」
車の陰から覗くように人形を窺っているってつやは、もう自分で抜くのは嫌みたいで、車にしがみついてそろそろと抜いて行こうとしている。
このロード最後のトンネルが目の前に迫って、サニトラはトンネルに入った時に人形を追い抜いた。
その瞬間、人形はまたしてもグリッとこっちを向き、今度は大きな口をカパッと開けて
「キャーーーーーーーーーーーーーーーッ」
と叫び始める。
「ひいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃぃぃ 無理ーっ」
「へああああああああああ!」
てつやは車を離れて先へ走り出すし、銀次は
「京介!スピード上げろ!こえええ!早く早くスピードあげて〜〜〜」
と大騒ぎ。
京介はーはいはいーと若干スピードを上げて、人形から離れてあげた。
「もーなんなんだよあの人形さ!なんで威嚇してくんだよ」
過ぎてしまうと文句を言う銀ちゃん。
でももう抜いたから安心だ と思ってるでしょうけれど…ねえ…
「あいつどこまで行ってんだ?」
しばらく走ってるけど、てつやの姿は見えない。多分怖さの余り、スピードマックスで行ったな…
「相変わらずすげー怖がり」
ニヤニヤ笑って、中学の時の文化祭でちゃっちいお化け屋敷で大騒ぎしてたてつやを思い出していた。
「あの、1人で笑うのやめてもらっていいですか?」
銀次があまり好きじゃない口調で顔を見てきていた。
笑ってたのか、やば…と顎を擦って笑顔を下げる。
「あ、いた」
トンネルの出口付近で自走しているてつやを発見。
「ヘイ彼氏〜、掴まってかない?」
銀次が妙なナンパをかましてくる。
そんな風にてつやを拾ってから順調に走ってゆく。
「そう言えばさ、サービスエリア、毎度のことだけどことごとくぶっ飛ばしてるから今回も帰り寄って行こうな」
SAの食べ物は、なんか知らないけど美味いんよな〜銀次が珍しくBL以外の妄想でうっとりしてる。
『中央道だとやっぱり談合坂だよな』
まっさんも乗り気。
『おれSAのソフトクリームすきー。なんとか牧場のミルクを贅沢にとか』
文ちゃんはなんかそう言うの好きそうだね。
『所で帰りって、車組このまま運転してくのか?なんか悪い気がするんだけど』
まっさんが言ってきた。
京介は
「お前ら体使ってんだから、俺らより疲れてんだろうよ。俺は別にいいぜ」
と言ってくれたがーただ文治はどうかわからんけどー と続けた。
『俺も大丈夫ー』
文ちゃん元気に返答する。
「でもあれだよな、京介の車…俺らには無理だから…」
京介仕様のフルチューン。一度乗ってみた銀次がため息まじりに言ってきた。
「そんなにかぁ?」
「ああ、俺も無理だった」
てつやも一度乗って、2度と乗らねえ!おっかなくてやだ。と投げ出したほどだ。
「慣れれば、まあいけるんだろうけどさ…表面上で言えば、無意味にハンドル軽いし、無意味にブレーキ浅いし、ちょっと踏むとえらい加速するし、お前エンジン何かと載せ替えてるだろ。ぜってーサニトラ純正じゃねえ気がする」
確かに…みんなさっきのアルファードと並んで走るサニトラ見てるから……
そんなてつやの問いへの返答は
「〜♪♪〜♪」
あ…他人に言えないことしてる…
「車検は通るよ。ちゃんと」
それだけ言って
「ほらほら、そろそろ都留インターだぞ」
ごまかしにかかりやがった…。
車は都留インターまでやってきた。
河口湖線は基本、この都留ICと河口湖ICの二つしかない。途中富士吉田スマートICがあるが、ETC専用だ。
「後続ってどのくらい離れてるんだ?」
モニターを覗き込むように、銀次が聞いてきた。
この頃になると、ゴールを目指し参加者全員スピードを上げてくる。
同じ中央道を選んで走ってるなら、もうこの河口湖線へ入っているローラーも多いだろう。
「ん〜っと、そうだなこの道に入ってるのが俺ら以外で8人…あ、中の1人は妖怪かもしれんけど、距離はっていうとこれでは正確には…でも猛追してくる奴がいる」
「妖怪とか言うなよな〜〜〜」
「猛追?」
銀ちゃん両腕を抱きしめて震えちゃう。
「どんなスピード?」
猛追にてつやが反応した。
「まだ視認はできないな」
後ろを見ててつやが呟く。
「俺、そろそろ自走するわ。猛追されてるんじゃ、うかうかできないしな」
「おう、気をつけてな」
銀次はもう失格だと気楽でいるから、ずっと車に捕まったままでいる。
「続々と来るんだろうな、そろそろ」
「まっさんっす」
「よう、どした」
「河口湖線入ったぞ」
「おー、速いな。文治も慣れてきたか」
「はい〜。鍛えてもらってます〜〜」
京介が褒めてくれて、文ちゃんまんざらでもなさそう。
その時インカムの向こうで微かに『キャーーーーーー』と聞こえたかと思うと
「いやーーーーーーっ!」
「うあああああああああああ!」
と言う悲鳴が直に聞こえてきた。『例(霊?)』のやつ追い抜いたなとすぐにわかる。
余裕のこちらの3人は、その声に爆笑した。
その時、サニトラの脇をカショーンと音を立てた参加者が通過していった。
「てつや、猿が行ったぞ」
サニトラに張り付いている銀次が教えてくれる。
「猛追は猿モンキーか。遊んでやろ」
スピードを緩めて、てつやは猿を迎え打つ。(かっこいい文章すぎた。)
カショーンカショーンと、インラインスケート特有の音を立てて、後ろから猿がやってくる。
てつやは振り向いて、
「俺を抜けるかn…うわっ」
てつやが振り向いてバック走行した瞬間に、猿モンキーはてつやの肩に手を置いて一回転して向こうへ降り立っていた。
「へっへー追い抜き成功。じゃあな〜」
カショーンカショーンとシューズを鳴らして、結構な速さで遠ざかって行く猿を、しばし呆然と見送っているてつやは、後ろから来た京介と銀次に
「ばっかみて」
「ダサっ!」
と通りすぎさざまに言われ、ムッキー!とこっちも猿になりムキになって猿モンキーを追いかけ始めた。
グローブにもスイッチを入れ、大人気ない対応で今度はてつや が猛追して行く。
「河口湖インターすぎるなよ〜」
あの勢いで2人してやり合ってたら、通り過ぎる可能性の方が高そうだ。
デカ猿vs日本猿
そんなことを言って京介と銀次は爆笑していた。ついでに聞こえていたセレナ組も失笑。
「お前なー、人様の頭上を超えてくなんざ100万年早いんだよ」
グローブ使って即座に追いついたてつやは、猿と並走して文句を言う。
「おー、それが今回の武器か。想像以上に速そうだな」
てつやのグローブに目を落とす。
「おう、はええぞ。記録は85kmだけど、どこまで出るかは未知数だ」
堂々とドヤってやる。
「スピード未知数っておっかね。でも俺様が優勝するけどな。お前のケツ守ってやるから。安心して俺の後にゴールしな」
グローブの話仕掛けてくるから話のってやったのに!
まあケツが云々の話は、優勝の副賞にニースがなくなるだろうことは今の所自分たちしかわかっていないから仕方はないか。
「てめーのケツはてめーで守るから、猿はそんな心配しないでバナナ食ってろよ」
「じゃあバナナ持ってこいよ!」
へっへーんだ。てつやはそれこそ尻を叩いてスピードを上げ、猿がそれに追随する。
MAXではないにしろ、グローブの70くらいに食いついてくる猿も中々すごいものだ。
「ねえまっさん?」
「ん?」
今のやりとりに微笑ましさを感じて仏のような顔をしていたまっさんに、文ちゃんが問いかける。
「お前のケツを守るって、てっちゃんのお尻のこと?どう言う事?守るの?」
インカムで聞いてた全員がむせそうになった。猿と戯れているてつやの耳に入ったかはわからないけれど。
大崎との事件は経験したが、経緯とか過去とかを知らない文治には、この大会で大崎がしようとしていたことまで理解が及ばないのも当然だ。
「え…ああ〜銀次?どういう事?」
ずっるー…と銀次が思ってもしょうがない。
「あー…ええっとぉ、なんだっけ?京介」
お前ら…京介のこめかみに血管が浮いてくる。しかし、京介に振ったのは間違いだったと思い知るのはその直後。
「なあ文治。さっきの大崎ってオネエ風なおじさんいただろ?」
あ…こいつ全て話す気だ…まっさんと銀次が焦りだす。
「え、京介…?言うの?」
「そろそろ知っといたほうがいいだろ。文治ももう20歳 だし」
「聞きたいー」
まあ…そうかもしれないけど…
「あのおっさんな、てつやを狙ってんのよ。10年前から」
「うんうん、それはなんとなくわかってましたー」
「でな、あのおっさんは10年前にてつやに暴行未遂して、てつやへの接近禁止令がでててしばらくは姿見せなかったんだけど、この大会を主催して海外にてつやを連れ出してイタズラしようとしてたんだよ。海外なら接近禁止令の効力ないからな。この大会は基本そう言う性質をはらんだ大会なわけさ」
「暴行って…ああ、そう言う意味かー。だから最初皆さんがてっちゃんには内緒っていってたのか」
文ちゃん察しがよろしい。
「そうそう。文治だっててつやがそんな目にあうの嫌だろ」
「めっちゃ嫌です!」
「さっきの猿が言ってたのはそう言う事」
「そっか。他の人が優勝したら、てっちゃんのお尻が守られるってことだもんね」
まっさんが脇でうんうんと頷いている。京介は、割と本当のこと全部言っちゃったけど、文治が理解してくれたのはよかった、と思ってもいた。けれども…
「あ、だからてっちゃんが車で攫 われた時、お尻の危機だったから京介さんめっちゃ怒ってたん…んぐっ」
助手席のまっさんが文ちゃんの口を塞いで、小刻みに顔を横に振って目の前でしー!と口元に人差し指。
銀次は怖くて京介の顔が見られない…
「文ちゃん…そこに俺はまっっっっっっっったく関係ないよな…」
あ…また『文ちゃん』って言われた…文ちゃんの顔が恐怖に慄 く
「あ、ああ〜京介、富士吉田スマートIC通り過ぎたぞ、そろそろあの猿ども回収しないと」
銀次の決死の言葉。いやでも大事な事ですし。
「あ、ほんとだ次だもんな。やれやれ、猿どもがインター超えちまう前に回収するか」
なんとか場が収まった風…?
京介はスピードを上げて猿たちを追いかけ始めたが
「文ちゃんとは今度ご飯でも一緒に行こうかな」
との一言が、文ちゃんにスマッシュヒット。文ちゃんは涙目でまっさんを見つめまっさんはインカムを切って、俺が守るから文治を…と慰めていた。
「てつやー、猿といがみ合ってるとインター見逃すぞ」
京介が文ちゃんいじめを終わらせて、再びレースモードへ。
「今インター前で待ってる」
「着いてんのかよ!すぐ行く」
インターを確認すると、猿も一緒だった。
「掴まれ」
と横付けすると、当然のように猿もつかまってくる。
「ごちー」
まあインターの通り抜けは、身内がいない時よそ様の車にお世話になることもあるから、仕方がない
「てつや?」
「ん?」
「猿に負けんなよ?」
京介が、うっすら笑ってETCを通り抜ける。
「当たり前だろ」
通り過ぎた直後に手を離し、猿と2人でまた爆走。
車は、あとは道を間違えないように誘導するだけだ。
2人を追い抜いて、
「誘導するからついて来いよ」
と声をかけ追い抜いて行く。
京介と文ちゃんは、昨晩どうやったら少しでも早くゴールに辿り着けるかの一般道 を、地元の地図とストリートビューで調査していたのだ。
ゴールがあるとされる河口湖東湖畔へ行くには『御坂みち』と言う道路に出なくてはならない。
信号が少なく、かつ安全にその『御坂みち』を目指せる道。全部頭に入っている。
高速の連絡道路を出ると右に曲がるしかない。そこで待機していた京介と銀次に追随し、てつやは走り続けた。
「お前、道わかってんの?」
猿に聞いてみると
「お前と違って人任せじゃないからな。俺の優秀な頭脳にちゃんと入ってる」
猿も最初は車のサポートがあったのだが、運悪く故障してしまって、そこから1人で走ってきていたらしい。その時に口頭で道を聞いたが、そんなのは一度で覚え切れるものでもなく…
車は大きな信号で止まり右折を待った。その時点で一度車に掴まり一緒に右折してまた自走。
暫く猿としのぎを削っていたが、猿はとある道を指して、
「あっちの方が近道なんだぜ、優勝はいただいた。じゃあな!」
と曲がっていってしまった。
京介はその道がゴールへ向かう道につながっていないことを知っている。
「猿がんばれ〜」
半笑いして猿にエールを送り
「てつやは俺についてくればいいから」
と、暗に猿の道が間違っていると伝えた。…のだが、他のみんなにはちょっとしたプロポーズみたいに聞こえて笑えない…
「プロポーズみたいだね…」
めっちゃ小声で文ちゃんが言った言葉はみんなに聞こえてしまい、てつやは
「なんか変な気がしたんだけど、それか!」
と大笑い。もうゲラゲラ笑って走りにも影響が!
「やっぱり今夜飯に行こうか文ちゃん」
こうなると、京介ももうそれをジョークで使うしかない
「あ、え…きょうはまっさんと約束が…」
この冗談はいつまで使われるのか…
「俺らもインター降りたわ」
まっさんが疲れた声で連絡事項をいれてくる。
「お、じゃあ俺拾ってくんね?」
銀次がそう言うのに、京介が
「いいじゃんここで。なんかあるのか?」
「いや、ゴール地点も確認しておきたいし、それにどうせ失格だから先に行ってオドメーター確認とか済ませときたくてな。てつやのゴール見たいじゃん」
そうか、失格は失格なりにやることがあるんだった。
「それもそっか、じゃあどうする?」
「銀次さん今どこにいるのー?」
文治が聞いてくる
「でかい交差点右折したまっすぐな道走ってる。この辺に置いてってもらうから拾ってくれ」
「あ、わかりました。大丈夫です拾えますー」
「よろしく。じゃあどこでもいいんだけど、早い方が拾って貰いやすいからここで降りとくな。じゃ、あとは頼んだ」
「任せろ」
手を離して自走を始めた銀次は、後ろをついてきていたてつやにも
「あと少しだ。ゴールで待ってるからな」
「オッケー ちゃんと見ててくれな」
と別れて、ゆったりと自走を始めた。
「てつや。この先丁字路にぶち当たるから、そこに行ったら車に捕まれ。少しグネるからお前に負担だ」
「解った」
後ろからも数人が追いかけてきている。てつやもグローブはもう常時スイッチオンで走っていた。
丁字路にたどりつき、てつやは荷台の後ろに掴まった。
「ちょっとグネるからな、足首柔軟に」
そう言われてくいくいと片方ずつ足首を回し、
「オッケーだぜ」
「よし、いくか」
そこからは、信号の無い道を模索した結果なのか、住宅街を細かく曲がって走っていた。
「すげえ道選んだな」
「信号待ってる暇なんかねえだろ」
とか言いながら少し大きめな道路で一度スピードを緩めた。
「目の前に車通りの多い道見えるか?」
「うん」
「あれを左折したら、ゴールがあるだろう場所へ向かう」
「おーほんともうすぐなんだなぁ」
「だぞ。ここから俺は先に行くから、お前はあの道を左折して来い。待ってるからな」
「わかった」
気が引き締まる。
「じゃ、ゴールで」
窓からサムズアップをみせて京介が走っていった。
「さて、じゃあいきますかー」
車に付くために一度切ったグローブを再び入れて、てつやは漕ぎ出した。
「ここを左折…と」
曲がると微妙な坂道。ここは自力だと結構しんどそうだな、ずっと続いてるっぽいし。そう思いながら。グローブの推進力で上がって行く
「銀次だよ」
「お、銀次。うまく拾って貰えたか?」
「ああ、あれから結構すぐだったぞ。今もうゴール地点にいる。んで面白いことあったから後で話すな」
「なんだよ今話せよ」
「今はお前のゴールが先」
「まっさんす〜」
「まっさん乙〜」
「ゴールはそのまままっすぐ来るとローソンがあって、そこを左折して300mくらいの所だ」
「毎度助かるその情報。ローソンを左な」
「そこに俺ら立ってるから間違えることはないよ」
「ありがてえ」
「文ちゃんー」
「おおー文ちゃん!文ちゃんも頑張ったなー楽しかったか?」
「めっちゃ!またやるー」
「気ぃはやっ」
てつやが苦笑してる後でも、まだ誰もゴールしてねえと笑い声
「早く来い、待ってる」
最後に京介が一言。
てつやはゴール直前のこのやりとりが毎回好きなのだ。これが1位ではなくてもこの会話はしたい。
ローソンのデカイ看板が目に入った。あーもうすぐだなあ…と感慨に耽ろうとした時だった
「てつや!スピード上げろ!バットマンだ!」
いきなり全員の声が耳に痛いほどの声で入ってくる。
「は?ええ?今??バットマン?」
振り向くとバットマンがえらい勢いで追いかけてきていた。
「えええ〜〜〜速いんだけど!」
てつやは中指全開に折り曲げてスピードに乗る。
「早く!逃げ切れ!」
ローソンまで来ると、みんなが腕を回してここだ!ここ曲がれ!」
と叫んでいる。
バットマンはもうすぐそこだ
てつやが高速で腰を低くして、両足で漕ぎながら左手で地面を撫でるようにバランスをとり、地面スレスレにまで身体を曲げながらローソンを曲がると、その5秒後にバットマンも曲がって行く。
「はええっバットマンなんなんあの推進力」
まっさんたちも走って行先を追いかけるが、人の足はタカが知れている。
「ちょっとまって。速すぎ!85kmに追いつくってどうなん」
てつやも全力で走っているはずなのに、バットマンはもう息遣いがわかるほど近くにいる。
あと100mの表示が出ている。
100…逃げ切れるか…負けねえ…足ももっと強く漕ぎ出して、バットマンから少しでも離れよう…と
「並ばれたぞ!てつや負けるな!」
ゴール前のこのデッドヒートへの歓声もものすごい。
それを聞きながらゴールラインがあと10mほどに見えたその時、てつやが前方に吹っ飛んだ
「やべっ」
歓声が悲鳴に変わる。
全身に力を入れて引き離そうとした瞬間にてつやは拳を握ってしまったのだ。ブレーキとなっている指も全部。急ブレーキの投げ飛ばしだ。
「てつやっ!」
「あぶないってっちゃん!」
周囲からもどよめきや、女性の悲鳴も聞こえる。
え…どうしたらいいんだっけ…こう言う時って…
飛ばされている瞬間は、なぜか時間が遅く感じる。てつやはそんなことを悠長に考えていたが、その瞬間何かに巻き込まれて頭をヘルメットごとホールドされ、次の瞬間叩きつけられる衝動が全身にかかった。
数えてはいなかったが、10回転くらいしたんじゃないかと思うほど地面を転がり、そして止まった。
運営が駆けつけてくる声が聞こえる。待機の医師や看護師の姿も見えた。
「あれ?」
てつやは回転した目の回りはあるものの、すぐに意識を取り戻し動こうとしたがガッツリホールドされている。
目の前にはバットマンの顔。
「え?」
バットマンも、てつやが動いたのをみると手を離し、
「怪我はないかい?」
と聞いてきた。
てつやが飛んだ瞬間にバットマンが飛びつき、頭と体が地面に叩きつけられないようにできるだけホールドして、自らの体をクッションに転げ回ったのだ。
「てつや!」
まっさんが駆け寄り、それにみんなも続いてきた。
看護師がてつやに痛いところはないかとか聞いてきたり、医者が数点の質問をしたりしてきたが、てつやはそれにしっかりと応えられていたので、医者も運営席へOKのサインを出した。
直接転がったバットマンもどうやら大丈夫そうだったので、周囲は安心にどよめいた。
大丈夫とあれば、即オドメーターチェック。それも2人とも有効ということで、最後に気になるのはどちらが1位かと言うことだけだった。
怪我もなかったと言うことで2人は端へ移動して、飲み物やタオルでケアを始めた。
「大丈夫か?どこも痛くねえか?」
ヘルメットを外してやり、ポカリと冷たいタオルを渡しながら銀次がてつやの前に座る。
「ん、ちょっと目が回ったけど今は平気。どこも痛くねえし、ずいぶんがっちり守ってもらっちったわ、バットマンに」
テヘヘと笑って、ポカリをグイッと煽った。
どうやらいつものてつやらしく、その場のみんなは安心して周りに座り込む。
そんな中、まっさんが冷たいタオルと冷えたポカリを持ってバットマンのところへ赴いた。
少々しゃがんで
「1度ならず2度までも、うちのてつやを助けてくださってありがとうございました。本当は本人をこさせたいんですが、今ので少し動揺していますのでご容赦ください。機会があったら本人からも礼を言わせます」
といってタオルとポカリを差し出した。
バットマンは手のひらを横へ振って『いやいや。彼が無事でよかったです。これは大丈夫なので他の皆さんで』的なジェスチャーをしたが、
「たくさんあるんで。タオルも返却いりませんし、どうか使ってください。それと、大崎氏の件も、お任せしてしまってすみませんでした」
と一言礼も言って、半ば強引にタオルとポカリを渡してから一礼しててつやの元へ戻った。
バットマンは、相変わらず喋るつもりはないようだから。
「俺あれよ、逃げようと思って思わず手握っちゃってさ、それが急ブレーキになっちまったんだよな」
とてつやは、今はもうスイッチを切ってあるグローブをにぎにぎしながら、今回の事故の説明をしていた。
「接戦になるとリスク高いんだな、これ」
銀次と京介が左右のグローブを眺めている。
「手は無意識に動くからなぁ」
武器の改訂についても色々ありそうだ。
「あ、まっさん悪かったな。バットマン」
「あ、いや…いいさそのくらい。気が落ち着いたら礼に行こうな」
「わかった」
バットマンを見ると目があったので、一応軽くで悪いとは思ったが頭を下げてみた。
バットマンは口元で笑って、サムズアップしてくれた。
「俺は守られた感じになったから無傷はわかるけど、バットマンに何事もなかったのはすげえよな」
それは素直な感想だが、多分バットマンの背中やらには多少の擦過傷はあるはずだ。
他の3人は複雑な思いでその言葉を聞いている。
さて、レースとしてはどちらが1位かと言うことが気にかかるところで…
運営から放送が入った
『ただいまの上位3位が決定いたしました。ゴール直前は超混戦でしたがビデオ判定の結果はこうです!』
言葉と同時に備えられたでっかいモニターに、1位から順番に名前が出てくる。
1位 加瀬 てつや
「いやったーーーっ」
「やったなてつや!今日の出来事吹っ飛ぶな!」
とまっさんが抱きついた
2位 バットマン
「バットマンおめでとう!1位だっておかしくない走りだったぞ!」
周囲からも声援が飛んだ。
「最後の追い上げすごかったし見応えあったわ!」
3位 花江 銀次
「え?」
「えええええええええええ?」
これは流石に声が出る。
「いや、さっき言ってた面白いことってこれ…」
銀次はてへへと笑って、実は…と話し始める。
「先に着いて、オドメーターチェックに行ったらさ『花江さん有効ですけど?』っていわれてなぁ〜でも俺ずっと車につかまって来てたし、ここまでも車で来ちまったから、まさか優勝ってなわけにもいかないなと思ったんだよ」
そして、てつやとバットマンが空中ゴールを決めた時に、駆け寄るついでに運営の人と一緒によいしょってゴールライン割ったと言うことだった。
なんでもありのレースだから許される事。でも銀次も、失格だと思ってはいてもずっと車につかまって走っていたのだ。まっさんは乗り込んでたけれど…
「まあ、いいじゃんか!理由はともかくチームから2人表彰台だー!」
「いえーーーーい」
バットマンも拍手を送っていた。
ゴールの映像が今発表されたモニターに現れ、飛んだてつやの指先がかろうじて抱き抱えられる直前にゴールを割っていたということだった。
「うわっまじで紙一重だったんだな…」
まっさんがモニターを見つめ呟く。
「あぶねーあぶねー、飛んだ甲斐あったってもんだな」
てつやが笑えない冗談を言い、後ろから誰かが頭をこづいてきた。
「まあ、怪我なく終われてよかったと思おう」
まっさんがまあまあ、と納める。
しかしそんな中銀次は少し寒気を感じていた。
「なあ、なんか寒くねえか?」
傍の京介の袖を引っ張る。
「何言ってんのお前。大丈夫か?熱中症?」
額に手を当ててみるが特に熱はなさそうだし、
「ほれ、取り敢えずこれ飲め」
手にしていたポカリを渡すが、銀次はそっと後ろを振り返ってみる。
「ヒイイイイイ」
振り返った先には、あの!日本人形が立っていて、じっとりと銀次を見ていた。
「3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに3位だったのに」
そんな目でじっと銀次を見ている…銀次は呪われた…
「京介…お…俺辞退しようかな…そうすればあの人形様が3位に…」
様…?
「何バカなこと言ってんだよ、あれはちゃんと人間だよ。大丈夫!呪われてなんかねーから。俺がいるだろ。俺を信じろ」
「お前男前だな」
「だろ?」
と笑う白い歯。銀ちゃんちょっとキュンッ。何この男前、惚れてまうやろ…でもこの人には想う人がいて、俺なんか…
「声出てるんだよ」
三分の一ほど入ったポカリのボトルで頭を叩かれる。
「気色悪りぃこと言ってねーで、ポカリでも飲んでろ」
蓋を開けたペットボトルを口に突っ込まれ、大人しく飲み始めたぎんちゃん。仲間の視線が痛すぎた…。
『さて、只今までに30位までの参加者さんがゴールいたしましたので、表彰式の時間をお知らせいたします。表彰式は午後3時30分からと致します。少々遅くなってしまいますが、よろしくお願いいたします』
運営から表彰式の時間のアナウンスがあり、今の時間が2時半なので、まだしばらく時間がある。
それまでセレナで涼もうぜと言うことでセレナに入り、エアコン全開で各々が座った。
「お菓子もあります〜」
クーラーボックスに入ったチョコやクッキーやスティックのゼリーなどをクーラーボックスのまま2列目のシートの一つに置いて、文ちゃんはクッキーを2.3枚持って1番後ろのシートに座った。てつやも文ちゃんの隣に座ってるので一枚あげた。2列目のもう一つのシートは銀次が座って、運転席にまっさん、ナビシートに京介が座った。
まっさんも京介もシートの背もたれをを倒して話が始まった。
「それにしてもバットマン速かったよな。あれなんなんだろ」
ポテチを開けて、ボックスに立てて銀次が首を傾げる。
「俺ちょっと見えたんだけどさ、あれ多分だけど電動アシスト自転車のシステムな気がするんだ」
「んー?発電とバッテリーで車輪回すあれか?」
ポテチを加えて京介が言う。
「うん、インライン用にもちろん改良はしてるだろうけどさ、インラインの車輪の1番前と1番後ろにベルトハマってたんだ。あれがチェーンの役目で発電機だろ。で、腰にボックスあったからあれがバッテリーで…」
と難しい話が始まってしまった。
後ろの文系2人組は、クッキーを食べながら半分くらい聴いてたけど、なんだか眠くなってしまって、気がつくと2人して寝ついていた。
「なるほどねえ…よっく考えつくなそう言うこと」
京介が感心して、少し唸る。
「でもそれなら速さも納得いくよな」
「まあ推測の域は出ないけど、それしか考え付かんわ」
「でもそれって、脚力ありきってことだよな」
銀次もチョコパイを開きながら言ってくる。発電のために動かなければならないのです。
「バットマンの身体みたろ、こんなんじゃん」
筋肉ポーズをするまっさん。
「色々総合してできてたんだな〜あれって」
「ああ、バットマンといえば、大崎の件も気になるよな。あれからどうなったんだろう」
銀次の言葉に、私に任せて行きなさいというかっこいいバットマンがまっさんの脳裏に想起され、その後どう処理をつけたのか…やはり気にならないわけがない。
「まさか今警察に電話するわけにもいかないしなぁ…ちょっと気になるな。車止めたの俺たちだし…」
まっさんも今になって少し罪悪感を感じている。
そんな時、セレナの運転席の窓を運営の代表がコンコンと叩いてきた。それに応えて外に出ようとしたが、てつやと文ちゃんは寝ていたので、3人で外に出た。
「お休みのところを申し訳ありません。1時間ほど前に警察から、大崎と言う人物が暴行未遂を働いたと言っているがこちらの参加者に関係あるかと連絡がありました」
大崎はあれからやはり警察に連行されたらしく、聴取されて暴行未遂を話したようだった。
その被害者もそばにいなかったので、本日レースが行われている運営へと話が来たらしい。
バットマンは暴行事件を言っていないようで、一体なんと説明してレースに戻ったのかが気になるところ。
「その暴行未遂を受けたと言うのは…大変失礼ですが、加瀬さんでしょうか」
「はい、うちの加瀬に間違い無いです」
まっさんはキッパリと伝えた。
「やっぱり…。その大崎とは聞きましたところ今回の主催に間違いがなく、連絡を受けてからこちらでも話し合いを持ち、主催の任はおろさせていただきました」
「彼は暴行だけではなく、加瀬を非常に危ない目にも遭わせたので、こちらも少々荒っぽいことをしてしまいました。それは大丈夫ですか。なんなら警察に話をする準備は出来ていますが」
まっさんも色々考えていたのだろう。決意の固まった声だった。
「その件ですが、バットマン…いえ横山氏が大崎氏の付き添いを申し出て下さいまして、高速道路で車を止めた件含め全面的に話し合ってくださると言うことになりましたので、皆様にはご迷惑がかからないように取り計らわれております。加瀬さんが被害者と分かった以上、何日か後に、加瀬さんのご自宅の管轄から聴取の連絡は行くかもしれませんが、今日は大丈夫です。私も表彰式が終わり次第横山氏と一緒に大月警察署まで参りますので、そこはご心配なく」
3人は押し黙ってしまった。
『横山氏』と聞いたからには、やはりバットマンは文父で間違いはなさそうだ。まっさんたちの胸にずっと沈んでいた「大人の話し合い」の言葉がまた蘇ってきた。自分たちは大崎を責めることしかしなかったし…
唯一てつやだけが、真っ当に大崎に正面から話していたな…とも思い浮かぶ。
「そう言うことですので、皆様は表彰式、懇親会もご用意してますので、何も気になさらず楽しんでください。こんな状況で見事に優勝をされた加瀬さんもご立派です。おめでとうございます。3位の花江さんも、おめでとうございます。賞金は事前にお預かりしていましたので多少は変わりますがご心配なく。では」
代表は頭を下げて去っていった。
「大人の話し合いか…」
「結構刺さるな…こういうのって」
「てつやってさ、底がわかんねえよな…人間関係くぐり抜けてるしな…」
暴行未遂やら変態ホイホイやらもそうだけどその他、自分たち以外の友人関係も複雑な人多そうだし、結構頼られちゃうし…。
「守ってるようでいて、俺ら守られてんのかな…」
あいでんてていが揺らぐ3人…
「なー何してんだよー。なんか腹へった、ローソン行かね?」
てつやがドアを開けて眠そうに言ってきた。
「寝てたやつがなんだよ。ローソン?いいよ、いくべ?」
銀次が色々吹っ切って、てつやに寄っていく。
「お前らはー?行かねーの?いこうっとお!」
言いながら、てつやはステップを踏み外してセレナから転落。正座のように地面へ落ちていった。
まっさんと京介は顔を見合わせて、やっぱてつやはてつやだからなと納得。
「おいおい、さっきのゴールが無傷なのに今怪我すんじゃねえよ」
まっさんがしょうがねえなあと近寄り
京介は中に寝ている文治を起こしに行って、
「ローソン行くぞ、寝てるか?」
と声をかけ、ついでに救急バッグからマキロンと絆創膏を持って外に出た。
文ちゃんも目を覚まして、ローソン行きますーと起きだした。そしてセレナのドア前で手当てをされているてつやを見て心配そうに覗き込む。
「てっちゃんどうしたの?さっきのやっぱり怪我してたの?」
「たった今セレナから落ちたんだよ」
マキロンを吹きかけながら京介が笑う。
「いってー沁みるーっ」
「なんなのてっちゃん」
文ちゃんにまで呆れ笑いをされるてつやを見て、まあ…てつやだな、と今まで通りの気持ちが蘇ってきた。
ローソンまで歩きながら、京介が文ちゃんを相手している間にまっさんと銀次がさっきの運営の話をてつやに聞かせていた。
「バットマン文ちゃんとーちゃんだったのかぁ。結構イイやつだよな」
「俺思うんだけど」
まっさんが話始める
「多分だけどバットマンさ、お前の貞操の危機の話を聞いて参加したんじゃないかなって思うんだよ」
まあ…その考えは、誰でも納得できるものではある。
「お前を守って…って言うとかっこいいけど、単に他の奴に渡すか!って言うんだとも思う。けどさあ…」
「まあなあ…ゴールのあれなんてのは、ほんとバットマン命懸けだもんな。なんかもう気の毒になるわ…一途すぎて」
銀次がちょっと涙ほろりなことを言う。
「そう言われたってどうにもできねえよ、俺は」
「いやごめん、お前を責めてるわけじゃないんだけどな」
「まあそれでもさ、表彰代の上でもどこでもいいから、一言礼は言っておけな」
まっさんに言われ
「うん、それはちゃんと言うよ」
複雑な気持ちになってしまったてつやだが、本当にどうにもできないから仕方がない。
「なー」
後ろから京介が声をかけてくる
「懇親会どうすんだー?毎回出てねえけど」
毎回優勝者不在の懇親会は、盛り上がりに欠けるわけではないだろうけど、ちょっと寂しい気もする。
遠方の参加者のために全額ではないが運営が少し負担する形で、懇親会場のホテルの部屋も押さえてあるらしい。
「前向きに考えようかー」
「さんせー」
それから程なくして表彰式が始まった。
表彰台の上に、3位から順に上って行く。
銀次には未だ冷たい人形の目が注がれていたが、オドオドしながらも気にせず台に立った。
順にメダルや賞金が渡され、表彰式は進んでゆく。
『ここで、賞金と副賞の訂正がございます』
と運営から発表がされた。
『当初の発表では、賞金:優勝が100万円 副賞がフランスはニースの別荘ご招待となっておりましたが、訂正しまして、優勝者には賞金500万円のみとなりました。準優勝者には賞金300万円、3位の方には100万円ということに変更になります。ご了承ください。』
チームロードスター(自称)の手持ちが600万円…身の危険を感じる金額だ…
『尚、今回トラブルがあり、海外旅行の経費が賞金に還元されたため非常に賞金が高額になってしまいました。ですので本日は手渡しはせずに、後ほど運営から振り込ませていただく手続きをさせていただきます。そこもご了承ください』
一瞬帰ろうかと思ったが、その放送で一安心。
「ビビったー」
京介が心底びびった声で安堵した。
「600万は厳しいよな…さすがに」
まっさんも同調。持ち歩いていい金額ではない。
表彰式も終盤に差し掛かる。
「で、どうするよ懇親会。毎度優勝者不在でもなってチラッと思うけど、この辺の富士山でも見える旅館に泊まりに行くのもイイんじゃないかなとも思うんだよ」
「なんだよ京介〜〜魅惑的な案出してくんじゃねえかよ〜」
「富士山の見える旅館行きたいー」
文ちゃんも大乗り気。
「今日会えてなかった人にも挨拶したかったけど、それはまた次でいっか」
その一言で決まり。
もう少し富士山が近いところの旅館狙おうと、まっさんはスマホを取り出した。
「記念撮影するぞー」
表彰台からてつやと銀次が呼んでいる。参加者が全員表彰台の周りに集まって、全員ショット。これも毎年の恒例。
運営のドローンが上がり、3、2、1 イエーイで好きなポーズ。
表彰式も終了した。
ともだちにシェアしよう!