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第10話
何も聞かずとも秋夜が例の不良連中に出くわして絡まれた挙げ句、襲撃されたのだろうということは明らかだった。
道端にうずくまるように倒れている彼の額には、所々に血痕が飛び散っていて目に痛い。破けたシャツと泥で擦れたジーンズが乱闘の恐ろしさを物語っているようで、冬樹は大きな瞳を見開いたまま、驚愕の表情で固まってしまっていた。
「シュウ! 秋夜ッ――! 大丈夫かッ!?」
不良たちの相手を終えた真夏が一目散に駆け寄って、ズタボロの彼を抱き起こした。
「……マ……ナ、平気……ごめんな。世話……掛けちまった」
複数人に容赦なく殴られ蹴られしたのだろう、痛みと衝撃に堪えつつも心配を掛けまいと、秋夜は僅かに笑顔を見せながら真夏を見上げていた。辺りの地面には彼の胸ポケットにあったはずの煙草が散乱して潰れている。さっきまではきちんと納まっていたそれが、無残な状態で散らばっているのを目にしたことで、冬樹は酷い後悔に苛まれたようだった。
目の前では、同じように後悔を口にする真夏の姿――
「バカ野郎……! こんな……こんな目に遭わせて……一緒に行けばよかった! 俺は何て大バカ野郎なんだ――ッ!」
「んな……たいしたことねえって。ちゃんと助けに来てくれたじゃん……さんきゅな、マナ……」
真夏は秋夜を抱きかかえながらフルフルと首を横に振り、蒼白の頬には今にも涙が伝わらんばかりの思いがはっきりと見て取れた。
「――ッ! お前に何かあったら……俺は死ねるぞ――」
絞り出すような声で言い、人目も憚らずに真夏は彼を抱き締めた。
両の手で肩を抱き、血が伝っている秋夜の額と頬を癒やすかのように無数のキスを繰り返す。どこもかしこも自分のものだと確かめんばかりに強く激しく抱き締める真夏の頬に、安堵の涙がひとしずく――伝って落ちた。
その様子を呆然と見つめているしかできずにいる冬樹の頬にも、同じようにあふれた涙が滝のように止め処なかった。
◇ ◇ ◇
すっかりと夕闇が降り立ち、つい先程まで蒼かった宵の空を漆黒が覆っていた。
冬樹の手がパラパラとファッション誌のページを無意識にめくり続ける。土産にといって真夏がよこしたものだ。
あの後、夕食会は中止になって、真夏たちは秋夜を病院へと連れて行った。盆のこの時期だ、車で遠くの病院まで行かなくてはならず、慌ただしさが続いた。
そうして独り、家に戻った冬樹は、両親が帰って来てからも自室にこもったままだ。食事も摂らずに、ただただ呆然としている有様だった。
手にしたファッション誌には、表紙にも特集記事にも、どこを見ても一番目を引かれる箇所に秋夜が載っている。
流行りの服に身を包み、粋なポーズを決める姿に、心が破裂してしまいそうだった。
そこに映る彼は確かに格好良過 ぎる。望んだって手になど入らない高嶺の花のようだ。というよりも、その『花』でさえ彼の前では色褪せてしまいそうだ。例えるならば、花々の中を優雅に飛び回る蝶の如く――高嶺の花でさえも、彼が羽を休めにとまってくれるのを待ち望むのではと思える程だった。
「……っう、……っう……」
零れ始めた涙を拭いながらも、憑かれたようにページをめくり続ける。
最新号は既に秋物の装いだが、数冊ある雑誌の中には夏号も含まれていた。リゾート特集ではシャツが開 けて上半身が裸のようなショットもたくさんあった。それらを目にすれば、どうしてもあの二人の官能シーンが思い出されてしまうわけだろう、冬樹はボロボロと涙をこぼし、ついには泣き崩れてしまった。
【夏】の後には【秋】がやってくる。どうしたって【冬】は割って入れないんだ――
追いつくことは叶わない。
その後ろ姿を見つめていることすら叶わない。
冬が見ることを許されるのは、夏の後にぴったりと寄り添う秋の背中だけなんだ。
雑誌を開いたまま、冬樹は何度も何度も心の中でそう言いながら泣いていた。
『夏兄ぃ、夏兄ぃ――』と、愛しい男の名だけを延々と繰り返しながら泣いていた。
◇ ◇ ◇
本来、俺たち霊界の者は、憑依した人間と対話することを許されてはいない。
だが、俺はどうしてもこいつに話し掛けずにはいられなかった。
「おい――! ボウズ――聞けよ」
「――え!?」
「知ってるか? 確かに――冬は秋を飛び越えて夏の隣に行くことはできねえさ。だがな――冬の後には必ず【春】がやってくるんだぜ」
「……だ、誰――? そこに誰かいるの……?」
おそるおそる部屋の中を見渡す冬樹を無視して俺は続けた。
「冬の後には暖 ったけえ春が訪れる。それだけは忘れるなよ」
少年が初めて体験した恋の終わり――その痛みを少しでも和らげてやりたくて、俺はどうしてもそう云わずにはいられなかった。いつの日か、この少年にとって何物にも代え難い、大きな大きな幸せが訪れるようにと、心からの願いを込めて――
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