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第11話

 次の日の夕方、真夏と秋夜の二人が東京へと帰るのを、冬樹の家族と真夏の家族とで見送りに出ていた。  真夏は冬樹に向かい合いながら、心からの礼を述べていた。昨日、この冬樹が知らせてくれたお陰で、不良連中から秋夜を寸でのところで守ることができたのだ。彼は深く厚く感謝の言葉を繰り返すと、その大きな掌で冬樹の頭を何度も撫でた。  だが、冬樹はどうしても心に引っ掛かっていることがあるようで、今ひとつ晴れない表情でうつむいたままだ。おそらくは、昨日秋夜と玄関先で出くわした際に、すぐにでも遠回りをするように伝えれば良かった――と、そう思ってやまないのだろう。後悔の念がヤツの顔に書いてあるのが見えるようだった。  あの時、秋夜に回り道を進めなかったこいつの心の中に、ほんの僅かにでもあったのだろう気持ちに俺は気が付いていた。  できることならば、秋夜などいなくなってしまえばいい――と。  別段、不良連中によって葬られてしまえばいいと、そこまで望んだわけでは決してないだろう。だが、多少怖い目に遭ったとしても構わないといった気持ちが露ほどにも無かったとは言い切れない。冬樹自身、そんな気持ちに気付いているのだろう。それらを払拭すべくか、ヤツは覚悟をしたような表情で秋夜に近付くと、思い切ってひと言、謝罪を含めて胸につかえている思いを口にしようとした。  と、その時だ。 「――ごめんな」  先にそう言ったのは秋夜の方だった。  正直なところ、俺は少し驚かされてしまった。  何故、秋夜が謝らなければならないのか――俺には咄嗟に理解できなかったが、果たして冬樹にはその理由が思い当たったようだった。  秋夜は気付いていたのだ。この冬樹が真夏を慕っていることを。  そして、それが単なる憧れを越えた感情であろうということも。と同時に、真夏の恋人である自分を多少なりとも疎ましく思っているのだろうということを、ここへ来てからの冬樹の態度の節々から感じ取っていたのかも知れない。  キミだけの夏兄だったマナを取ってしまってごめんな。マナの隣を離れることのできない俺を赦してくれな――そんな意味合いだったのかも知れない。  衝撃と切なさに、心が思い切り揺さぶられる。 「……秋夜……さん」 「うん?」 「あの……夏兄を……、夏兄のこと――よろしくお願いします」  切羽詰まったような表情でそう言った冬樹の心の内が伝わったのだろうか、 「おう! 冬樹君も元気でな。東京に来ることがあったら、ぜってー連絡してくれよな! マナと三人でメシでも食おうぜ!」  綺麗な顔を目一杯、くしゃくしゃに崩して微笑みながらそう言った。 「――はい。はい……!」  ふと、目の前を過ぎった蜻蛉(かげろう)の羽音が晩夏を告げていた。  大きな痛みと、少しのあたたかさが少年を大人にした――そんな夏の夕暮れだった。 ◇    ◇    ◇  あれから五年――  また夏がやって来て、俺と黒原の背後霊としての研修も今年が最後の年となった。この夏が終われば、晴れて守護霊となり、新たな道が待っているのだ。  最後の研修の時に、俺はどうしても見届けておきたいことがあった。それは数年前に憑依した冬樹という少年のことだ。彼があの後、どうしているかとずっと気になってやまなかったのだ。  俺は黒原を伴って冬樹の元へと向かった。 ◇    ◇    ◇  人間界へ着くと、あの頃よりも少し大人びた冬樹を見つけた。その表情は穏やかで、ヤツはきっと元気でがんばっているのだろうことを思わせる。 「ふーん、随分とまた男前に成長したもんだな。あの頃はまだ坊ちゃん坊ちゃんしてたのによぉ」  半ば俺に無理強いさせられる形で一緒に付いてきたハラグロが、感心のため息を漏らしている。 「人間界ではあれからもう五年だ。そりゃ、少しは大人びてくるだろうさ」  冬樹に視線をやったままで俺はそう返した。その傍らで、またも暢気に、 「どうせならあの時の美形カップルの方もどうしてるか見に行きてえなぁ」  そうこぼしたハラグロの言葉で、俺はひとつ言い忘れていたことを思い出してしまった。そう、このハラグロの奴に是非とも抗議しておかなければならない大切なことを忘れていたのだ。

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