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第12話
「おい、ハラグロ……。ちょっと訊きてえことがあるんだが」
「へえへえ、何だい?」
ちゃらけた返事は無視して先を続ける。
「お前さ、あの時――例の美形カップルに憑くのに、俺に『絶世の美人』の方を譲ったろうが」
「ああ、そうだったっけ?」
それがどうしたというような顔付きでこちらを見やる。
「お前はあの二人が男同士のカップルだって知ってたわけだよな?」
「そうだけど?」
やっぱりか――
だったら尚のこと、腹立たしい思いでいっぱいだ。もしも――もしもだぞ! 俺が予定通りにあの綺麗な蝶男の秋夜に取り憑いていたとしたら、例の濃厚ラブシーンで”ネコ”の方――つまりは『受け』の方の立場を経験させられるハメになったのではないか?
あの時はそんなことに気付きもしなかったが、後になってよくよく考えてみるにそんな事実に突き当たって、俺は少々悶々としていたわけだ。
「俺はあの時、冬樹の方に憑いて本当に良かったと思っている」
「は――? 何で?」
全く意味が分からないといったふうにハラグロが覗き込んでくる。悪気のかけらもないコイツに、またしても額に十文字が浮かびそうな気分にさせられた。
「何で――じゃねえわ! あのまま俺が蝶男に憑いてたら、俺は”お前のネコ”にさせられるところだったろうが!」
眉間に皺を寄せてジロリと睨みをきかせれば、
「あ、バレた?」
それこそ悪気のかけらもなくペロリと舌を出しやがったコイツに、
ビキビキビキッ――!
額の十文字が三つくらい増えたような気分だった。
「まぁまぁ、そう怒るなって! 次はお前にタチの方を譲ってやるからさー」
脳天気にも程がある。未だ引っ込まない十文字をそのままに、
「この際、ハッキリ言っておくがな。俺はお前と”寝る”気はねえからな――! 断じて無い無い無い!」
「えー、冷てえなぁ。ま、そういう軽薄 君の照れ屋なところも嫌いじゃねえけどさ、俺は」
思わず語尾に楽しげな音符のマークでも付いていそうな物言いに、苦虫を潰したような気分にさせられる。
――ダメだ。こいつには何を言っても通じる気がしねえ――
俺は諦めて、これみよがしのデカいため息を落としてみせた。
「そんなことよか、ほれ、見ろよあれ!」
ハラグロにツンツンと肩を突かれて、俺はハッとさせられた。
そこには一冊の雑誌に目を通している冬樹の姿があって――
「おや、珍しいね。キミがファッション誌を読んでいるだなんて」
冬樹の後方から肩を抱き包むようにしてそう声を掛けた青年は、とても紳士的な雰囲気をまとった上品な男だ。
推察するに、冬樹よりは若干年上といったところだろうか――優しげなその男にとびきりの笑顔を向けながらヤツが言った。
「ねえ、春香さん。実はこれ、僕の初恋の人なんです」
「どれどれ? ああ、このモデルさん、見たことあるよ。いろんな雑誌に出ている人気モデルじゃないかい? こっちの彼はマネージャーさんかい?」
「ええ、対談記事が載ってたんで、思わず買ってしまいました」
「ふぅん。それで? どっちがキミの初恋の人なのかな?」
少し口を尖らせるフリを装いつつも、ひょうきんに微笑みながら男がそう訊いた。
「うん……どっちも……です!」
「ええ? 二人ともかい? 確かにどちらもいい男だけれどね」
「そうでしょう? 二人とも僕の――自慢の兄ちゃんたちなんです!」
冬樹の顔に浮かんだ笑顔が本当に綺麗だった。この顔を見ただけで、ヤツが今、どれだけ幸せに包まれているのかが分かるようだった。
逸る気持ちを抑えて傍により、俺は冬樹が手にしていた雑誌を覗き込んで驚いた。そこに映っていたのは、なんと五年前のあの夏の日に会った真夏と秋夜のカップルだったからだ。
彼らも元気で活躍しているのだということが嬉しかったのは無論だが、何よりも冬樹がこんなに穏やかに彼らのことを語れるようになったのだということが嬉しくてたまらなかった。
「でも、心配だなぁ。こんなにいい男が二人もキミの初恋の相手だなんて。僕は気が気でないよ」
紳士な彼の少しスネた仕草はわざとなのだろう、傍目に見ていてもそれはすぐに分かった。
「そんな心配いりませんよ。だって……僕には……」
あなたより大切な人なんていないんですから――!
微笑む冬樹がものすごく幸せそうで、俺は思わず目頭が熱くなるのを感じていた。
ああ、お前だけの『春』に巡り逢えたんだな――
心から彼らの幸せを願う俺の隣で、ハラグロの奴も一緒に微笑っている。まるで『良かったな』というように口角を上げてニヤリと微笑むこいつの笑顔に、幸せな思いが倍増するような気がしていた。
ふと、頭上を見上げれば――晴れ渡る青空に、今年も真夏の太陽の光が燦々と降り注いでいた。
- FIN -
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