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【七】セクサロイドと人間の恋の結末
翌日。
二人は揃ってマンションを出た。互いに私服姿だ。近衛町駅から少し離れた場所に、大規模な商業施設がある。鳴神は、無難に、映画を見る事を選んだ。映画には興味は無いが、退屈させる事は避けられると判断した結果だ。
「どれが見たい?」
「……僕、映画って見た事が無いんです」
「好きなジャンルは?」
「読書などもしないので……架空のストーリーには、全く造詣が無くて」
「そうなんだ。興味が無い?」
外してしまっただろうかと考えながら鳴神は、少し焦った。
「じゃあ他に行こうか」
「いえ、鳴神さんが見たいものがあるのなら、僕もそれを見てみたいです。その、興味が無いわけでは無くて、どれを買ったり選んだら良いのかが分からないだけで……これまで、お恥ずかしながら、僕は仕事しかしてこなかったんです」
「なるほど」
「買い物も自分のものといえば、私服を買うくらいで」
「よく似合ってるよ」
「……お店の方に勧められたものをそのまま買っているだけで、僕にはよく分からないんです。本当ですか? 変では無いですか?」
「うん。大丈夫。じゃあ、そうだな――……アクション映画でも見る?」
「はい」
こうして花瑛が頷いたので、鳴神はチケットを二つ購入した。他にはパンフレットを自分の端末にダウンロードしたり、適当にポップコーンと飲み物を購入したりしてから、あてがわれた席へと二人で向かった。混雑している。当日券を買えたのは幸運で、それなりに人気の映画である。そこまでは鳴神も調べていなかったのだが。
並んで座った二人は、映画の開始を待っていた。興味深そうに前を向いている花瑛の横顔を鳴神は見ていた。それは映画が始まってからも同じだった。真剣に映画を見て、瞳を輝かせている花瑛を、鳴神は度々見ていた。映画の方はあまり頭に入ってこない。
そんなこんなで映画が終了すると、花瑛が満面の笑みで鳴神を見た。
「面白かったですね! 特に、月の上空で戦闘する所が、僕はドキドキして」
「そう。うん、そうだね」
鳴神はいつもと異なり、興奮した様子で感想を語る花瑛に対し、適度に相づちをうちながら、結果的に成功して良かったと安堵していた。花瑛が喜んでくれると嬉しいのである。
「昼食はどうしようか? 何か食べたいものはある?」
「ええと……僕は、マンションのレストラン街の他は、軍部の食堂でしか食べた事がなくて……ここには、どんなお店があるんですか?」
「種類自体は、マンションとそんなに変わらないかな。そうだなぁ、俺はこの施設だと創作フレンチで好きな店がある」
「行ってみたいです」
こうして昼食をとる店が決まった。歩き出そうとした鳴神は、チラリと花瑛を見る。
「手」
「え?」
「混雑してるし、はぐれると困る――し、繋ぎたいから」
鳴神はそういうと、花瑛の手を握った。その言葉に、花瑛が目を見開く。そして意味を理解してから真っ赤になった。
「鳴神さんは……僕をからかっていますか?」
「からかう? どの部分でそう感じたの?」
「手を繋ぎたいなんて、その……普通は、そういうのは、小さい子供か恋人同士だと思って……」
「俺達は良い大人だね。つまり?」
「つ、つまり……?」
「恋人になりたいけどね、俺は」
「やっぱりからかっていますか?」
「だから、どうして?」
「だ、だって僕は……セクサロイドですし」
声を顰めて花瑛が言うと、鳴神が手に力を込めた。
「だから? 俺には、関係無いけどね」
「っ」
「花瑛は、俺と手を繋ぐのが、嫌?」
「嫌じゃ無いです! あ、その……」
反射的に否定してから、花瑛は恥ずかしくなって、真っ赤のままで俯いた。実に初々しい。その手を少し強く引きながら、鳴神は正面を見て歩き始める。ガラでもなく緊張していた。これは、紛れもなくデートだ。手を繋ぐという目標は既に達成済みだ。では、他は?
理想を言うのならば、告白して恋人になりたい。
「……その、嫌じゃ無いなんて言われても、困りますよね」
「どうして俺が困ると思うの?」
「鳴神さんは、お優しい方だから、こういう風に僕の事も扱ってくれるんだと思って」
「俺は、好きな相手以外には、優しくないよ。仕事をしていて最初の頃の俺を、花瑛はよく知っていると思うけど」
「っ、好きな……」
「花瑛は、俺の事が嫌い?」
「嫌いじゃ無いです!」
「じゃあ好き?」
「好きで――……っ、え、えっと」
そんなやりとりをしながら歩いて行き、鳴神が好きな店のそばについた。あとは角を曲がるだけだ。そう考えながら、人気が途切れた時、鳴神は花瑛の腕をひいた。驚いている花瑛を、そのまま鳴神が抱きしめる。
「キスしたい」
「ここで、ですか?」
「うん」
「!」
鳴神が触れるだけのキスを、花瑛の唇にした。花瑛の頬が朱くなる。そんな花瑛を抱きしめ直し、今度は額に口づけてから、目を伏せて鳴神は、もう伝えてしまう事にした。我慢が出来なかった。
「好きです。俺と付き合って下さい」
「鳴神さん……」
「ずっと言おうと思ってた」
「……」
「返事は、今聞かせて欲しい」
「僕も……多分、好きです」
「多分?」
「……これまで恋をした事がないから、自信が無くて。でも、鳴神さんと一緒にいると、ドキドキするのに安心するんです」
それを聞いた鳴神は、両手で花瑛の頬に触れた。そしてその真っ赤な顔を覗き込む。
「それは恋としていいと思うよ」
「だとしても……僕は、セクサロイドですし……」
「俺は気にしないと伝えたと思うけど」
「……ですが」
「俺のものになって欲しい」
「鳴神さんの個人所有になるという意味ですか?」
「違うよ。結婚して人間同等権利を持つ立場になって下さいっていう意味かな」
人間と結婚した生体人型ロボットは、以後、人間扱いを受ける事になる。
鳴神の言葉に、花瑛が目を見開いた。
「え……そんなの、僕が……僕で、良いんですか?」
「うん」
「……」
「嫌?」
「……っ、嬉しすぎて言葉が見つからなくて」
泣きそうな顔になった花瑛の額に再び口づけてから、鳴神が抱きしめ直す。鳴神の胸板に額を押しつけた花瑛は、それから目を伏せて笑った。
「有難うございます」
「それは、同意するという返事で良いの?」
「――はい!」
「良かった。じゃあ、これからよろしくお願いします」
こうして二人は、恋人同士になった。結婚を前提とした関係でもある。
その後入ったフレンチ店では、お祝いに小さなケーキも頼んで食べたのだった。
帰路では、どうどうと手を繋いで歩いた。花瑛は照れていたが、鳴神は気にしない。マンションにつくと、丁度帰宅時間の軍人や研究者達が、そんな鳴神と花瑛を見て、だが特に気にした様子もなく歩いて行く。既にこの二人が親しいというのは、マンションの多くの住人の共通見解だ。とっくに恋人関係だったと思っていた者の数の方が多いのだが、それを花瑛は知らなかった。
「しかし相手が鳴神博士とは驚いた」
結婚指輪をはめて仕事に訪れた花瑛に、東が声をかけた。戸籍は一般には閲覧不可能なので、花瑛がセクサロイドである事は、露見していないままだ。
「あの人、恋愛に興味があったんだな」
「優しい方です」
「のろけか? のろける花瑛大尉というのも珍しいものに思えるけどな……」
腕を組んだ東は、それからじっと花瑛を見る。
「お幸せに」
――このようにして。
一人のセクサロイドと人間の恋は、実をなしたのである。
【完】
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