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29:親愛なるケイン(3)
◇◆◇
「ケインに紹介したいのはねー、この子!」
そう言って俺に紹介されたのは、一冊の本だった。
「見て!ここにはね、僕のヒミツがたくさん書いてあるの。ウィップにしか話してない事がいっぱいあるんだよ」
「ラティの秘密?」
「うん、僕のヒミツがいっぱい」
笑顔で日記帳を「友達」なんて紹介してくるラティに、俺は腹の中で手を叩いて笑ってやった。愚かでバカな王太子様は、それだけじゃなく頭がおかしかったのだ。父の「ラティ殿下を傀儡にせよ」という言葉が頭を過る。
父上、それはとても簡単そうですよ。ラティを見る度に、俺はホッとする。これで、俺は父の言いつけを守る事が出来る、と。
「見ていいのか?」
「もちろん!」
パラパラと目を通すそこには、俺に対する賛辞で溢れていた。まぁ、分かっていた事だ。ラティはいつも俺に「大好き」と告げてくるから。
ラティは何も知らない愚かな王太子。どうか、このまま愚かなままでいてくれ。そう思った時だ。
とある一節を読んだ瞬間、俺は目を疑った。
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ケインはお星さまみたいにキラキラしてキレイなんだけど、心にはおおかみを飼っているみたいです。ウィップ、僕はいつかケインに噛みつかれてしまうかもしれないね!
でも、ケインおおかみなら、噛みつかれてもいいかな!
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心に狼を飼っている。
そのラティ独特の言い回しに、俺はチラリと視線だけラティへと向けた。もしかして、バレているのか、と。
すると、そこには恥ずかしそうに頬を染め、ソワソワしながら此方を見つめるラティの姿。その姿に、俺はホッとした。なんだ、やっぱりいつものラティじゃないか。
俺はもう一度日記帳に目を落とす。読み進めると、やはりそこには俺を賛辞する文章が続くのだが、やはり合間合間で目を引く文章が次々と現れる。
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パイチェ先生は、僕によく「尊い」という言葉を使う。
けど、ウィップ。そういった言葉をそのまま信じてはいけないよ。先にそう言ってしまえば、僕が「尊く」あらねばならないと思うだろうという目論見があるから、そんな風に言うんだ。
つまり、パイチェ先生は僕を「尊い」の籠に閉じ込めて、好き勝手に扱おうとしてるってこと!でも、そうはいかない!僕は見た目だけは言う事を聞くフリをするけど、頭の中だけは自由だからね!
その為に、キミが居る!ウィップ、どうか僕に自由をちょうだい!
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ウィップ、今日は初めて「弟」に会ったよ。その子は僕と違ってとてもお父様に似た顔立ちをしていた。
その瞬間、僕は思ったね。弟はとても賢い子になるなぁって。
え?なんで分かるのかって?
僕と違って、ちゃーんと「お父様」に似ているからさ。
「似る」というのは、赤ん坊の「賢さ」の表れだと思う。人は自分に「似て」いるモノを可愛がるもの!
だから、僕は賢くない。でも、僕は「お母さま」に似る事ができてとても嬉しいよ。僕は「賢さ」より「お母さま」の血を「尊く」思うからね!
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パラリ、パラリ。
ページを捲る度に、俺の知っている「愚かなラティ」と、俺の知らない「底知れないラティ」が交差する。不安になる。俺は父の命でラティを「傀儡」にしろと言われているのに、もしかしたら俺は何も分かっていないんじゃないのか、と。
-----僕はいつかケインに噛みつかれてしまうかもしれないね!
ドキリとする。薄緑色のまあるい瞳の奥が、ジッと俺を見つめる。まるで「僕はケインの全てを分かっているよ」と言わんばかりの顔で。
その瞬間、僕は不安から逃れるようにラティを揶揄ってやった。日記を読み上げて、ラティが嫌がるのを無視して。
そうしたら、ラティが泣いた。大泣きした。薄緑色の瞳に涙をいっぱい溜めて。俺だけをジッと見つめて。
「ぼぐ、へんなの……じっでるの。ぜんぶ、じっでるの」
僕、全部知っているの。
そう言って泣くケインの言葉に、俺は胸が締め付けられるような感覚に陥った。あぁ、ラティは俺と同じだ。俺達は二人共、血筋や、権力、親という檻の中に首輪を付けられて閉じ込められている。
「……ぼぐ、げいんじか、い゛ないの」
「げいんは、どもだじ……いっばいかもじれないげど……ぼく、うぃっぷだけ、だったの」
同時に「ケインしか居ない」といって薄緑色の瞳からポロポロと涙をこぼすラティの姿に、異様に体が熱くなるのを感じた。
「げいん、へんな、ぼぐのごと、ぎらいにならないでぇっ」
無垢な瞳がひとしずく、またひとしずくと温かい涙を零す。俺はその涙に釘付けになってしまっていた。心臓が高鳴る。呼吸が浅くなる。でも、これは父上を前にした時とはまるで違う胸の苦しさだ。
------王太子を傀儡にせよ。
父の冷たい言葉が頭に過る。けれど、その冷たさを遥かに凌駕する熱さが、俺の心を満たす。
「オレの前でだったら泣いてもいいぜ。変なラティも、もう慣れたからな」
傀儡にせよ、という父の言葉が薄れていく。ラティと過ごす時間の経過と共に、父の操り糸が、俺から一つ、また一つと切れていく。その事に、当時の俺はまだ気付いていなかった。
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