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第3話 一目惚れ

 目が覚めると、エドの心配そうな表情が俺を覗き込んでいた。かなり身体が湿っているのは、エドが海水をたくさん掛けてくれた為らしい。 「……エド」 「ト、トニー!! 目が覚めて良かった……僕、やり過ぎたよね!? ごめん、本当にごめん……!」  エドは泣き出しそうになりながら、俺に口づけをした。それに加えて先程から頻りに謝罪している。俺はエドに、その必要は無いと制した。何故なら、今の俺は喜びで一杯なのだ。 「エド、聞いてくれ!」 「わ、別れ話だったら聞かないよ!」 「違う! いいか、先程の交尾で、俺は生殖器が露出されているが如く最後まで到達したんだ!」 「へっ!?」  俺はエドに説明する。エドはふむふむと神妙な顔で聞いた後、真っ赤になった。 「あー、つまり、君はいけた訳だ。で、人魚がいくと、必ず飛んじゃうんだね?」 「ああ、そうなる! これは人魚界初の事じゃないだろうか!? 排泄器官で交尾の感覚が得られるなど、聞いたことが無い!」 「そっか、本当に良かった……!」  エドが正面から俺を抱きしめる。交尾中はずっと顔が見えなかったので嬉しい。 「……エド、また交尾しような」 「うん……もちろんだよ」  そう頷くエドを見て、本当に幸せな気分だ。俺はその思いを籠めエドを強く抱き返したが、その瞬間――俺の排泄器官から何かが溢れ、驚いてしまう。さっと手を伸ばし受け止めると、それは白く濁った液体だった。 「エド、何かが出てきたぞ? 交尾の証か?」 「へっ!? あ、あ~~……これはね、僕が出した精液だよ。ごめん、そのままで」 「せいえき?」  俺が手のひらで精液をぬとぬと弄ると、エドは恥ずかしそうにする。そして、俺に説明してくれた。 「人間の男は、これを女性の中に入れて子供を作るんだ。人魚もそうでしょ?」 「判らない。達した時には気を失っているし、俺は男性型なので後の事など知らず――ところでエド、これは先週も出ていた液体か?」 「そうだよ! 君が口でしてくれた時も出てたよ?」 「あの時は咽喉にぶつかってそのまま落ちてしまった。まじまじ見るのは初めてだ」 「なるほど……」  エドは納得してくれたようだ。俺は引き続き精液を弄り、最後にぺろりと舐め取った。 「わーー! トニー、こらっ!!」 「……何だ? 俺の研究対象は人間で、もちろん精液にも興味が――」 「でもダメ! こんなの舐めたらダメだからね!」 「そうか、残念だ。俺はエドの事なら、何でも知りたいのだが……」  多分だが俺はしょぼんとしていた事だろう。するとエドは慌てて俺に口づけをした。 「ごめん、ちょっと照れちゃっただけだよ」 「よ、良かった。嫌われてしまったかと」 「嫌うわけないでしょ? ほら、こんなに好きなんだよ?」  エドが俺の手を自分の生殖器へ導く。そこは硬く張り詰めていた。 「……なる程、人間が年中発情期というのは本当なんだな」 「合ってるけど、ちょっと違う。相手が君だから、こんな風になってるんだ」  今度は俺の頬が、かあっと熱くなる。 「も、もう一回するか?」 「したいけど今日は止めとこう。身体に負担だろうし、また来週ね」 「口でしてやっても……いいんだぞ?」 「も~~っ! 君は本当に!!」  何故だろう。エドは半分怒ったみたいに欲情することが多い。  エドを満足させた頃、太陽は真上に昇っていた。エドによれば昼食の時間だそうだ。人魚は朝と夕しか食事を摂らないので、昼食の習慣は無い。しかし、人間がどんな物を食べるのか非常に興味のある俺は、エドが取り出したバスケットをまじまじと覗き込んだ。中には見た事も無い食料が並んでいる。エドはこれでも皇子だから、きっと豪勢な食事に違いない。 「……これは何だ? ずいぶん黒い粒がぎっしり入っているな?」 「魚の卵の瓶詰め、しょっぱいからガーリックを擦ったパンにでも乗せるといいよ」 「こっちは?」 「ローストビーフのサンドウィッチ、白いキノコのソースが掛かってる」 「これ、これは美味しそうだ! いい匂いがする!」 「ああ、魚のパイだから口に合うのかな? 食べてみる?」  エドが銀色のフォークとナイフでパイを切り分ける。恐る恐る口に入れたら、思ったよりもずっと美味しくてビックリした。舌平目という魚種らしい。魚なら俺も一通りは食べていると思うのだが――。 「うまいな、今度は人魚料理も紹介しよう」 「ほんと? 楽しみだな」  人魚料理はシンプルな物が多いけれど、エドは気に入ってくれるだろうか。  それから俺たちは文化の違いや家族・友人の事、最近凝っている趣味の話をした。そんな事も知らなかったのに、これだけ愛しているのが不思議で仕方ない。エドにそれを問うと、人間界にいい言葉があると教えてくれた。 「……ひとめぼれ?」 「そうそう、一目見ただけで恋に落ちる事だよ」 「……俺とエドは、お互いに一目惚れしたんだな」 「そうなって良かったよね。口説く手間が無いし、追いかけなくても済むし」  その言葉から、エドは一目惚れした相手を諦めない男なのだと伝わってきた。皇子という恵まれた環境が影響しているのかもしれない。俺にもその傾向があるから判る。  俺たちは身体を寄せ合い、互いを知る為の会話を続けた。知れば知るほど惹かれていき、もう離れたくないと感じてしまう。  だが、別れの時間は来るものだ。陽が暮れかかった為、俺はエドに切り出した。 「暗くなると危険だから、そろそろ戻ろう」 「危険? 何で?」 「海には海賊が居る。陸にも、ならず者が居るだろう?」 「そんなの、くるくる回って蹴飛ばしちゃうから平気だよ?」  余裕な笑顔のエドは頼もしい。普通、皇子と言ったら、こういったイメージは無いが――そういえば、船上で樽やら縄やらを避けまくっていたな、と思い出した。動きが機敏なのかもしれない。  そこからエドの話が始まる。どうやら幼い頃より武術を習っていたらしく、ハルターなる人物に厳しく鍛えられ――。  俺たちの話は尽きない。結局、周囲が真っ暗になって、俺があくびを一つするまで続けてしまった。 「ごめん、そろそろ終わりにしよう――今日も楽しかった、本当に」 「俺もだ。じゃあ、また来週だな」 「うん、必ず!」  俺とエドが約束の口づけをする。それから俺は、少し潜って――エドが帰り支度を済ませた頃に水面から顔を出し、こっそりエドを見送った。アルテイルが立てた砂煙が消える、その瞬間まで。

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