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第2話

二限の英語の授業は滞りなく行われた。 宿題で出ていた範囲を当てられた酒井は古瀬のものを写したにも関わらず、しれっとした顔で答え、先生に「難しい問いだったのによくできた」と褒められていた。 テキストを見せたときは大抵この現象が白伊にも起こるので、古瀬にはとても同情した。 いやだなぁと思っていても周りには逆らいたくないから白伊は今日みたいにやってません作戦をとるのだが、古瀬はそういうことを考えたりはしないのだろうか。 ……いや、円満に治めるために従うタイプなのかもしれない。 古瀬について勝手な考察をする。なんだか中学時代の自分を見ているようで、古瀬を見るともどかしさを感じてしまうのだ。  中学時代、白伊はいじめられていた。元々好んで一人でいるタイプだったので教室ではひとり本を読んで過ごすことが多かった。しかしその姿は、目立つグループには滑稽に映ったらしい。白伊はそのグループにからかわれるようになった。  いじめは、やっている側に意識がなくても本人がそうだと思えばいじめになるのだ。 手が出ることはなかったものの、「きもい」だの「ぼっちのオタク」だの散々言われて、いいように使われ続けるのはかなり堪えた。放っておいてくれと何度か言ったりもしたが、聞こえないふりをされた。嫌なものに嫌だと逆らうと嘲笑される。それでますますみじめな気持ちになるから、高校生になったら絶対にそうならないようにしようと決めた。高校は同じ中学のやつらから離れられるように、地元から一番遠いところにした。髪を整えて、コンタクトにして、背筋を伸ばして前を見て歩くようにした。クラスでは目立つでもなく中くらいの立ち位置で、目立つ集団からもそうじゃない人たちからもなるべく親しみやすい雰囲気でいることを心掛けた。「グループをつくって」と言われたときになんとなくくっついて一緒になれる友達もできたし、この高校デビューはそこそこ成功といえる。 学級委員長になってしまったのは誤算だったが、憂鬱だった中学時代とは無事にオサラバできて、白伊の高校生活は今のところ穏やかだった。  そんな中で、古瀬のことが気になり始めたのは一か月くらい前のことだ。たしか五月の下旬、中間テスト期間の放課後だった。  テスト期間中は三限までしかないので、テストが終わったらほとんどの生徒は帰宅する。先生に質問をしに行って教室に戻ろうとしたとき、教室から青山たちが笑いながら出てくるのが見えた。 そう。そのときに聞いたのだ。 「古瀬ってノリがあわねぇ」と。  教室に入ると、古瀬がしゃがみこんでいた。何をしているのかと見ると、落ちた筆箱の中身を集めているところだった。 机には学級日誌が置いてある。 今日の当番は青山だったはずだ。 押しつけられたんだな、と思う。 後ろのドアから入った白伊に、古瀬は気付いていないようだった。あまり見ない方がよかったかも、という気持ちがわいてきて、そっと帰ろうとした。しかし静かに自分のリュックサックを持ち出すつもりが机に当たってしまい、ガタ、と音を立てる。 「ごめん」  見て見ぬふりをして帰ろうとした自分が急に恥ずかしくなり、反射的に謝ってしまった。 同時に古瀬が振り返る。 「びっくりしたぁ」  古瀬は白伊を見上げ、「いたんだね」と少し動揺した顔で微笑んだ。 「邪魔してごめん」 「ううん」 目が合ったまま微妙な空気が流れる。 会話は繋げたほうがいいのだろうか。 「古瀬、もう帰るとこ?」 「うん。日誌だけ出して帰るよ」 「それって青山の当番じゃなくて?」 「さっき頼まれたんだ。先生に出しに行くの」 あまりにもなんでもないことのように言う。 「そっか」  そんなの引き受けなくても、と言いたかったが、それ以上何も言えなかった。 「じゃあ……日誌ありがとな」 「うん」 「また明日」 古瀬はまたねと言って手を振った。 ――この初めての会話で、古瀬のなにが気になったのか。 自分でもよくわからないけれど、多分戯れで落とされたであろう筆箱の中身を、ちまちまと拾い集める後姿が忘れられなかったんだと思う。

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