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第24話 本音と本音〈side大城〉

 今、俺が手にしているもの。  それは紛れもなくディルドだ。  しかも特大サイズ。形も質感も相当にリアルなのに、色がピンクというところが逆にチープで生々しいディルドだ。  ふたりでうどんを食べてほっこりしていたところに、突如として現れた特大ディルド。俺の頭は混乱を極めていた。  ——ちょっ……ちょっと待ってくれ。これ、篠崎の私物……? いや、当たり前だよな、私物以外なにがあるっていうんだ。私物じゃないほうが問題だろ……!! とりあえず落ち着け俺、落ち着け……!!  こんな太いモノを篠崎が使っているのか? ひとりで? キスしただけであんなにピュアな反応を見せてくれた篠崎が、こんなえぐい大人のおもちゃを使って夜な夜なアナニーに耽っているのか? ……い、いやいや、興奮するな俺よ。そりゃ、篠崎がこんなもん挿れてアナニーしてたら相当エロいけど、けど……、なんだこの、なんだこのモヤモヤは。  掴んだ篠崎の手首がふるふると微かに震えている。混乱にまかせて強く握りしめすぎていたらしい。  俺は慌てて篠崎の手首を解放し、改めてしげしげとディルドに目を落とした。 「それは、あの……違うんです、僕は……ええと」 「違うって、なにが?」 「うう……」  いけない、また詰問口調になってしまった。油断すると俺は不機嫌に見られがちだし、真顔が怖いなんてしょっちゅう言われる。気をつけておかないと、篠崎にも誤解を与えかねない……! 「……え、ええと……お前これ、つか、ってる? のか?」  あああ、動揺するあまり、ひどい低音ボイスな上にカタコトみたいになってしまった。さらに怯えさせてしまったかもしれない、篠崎の顔もいっそう青くなってしまった……。  地獄のような空気の中、篠崎がごくりと固唾を飲む音が聞こえてくる。  そして、俺に負けずとも劣らないカタコトで、こう答えた。 「……つかって、みては、いる、んですけど……ぜんぜん、うまく、できなくて」 「使ってみてはいる? うまくできないってのは……?」 「お……大城さんと……その…………そうなったときに……」 「? 俺とそうなったとき……って? どうなったときだ?」  消え入りそうになってゆく篠崎の声を追いかけるように顔を近づける。篠崎はぎゅっと目を固く閉じたあと……勢いよくこう言った。 「いざセックスしようってなったときに挿入できなかったら大城さんを興醒めさせてしまうことになると思い、練習をしようとしていました!!」 「……………………はあっ!?」  ヤケクソ気味に言い放たれた篠崎のセリフに、俺はポカンとしてしまった。  ——え、なに? 今なんて言った? セ、セックスがどうって……え? 俺とのこと、もうそんな先まで考えてくれてたのか……?  込み上げてくるさまざまな感情をどこからどう咀嚼すればいいのかわからなくて、あいかわらずポカンとしていると、篠崎はさらにこう言い募った。 「でも、でも……!! 僕には全然素質がなくて……ぜんぜん、はいらなくて……っ……しかもこんなもの、大城さんに見つかっちゃうなんて最悪だ…………っ、ううっ」 「え!? な、泣いてるのか!?」 「だって恥ずかしいじゃないですか!! しかも、なんの練習もできてないのいに……指さえ入れることができなくて、僕……っ……このままじゃ大城さんに愛想尽かされると思って……夜も眠れなくて……、うう、うっ」  なんてこった、羞恥に耐えきれず篠崎が泣き出してしまった。  俺はディルドをポイと放り出して、泣いている篠崎をひたすら強く抱きしめた。 「し、篠崎……もう、そんなことまで考えてくれてたのか? その……セックスのことまで?」 「だ、だってこないだ……僕は、大城さんになにもしてあげられなくて、ぐずっ……ふがないくて……っ」 「そんなの気にしなくていいんだって! まずは試しに、その……俺とのちょっとした触れ合いに慣れてくれたらと思ってただけだし」 「”お試し”なんてもういらないです!! 僕……僕はもう、こんなに大城さんのことばっかり……大城さんに嫌われたらどうしようって、最近、そんなことばっかり考えて……っ、ううっ」 「ちょ、ちょっと待っ……? ”お試し”はいらないって、お前……」  続々と押し寄せてくる情報があまりにも衝撃的で、俺は篠崎を抱きしめたまま天を仰いだ。  さっきから、篠崎はさっきから何を言っているんだ? そうあってほしいと願うあまり聞こえてくる幻聴か? 「……大城さんに嫌われたくないです……! 失望されたくないし、できる奴だって思われたい……っ」 「何言ってんだ、嫌うわけないだろ! それに、できるやつだって思ってるよ!?」 「大城さんに優しくされるのは……、僕でありたいです……他の人に、あんなふうに優しく触って欲しくありません……!」 「触らない、触らないよ篠崎以外のやつなんか! 何言ってんださっきから」  抱きしめていた腕を緩めると、のろのろと篠崎が顔を上げた。べしょべしょに泣き濡れた顔をしているが、それがまたむず痒いほどに可愛くて、愛おしくて、混乱しきった頭がさらに熱くなってきた。……だって、つまりそれは。  さっきから篠崎は、俺のことを……。 「篠崎……、俺のこと好きなの?」 「……あっ……」  上腕を掴んでじっと顔を覗き込みながら問いかけると、篠崎はハッとしたように目を見開いて息を呑む。ほんの数秒の沈黙でさえももどかしく、大人気ないと分かっていながらも、俺は篠崎をさらに追い詰めた。 「どうなんだ、篠崎」 「……僕は」  すると篠崎は、真っ赤に潤んだ目を瞬いて、頷いた。 「……好きです、大城さんのこと」 「っ……」  その言葉を聞いた瞬間、俺の脳内ではリンゴーンリンゴーンと教会の鐘が鳴り響き、バサバサバサッと白い鳩が青空へと飛び立っていった——……。  だが篠崎の目からは、ぼろぼろぼろとまた涙が溢れ出す。 「好きです。……好きだから、こんなもの、見られたくなかったのにっ……」 「し、篠崎……そんなことで泣かなくていいよ。……俺も、今思ってる本音をちゃんと言うから、泣くな」 「本音……?」  篠崎が羞恥のあまり泣いてしまうのは、俺がきちんと想いを伝えきれていないからだ。俺も妙なプライドや、カッコつけたい気持ちといった無駄なものをかなぐり捨てて、今こそ篠崎に本音を伝えなくては……!! 「俺は今から相当気持ち悪いことを言う。だから覚悟して聞いてほしい」 「え? あ、はい……!」  真顔になった俺を見てか、篠崎の表情もぴりりと引き締まる。  俺は一つ息を吐き、意を決して本音をぶちまけた。 「恋愛経験がないことをお前は気にしてるみたいだけど、全く恥ずかしいことじゃない! むしろ俺にとっては、神様からのプレゼントかってくらい嬉しいことだ! お前は、これまで誰にも触れられることなく清らかなまま俺の前に現れてくれた。そんなの、俺にとっては、ただひたすらありがとうとしか言いようがない僥倖なんだ!」 「はぁ……」 「俺は、篠崎のことが本当に好きなんだ。初めて見たときからいいなって思ってたし、毎日会えば会うだけお前のことを好きになってた。会社内でも隙あらばキスして抱きしめていたいくらい大好きなんだよ。……だから正直、ディルドのことはいただけない。あんなものを使う必要なんて一切ない! 篠崎の初めては、全部俺のものにしたいんだ! お前の身体は、俺の手でひらきたい。ぜっっっったいに誰にも触らせたくないし、なんなら今、俺はこのおもちゃにさえ嫉妬してる。俺より先に篠崎の中に入ろうだなんて許せないんだ……!!」 「あ、はい……」 「いいか篠崎。お前はセックスの心配なんてしなくていいんだ。練習なんてしなくていい、俺は一から百まで全部やりたい。俺を受け入れるためにがんばろうとしてくれるのは嬉しいけど、俺の楽しみを奪わないでくれ。少しずつ慣れてく過程を全部知っておきたいし、俺はその時々のお前の表情を全部見たいと思ってる」 「な、なるほど……」 「お前のことが好きすぎて、好きって言ってもらえたことも、付き合えてることも嬉しすぎて、俺は今だいぶバカになってる。それは自分でもわかってる。仕事中も、先輩ヅラを保つのに精一杯だけど、頭の中ではいつも篠崎のことを考えてるし、あわよくば会社でも隠れて抱きしめたりキスしたいって思ってる。…………って、恥ずかしいけど、これが俺の正直な気持ちだ」 「……」  やや眉を寄せながら大真面目に俺の告白を聞いていた篠崎の頬が、じわじわ赤く染まり始める。  少しずつ、今の俺の生々しすぎる告白を咀嚼して、理解してくれようとしているようだが…………どうしよう、今更ながら、引かれていないか不安になってきた。  ——言わなくていいことまでかなり言った気がする……。これじゃまるで処女厨のキモいアラサーじゃねーか。  だが、覆水盆に返らず。俺は俯き、地獄の沙汰を待つ気分で篠崎からの返答を待った。  すると沈黙のあと、篠崎の肩が微かに震えはじめた。  気持ちの悪い告白で怯えさせて泣かせてしまったかとヒヤヒヤしたが、篠崎は、肩を震わせて笑いをこらえているようだった。 「ど、どんなことを言われるのかって、ビクビクしてたのに……大城さん、かっこいい顔で、いい声で、どんなこと言うのかと思ったら……ふふっ……」 「あはは……ごめん、やっぱ引いた?」 「いいえ、まったく。むしろ、嬉しかったです」  篠崎は首を振り、涙で濡れた瞳で俺を見つめた。  そして、花が咲くように明るく微笑む。 「ほっとしました。……僕、ひとりで勝手に色々考えて、迷走して……バカみたいですね」 「そんなことない。嬉しかったよ、すごく。篠崎が俺とのこと、そこまで考えてくれてたのかって」 「ちょっと方向性を間違えてた感ありますけどね」 「そういうとこも、可愛いよ」  するりと抵抗なく本音が口に出せるようになり、心が軽くほどけてゆく。  改めて篠崎を抱き寄せると、今度はすぐに篠崎の手が背中に回った。  ぎゅっとシャツを掴む仕草が愛おしく、俺は目を閉じて篠崎の匂いを吸い込んだ。シャワーを浴びて濡れた髪の毛に指を絡めながら、そっと耳元で甘く囁く。 「好きだよ」 「……っ……ぼ、僕もです」 「今日、泊まっていっていいかな。もうちょっと一緒にいたい」 「ん、んんっ……あの、耳元でそういうこと言うのは、反則ですよ」 「反則?」  ふと見下ろすと、耳たぶの先まで真っ赤になった篠崎が、ちょっと怒ったような顔でこう言った。 「……そんなふうに言われたら、断れるわけないじゃないですか」

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