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第23話 見つかってしまった……!〈side篠崎〉
スマートフォンの微かな振動で、僕はふと目を覚ました。
画面に表示されている時刻は21時。帰宅してすぐに眠りに落ちたから、六時間は寝ていたようだ。
『今から向かうけど、起きてるか?』
『もし寝てるようだったら、宅配ボックスに飲み物とか、必要そうなもの入れとくな』
という大城さんからのメッセージを目にした瞬間、僕はがばりと身を起こした。
——ああ、そうだ。確か大城さん、わざわざ僕の家にご飯を作りに来てくれるって言ってたんだっけ……。
久しぶりにまとまった睡眠をとったおかげか、頭も身体もすっきりしている。熱も引いているようだ。
ただ、ワイシャツのままベッドにもぐりこんでしまったせいで、シャツはしわくちゃな上に汗だくだ。かろうじて脱いだスラックスとジャケットも、床のそこらへんに散らばっていてひどい有様だった。
「起きてます、十分ほどお待ちください!」と慌てて返信し、僕は急いでシャワーを浴びた。
とりあえず洗濯ものは脱衣所のカゴに放り込み、シャワーで汗を流す。床に放置していたスーツはハンガーに引っ掛け、出しっぱなしだった本や雑誌を本棚に立てかけた。
若干散らかってはいるが、この間掃除をしたばかりだから汚くはないはずだ。だけど、大城さんがわざわざきてくれるのだから、少しでも快適な空間にしておかねば……!!
と、思ったが、短時間でやれることはたかが知れている。
15分後にインターホンが鳴り、大城さんがとうとううちにやってきた。
恐る恐るドアを開けて顔を出すと、ビニール袋を手に提げた大城さんがそこにいた。僕の顔を見て微笑みを浮かべ、「入ってもいい?」と穏やかな声でおとないをたてる。
「どうぞ……い、いらっしゃいませ」
「お邪魔します。顔色だいぶ良くなってるな、具合どう?」
「けっこう寝たので、だいぶ良くなりました。ありがとうございます」
「そっか、やっぱ疲れが出たのかな」
玄関から伸びた短い廊下の途中にはトイレと浴室があり、その先の扉を開けるとリビングとキッチンだ。住み慣れた家に大城さんがいるという現実がいまいちまだ実感できない。
「むさ苦しいところですが、どうぞ」
「へぇ……ここが、篠崎の部屋……」
リビングに通した途端、大城さんは眉間に皺を寄せて険しげな顔をした。さっきまで汗だくで寝ていたから、ひょっとして汗臭いのかもしれない。僕は慌てて「あっ、換気しますね! すみません!」とベッドの向こうにある窓へ駆け寄ろうとした。
だが、すぐに手首を掴まれ、そのままぐいと引き寄せられて抱きしめられる。
唐突な抱擁に目を白黒させていると、大城さんは「……ちょっとだけ、こうさせてくれ」とうめくように呟いた。
「よかった。元気そうな顔が見られて」
「あ……はい、おかげさまで」
「はぁ……会社でもずっと、こうやって抱きしめたいの我慢してたんだ」
「へっ」
僕を抱きしめる大城さんの腕に、ぎゅう……とさらに力がこもる。
まさかこのまま、この勢いで、動画で見たような男同士のセックスが始まってしまうのか!? まだなんの準備もできていないのに……! と、僕は焦った。
だが大城さんはパッと僕から身体を離し、ここへきた時よりも数段柔らかい表情で微笑んだ。
「ちょっと充電できた。ありがとな」
「じゅ、充電て……そんな」
「さーて、キッチン借りるぞ。今日はうどんにしようと思ってるんだけど、いい?」
「あ、はい! もちろんです!」
「篠崎の胃を労らないとだしな。ちょっと待ってて」
ビニール袋を軽く持ち上げてはにかむように微笑む大城さんが、妙に可愛らしくてドキドキする。
手伝いを申し出ようかと思ったけれど、うちのキッチンは大城さんちのそれとは比べ物にならないほど狭いため、素直にベッドに座って待つことにした。
ネギと鶏肉を切ったり、出汁を沸かしたりとてきぱき作業しながら、大城さんは今日僕が帰った後のことを教えてくれ、仕事は何も滞りなく進んでいるから心配ないと言い、僕を安堵させた。
「ついでに明日も休んだらどうだ? 有給、全然使ってないだろ」
「そういえばそうですね……」
「部長も言ってたよ、篠崎くん最近根詰めすぎだなと思ってたって。ここらで一日休んだほうが、パフォーマンス上がるんじゃないか?」
「部長まで?」
「まぁ、明日の体調みて決めたらいい。朝俺にメールくれたら休みにしとくよ」
「はい。ほんとすみません、何から何まで……」
「いいって。ほら、できたぞ」
コトンとローテーブルに置かれた器に満たされた金色の澄んだ出汁から、食欲をそそる香りがふわりと立つ。食べやすいサイズに切られた鶏肉とネギの乗ったつやつやのうどんを前にして、僕は思わず「うわぁ〜美味しそう!」と声をあげた。
「いただきます」
「はい、どうぞ。って、そんな大したもんじゃないけど」
ジャケットを脱ぎ、ワイシャツを腕まくりした大城さんが僕の向かいに腰を下ろして微笑んだ。……ああ、なんだろう、この絵に描いたような幸せの図は。
しかも、うどんがものすごく美味しい。
保存がきくようにと買ってきてくれていた冷凍うどんは、僕が普段自分で調理するそれよりも数段コシがあってモチモチで、つるつるいくらでも食べられる。
出汁も即席のものを使ったとは思えないほどに香りが良いし、鶏肉からあふれた脂とあいまって、身体中に滋養が染み込んでいくようだ。
「ああ〜〜〜……おいしい」
「そりゃよかった。いっぱい食って元気になれよ」
「はい。……大城さんのご飯、ほんとに美味しい。めちゃくちゃ元気出ます」
「ははっ、そっか。俺も飯まだだから、ここで食べさせてもらうよ」
「はい、ぜひ!」
食べれば食べるほど、胃の中からぽかぽかと温かくなってくるし、仕事中とは打って変わった優しい顔をしている大城さんと過ごす穏やかな時間は心地いい。
他愛もない話をしながら同じものを食べるうち、このところ抱えていた問題がバカらしく思えてきた。
——大城さんとの関係をセックスありきで考えてすぎてたのかも。こうやって普通に過ごす時間だってすごく楽しいし、こういう時間を積み重ねていけば、いつかは本音が話せる時が来るかもしれない……。
「へぇ、高野さん、そんなにモテんの? まぁ、確かにそういう空気感あったよな。モテ男の余裕みたいな」
ついこの間ここへ由一郎が来たことを話題にすると、大城さんは感心したようにそう言った。
ちなみに、『こうのや』とのコラボが叶わなかった件についてはすでに部内で共有済みだ。案の定、部長はひどく残念がっていたけれど、大城さんも僕と同様、うっすら予想はしていたようだ。
「それなら、今後『こうのや』さんにも認めてもらえるように、高級感重視な商品も開発していきましょうよ。ね、部長!」といって、前向きに部長を慰めていた。
「篠崎の前では弱音吐くんだな、あの人も。意外」
「あんまり友達いないですからね、由一郎は」
「へぇ……それはなんとなく、わかる気がするかも」
「あははっ。大城さんとは親しくしたそうにしてましたよ?」
「俺と? あ……ひょっとして、俺と付き合ってることはもう知ってる?」
「あ、はい……実は、話しました」
「反対されなかった?」
「はい、全然。むしろ…………」
——おっと危ない。「むしろ、性生活の心配をされてしまい、ディルドをプレゼントされました」なんて、口が裂けても言えるわけないぞ……!
口を開いたまま言葉を失い、固まっている僕を、大城さんが不思議そうに見つめてくる。僕は慌ててヘラッと笑った。
「むしろ、何? 怖いんだけど」
「あ、あ〜〜いや、あはは、なんでもありません」
「?」
「ぼ、僕、お皿洗いますね! コーヒーでも淹れるので、大城さんは座っててください」
「いや、いいって。皿も俺が洗うし」
「いえいえ、せっかく来てくださったのに、何から何までやっていただくのは……」
曖昧にお茶を濁しつつキッチンに立とうとして、キッチンの手拭き用タオルが出ていないことに僕は気づいた。
タオル類がしまい込んであるベッド下収納に手をかけると、横からぬっと大城さんの腕が伸びてくる。僕の代わりにタオルを取ろうとしてくれているらしい。
「俺がやるから、篠崎は寝てて」
「いえいえ、ほんともう大丈夫なんで、大城さんこそ座っててくださ、」
「……ん? 何だ、これ」
引っ張り出したタオルの下から、ゴロンとした、ピンク色の棒状のものが覗いている。
僕は真っ青になった。
——う、うわーーーーーーー!!! しまった、さっき急いで片付けたとき、タオルの下に隠したんだった……!!!
全身から血の気が引き、たらたらたらたらとすごい勢いで冷や汗が流れ出す。
すぐさま他のタオルでそのブツを覆い隠そうとしたけれど、ぱしっと大城さんに手首を掴まれてしまった。
そしてあろうことか、大城さんはご自分のそれと同じくらいのサイズのディルドを握りしめ、ゆっくりと持ち上げた。
「……え、これ……」
「う、うぁ、あの、それは、その、」
「ちょ……ちょっと待って。これ、篠崎の? こんなもんでいったい何しようとしてたんだ?」
「あ、え〜〜〜……と、それはですね」
握られた手首が痛い。
片手にピンクのディルド、片手に僕の手首を握った大城さんが、いかにも不愉快そうに顔をしかめている。ざざーーっと、全身から血の気が引いた。
——や、やばい……!! 大城さん、こういうのきらいなのかも……!
恥ずかしいものを見られた羞恥心と、不機嫌そうな大城さんの表情を目の当たりにした絶望感がごちゃごちゃに混ぜ合わさり、僕の頭の中は真っ白になってしまった。
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